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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
アリス狂乱茶会事件
4/109

4話 少秘警にて 2

「隼〜、オレのも書いて。ガムあげるから」

 薫は枕に顔を埋めたままガムを風谷に差し出す。『激!!唐辛子ガム』のロゴがインパクト大だ。

「···いらねぇよ。どこで買ってくんだそんなもん」

 机の上の書類に目を移す。

 ふと、薫の紙が一枚多いことに気がついた。その視線に薫が「ああ」と言ってあくびをしながら起き上がる。

「昨日? じゃねーや。三日前によぉ」

 監禁される二日前だ。


「買い物帰りに目の前で、ひったくりが起きてよぉ」

「あぁ」

「女からバック盗ったのな。んで現行犯逮捕しようとしたけど、丁度いいもんなくてさ」

「へぇ」

「ひったくりがこっち向かって走ってくるし時間優先で手近なものでいっかなって」

「ふ〜ん」



「大根で殴った」

「お前何してんの!!?」



 さらっと流された驚愕(きょうがく)の逮捕劇。

 薫はケラケラと笑い、さも当然のように話すが普通人を大根で殴るだろうか。

 ひったくり犯だって大根で殴られると思っていなかっただろう。

 薫の行動に慣れてはいるが、流石に怒鳴った。

「お前、自分が何したか分かってんのか?」

「大根で犯人殴った。手が大根臭くなった。流せよそこは」

「流せるかボケ! 薫、お前に分かるか? 鈍器として扱われた大根の気持ちが!! 言っただろうが! 食べ物を粗末にしてはいけません!」

「うっせーな! ちょっとヤバいかな? って思ったけどちゃんと美味しくいただいたわ!」



「ひったくりを殴った大根より、大根で殴られたひったくりの心配をしなんし」



 突如乱入した声に隼は固まる。

 色彩豊かな着物に橙色(だいだいいろ)の派手な髪を邪魔にならない程度に束ねる菊のかんざし、整った顔立ちの花魁風の()煙管(キセル)を片手に立っていた。

 隼は慌てて立ち上がり敬礼したが、薫は「よぉ」とのん気に手を振った。

 呆れた表情(カオ)を隠さず室内に入り、脇に抱えた茶封筒を机の上に雑に置いて、手近な椅子に腰掛ける。

「さっさと書きなんし。昨日のことはまだ覚えていんしょう?」

「はい、もうすぐ書き終えます」

「そう。···座りなんし。で、薫は?」

「まだ全然やってねぇからもうちょい待てよお菊」


 お菊こと、菊池 時信(きくち ときのぶ)は「隼はちゃあんと書くのに···」と文句を言いながら書きかけの書類をつまむ。

 お菊が真剣な眼差(まなざ)しで黙読する傍らで昨日の出来事を簡潔に説明する。



 総勢四十九名。

 主犯は剣持 司(けんもち つかさ)という男で四年前に不良最盛期(ピーク)だった薫に殴られ、しばかれ、パンツをTバックにされたことが動機らしい。

 地道に薫に恨みのある仲間を集め、ようやく昨日実行した。


「あのまま餓死させるつもりだったらしいんですが、なんせ七十年前の病棟──」

「ちょっと待ちなんし。『パンツTバック』って何でありんすか」


 お菊は得体の知れないものを見るような目で薫を見る。しかし、薫は鼻歌まじりにてるてる坊主を作っていた。

「ちょ〜っと引き締めてやろうと思っただけだ。驚いたぜ〜。『もうTバックしか履けない!』なんて言ってたな。確認したらホントにTバックだったんだぜ! しかもピンク」

 お菊とゆっくり息を吸った。



「「何してんだよ!!」」



 そして同時のツッコミ。


 どこ引き締めてんだ! つーかどこ引き締まってんだ! Tバックしか履けないとか何に目覚めてんだい! 人のパンツ確認してんじゃねぇよ! 四年間Tバックってどんな変態でありんすか! パンツが原因で恨まれるお前は不良時代何してたんだよ! そもそも何でそうしたのか説明しなんし! どんな風にねじ曲がっちゃってんだよ! つーかあいつもTバックしか履けないならふんどしでも履きなんし! 警部それは同意できません!


 息の合ったツッコミに薫は「すげぇな」と笑った。

 誰のせいだ! と怒鳴ったがどうでも良くなったし、無駄を悟ってそれ以上は何も言わなかった。

「あぁそうだ」と、お菊が思い出したように茶封筒を叩く。

 ──嫌な予感がした。

「あんたらに仕事でありんす」

「えー!! そんなの警察(ワンコ共)にやらせろよ!!」

「······その()()からの仕事でありんす」

 薫はあからさまに嫌な顔をして大きく舌打ちをし、隼は火里の態度にため息をこぼすも怒鳴りつけることはない。

 お菊も二人の心情を察したが、あえて何も言わないことにした。


「························で、仕事ってナニ」


 沈黙から五分後、多少キレ気味の薫が腹を括ったのか、ガムを噛みながら尋ねた。お菊は答えようとしたが少し迷っていた。

 こう言うべきか、いやこうかも、でもそっちじゃないか、と悩んでは首を傾げる。

「う〜ん······実を言うと、わっちも理解出来んせん。よく聞きなんし」

 そんなに難しいのだろうか。

 未だに言葉が迷子のお菊に注目し、二言目を待つ。



「···『証拠の残らない万引き犯を逮捕して真相を暴け』って言っていんした」


「·············································はい?」



 意味がわからず薫と言葉がハモる。

 予想通りの反応にお菊は黙って煙管をふかした。薫が頭をがしがしと掻く。


「万引きしたんですよね?」

「うん。しんした。ガッツリしんした」

「証拠があって捕まるんだよな?」

「その証拠がないんだって」

「え、万引きしてないんですか?」

「いや、しんした」

「で? 証拠が?」

「あるけど無いんだって」


 聞いても考えても分からない。フル回転の脳はもう破裂寸前で、勝手に思考が停止する。

 お菊は二人を見てため息をつき、「任せんした」と言い残して出ていった。

 訪れた静寂の中で情報処理の終えない二人は微動だにせず、置き土産の事件だけがそこにある。

 一分後くらいに「ややこしい!!」と叫ぶ声が外にまで響いた。

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