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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
アリス狂乱茶会事件
36/109

36話 答え合わせ

 日付けも変わり、月が歌う真夜中。

 鼻歌を歌い、折れ曲がった鉄パイプを弄ぶ少年が一人。

 薫は唐辛子ガムを噛み、散歩でもするような軽い足取りで廃ビルへと入っていく。静かな闇に声を響かせた。


「なんでマッドハッター達を逮捕させた?」

 

 返事はない。それでも気にせず続ける。


「そんな事する必要ねぇだろ? ()()()仲間だと思ってんならな」


 奥から靴音がする。まだ小さい。

 薫は絶えず話しかける。

 説得ではない。──これは挑発だ。


「答えは簡単。目的が『犯罪者に対する制裁』だからだ。

 だからわざわざ証拠を残させてオレらを釣った。三年前も同じようにしてくれただろ?」


 暗闇から現れた黒のパーカーとジャージ。ストライプの仮面の下でニヤニヤと笑う口元。仮面から覗く目は薫を見据えている。


「答え合わせしようや。黒幕・チェシャ猫。いや───桜木骸」


 軽々とした声が懐かしかった。



「流石だよ。少秘警のおにーさん♡」


 ***


 桜木は仮面を外して薫に微笑みかける。

 元気に手を振って踊るように薫に近づいた。でもその笑顔、やはり手練の『犯罪者』の顔だった。


「なんで僕だと分かったの?」

「『ハートの女王箱庭事件』を知ってたな。親父が警察っつっても子供の前で事件の話はしねぇよ。サーカスのチケットくれた時もこっそりヒントくれたし」

「物覚えが良いだけかもしれないのに」

「隼に秘密だったんだけどな。()()()確信を持ったのはお前が狙われそうな家を教えてくれた時だよ」

 桜木と距離を詰めてそっと耳元で囁く。



「なんで『金庫がある』って言ったよ」



 桜木は笑みを崩さない。動きもせずに薫の言葉に耳を傾ける。

「『金遣いが荒い』、『大きな買い物をした』······それだけだったらまだ『疑惑』だった。でもオレ、金庫がある家狙われてるなんて言ってねぇし」

「······つい、出ちゃったのかぁ」

「で、これはオレの予想だけど。お前、『能力者』だろ」

 桜木は幼子のようにクルクルと回りながら暗がりの中に身を置いた。

「僕に何の能力があるってのさ」



「『嘘』の能力」



 桜木から笑みが消えた。石像のような表情が精神的に重い。でも薫にはプレッシャーでもなんでもない。

「能力の疑問は万引き事件で会った時。突然商品が消えただろ。隼が調べたんだけどな、被害に遭った店はまちまちで、商品もそれぞれで違う。けど、対応した店員は皆口を揃えて同じことをお前に言ってんだ」



 桜木は髪をクシャっと触る。それは悔しがっているのか、動揺しているのか──演技なのか。


「確信したのはその一言。マッドハッターも同じ台詞をお前に言った」


 息を吸った。桜木の口が微かに笑う。狙ったようなタイミングだった。


『嘘吐き』


 ***


「バレちゃあしょうがないね······。初めまして、僕はチェシャ猫! 『嘘』の能力者だよ!」


 吹っ切れたように溌剌はつらつとした声をビルに響かせて桜木は笑う。明らかに異常なテンションで振る舞い始めた。

「狂気的なテンション要らねぇから『アリス』の居場所教えろよ」

「えぇ〜? 何言ってんの?」

 目の前に会った笑顔が、瞬きをした直後には顔を横にある。

 動けなかった。体が反応しない。

 桜木の息が耳にかかる。笑い声が耳にねじ込まれた。



「『アリス』は君らの事だよ?」



 反射で振り払うように腕を振った。しかし、そこにはもう桜木の姿はない。

 笑い声がした。後ろからだ。

 ビルの入口に桜木が立っている。


 ──いつの間に······。


「君らが追う『アリス』はいない。僕たちは殺害標的ターゲットを『アリス』って呼ぶの」

「······へぇ、死ななくて残念か?」

「いや全然! むしろ嬉しくて仕方ないよ! おにーさんの言う通り、僕は彼らを逮捕して欲しかったんだよね」


 ウインクして綱渡りするように歩く桜木。正体も動機もバレてしまったというのに遊んでいるかのような振る舞いをやめない。



「僕は犯罪者が嫌いなんだぁ」



 また場所が変わる。今度は奥にある階段に座っている。だらしなく体を預けて折り紙をおる。


「捕まっちゃえば皆日なたに出てこない。要らない存在が消えるんだよ?」

「じゃあ普通に通報してくんねぇかな。警察に任せろよ、そんなもん」

 桜木は「そうなんだけど」と紙飛行機を投げる。紙飛行機は無機質な空間を飛ぶと一回転して床に落ちる。

 その時には既に桜木の姿は消えていた。辺りを見回してもどこにもない。


「ケーサツゥ? あんな嘘にまみれた組織、反吐が出ちゃうよ」


 後ろで声がした······と、思ったが。後ろに桜木はいない。どこにいるのか。精神を研ぎ澄ませて居場所を探る。


「おにーさん達がいいのっ」


 耳元で声がした。すぐさま振り返ると桜木の顔が目の前にあった。ゼロ距離で見る狂気的な笑顔。

 明るい声が、月夜と薫を映す瞳が、目に焼き付いて離れない。



「だって······人間じゃないからさぁ」



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