40話 チェシャ猫と嘘 2
階段を上がるだけ。走って登るだけ。
それだけでも汗をかく。息が切れる。五階まで足を止めずに進めば当たり前か。
「変な······ビルだよなぁ······はぁ」
階段の位置が階によって違い、暗いと探すのに時間がかかる。
更に撤去されていない仕切り板やデスクなどが残っていたり、爆弾が仕掛けられていたり。
······いや、備品が残ってるのは分かるよ? 持ってけなかったのか、仕方ねぇな。で済むよ? 爆弾が仕掛けられてるのは何なの?
迷宮かっつーの。
「流石だね! おにーさん体力あるぅ〜」
乾いた拍手で迎えられる。階段の上には桜木が立っていた。
おかしいな。桜木はエレベーターに乗ったはず。一階で見た時にはとっくに十階を過ぎていた。
──ここで降りてエレベーターを上に行かせたのか。
「すごいね〜。でもここからは難しいよ?」
「いやいや、今まででも十分ムズいから」
「おにーさん、『口裂け女』とか『人面犬』とかって知ってる?」
「知ってっけどやめろよ? マジでやめろよ? ······やめてくんねぇかな」
そう言ってやめるとは思えないが。
桜木はニヤニヤと笑って薫を見据える。
「都市伝説って言うけれど、本当にいるんだよ? 呼んであげよっか」
「おっと、その手にはのらないぞ」
桜木の能力には『発動条件』がある。
コンビニのややこしい事件が起きたのは、知らず知らずにその条件を他人の手によって満たしたからだ。
能力の発動条件、それは──『嘘つき』と言うこと。
それさえ言わなければ······
「能力を避けられるとでも?」
パーカーのポケットに手を入れた。
出てきたのは一つのボイスレコーダー。ああ何て便利な世の中だろう。進化した世界がちょっと腹立たしい。
細い指が再生ボタンを押した。
『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』
老若男女様々な声で流れ出す『嘘つき』。桜木は悪戯っぽく舌を出す。
歪に浮かび上がった──『嘘』
声を出す前に、ヒヤリとした空気が肌を撫でた。その直後に、髪の毛が逆立つほどの寒気。
「くっ······!」
体を回転させて避けると、人の口がすぐ横にあった。血走った目が薫をじっと見つめる。涎の滴る口がにぃっと笑う。獣臭い体が肩を蹴った。
「マジで来たのかよ······」
壊れた玩具のように笑う──人面犬。犬のように高いテンションでフロアをグルグルと走り回る。
でも顔は人間。気持ち悪い。
「お前の嘘の能力って『嘘を本当にする』ことか? なら『本当を嘘にする』ことも出来んだろ」
「んー、惜しい」
ポンと肩を叩かれた。振り向くと真っ赤な服を着た女。長い髪とマスクで顔を隠している。艶っぽい声が頭に響いた。
『ワ タ シ キ レ イ ?』




