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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
アリス狂乱茶会事件
30/109

30話 上司の仕事

 小鳥のさえずりとその風の匂い。優しく暖かい日差しが室内を明るく照らす。

 目を開くと白い天井があった。



 少秘警──医務室

 隼と薫はベッドに横たわって、染み付いたコーヒーの香りを嗅いでいた。

 コーヒーの銘柄を当て合っていると、ドアの開く音がした。早い足取りで向かってきたと思えば仕切りのカーテンがいきなり開く。

 目の下にうっすらとくまを浮かべたお菊が深いため息とともに煙を吐き出す。手の平の煙管を乱暴にしまい、近くの椅子を探す。

「どうでありんすか?」

 後ろ姿が問いかける。


「男のシンボルに二十kgの鉄球が時速三百kmで当たったくらい痛かった」


 お菊が自分の着物の裾を踏んで転ぶ。隼は頭を抱えた。

 知ってる。薫は真剣に答えてる。聞きたいことがズレているだけ。

「警部は『刺された感想』じゃなくて『具合はどうだ』って聞きたいんだよ······」

「ああそっちか。大丈夫大丈夫! 綺麗に治ってらぁ」

 薫は服を捲って胸を見せる。剣が貫いたというのに傷が全く残っていない。お菊は立ち上がりながら「当たり前だ」と言った。

「出張に行く直前に無理言って治してもらいんした。ちゃんと礼でも言いなんし」

「おっけ」

 ······気楽で良いよな、こいつ。


 再びドアが開く。お菊が来た時よりも勢いよく。そして快活な笑い声が医務室を包んだ。

 真っ黒でヨレヨレになった着流しに、短い黒髪をはねさせたつり目の男。額の左側には『影』の文字がある。



「薫ぅ〜! 殺されかけたそうじゃな! やはりお主も人間じゃったな!」

「うげっ······陽炎かげろう



 突然現れた副署長・龍眼寺陽炎りゅうがんじかげろうに心臓が飛び上がる。

 敬礼しようとすると、「無理せんでよいわ!」と肩を叩かれた。お菊の分の椅子も持ってきて二人のベッドの間に座る。陽炎は薫の頭をワシワシと撫で回す。


女子おなごに油断とは修行のつけ直しかの〜? やっとうくらい何度でも相手してやるわい!」

「そのやっとうでオレに勝てたことあったっけか?いっつも気絶してんだろ」

「······やっとう?」

「剣術のことでありんす」


 薫が陽炎の頭に火をつける。慌てて消す姿を冷めた目で見守った後、お菊が「茶番で終了」の気配を察知して本題に切り出した。


「サーカス団全員を逮捕しんした。そのうちの四人が──能力者でありんす」


 嘘だろ──


 その一言しかなかった。お菊は足を組んで話を続ける。

「二人が一日寝てる間に取り調べしたんだけど、凄いことに何にも言いんせん。非能力者を警察引き渡した時報告したら······」

 お菊の言葉が詰まる。気まずそうに陽炎を見る。陽炎も言いづらそうに頭を掻く。


「それがのぉ、『拷問せよ』と言われてしもうてな」

「「はぁっ!?」」


 違法だ。それを警察が指示するなんてありえない。薫が布団を焦がして怒鳴る。


「拒否だ! やらねぇし、やらせねぇぞ!」

「いや、拒否できんせん」

「何でだ! 憲法第三十六条『拷問及び残虐刑の禁止』!」

「いや、忘れたかの? わしらには拒否権はおろか、『人権』が無いんじゃよ」

 薫は悔しそうにサイドテーブルに拳を叩きつける。ヒビの入ったサイドテーブルは時間差で壊れ、灰となって脆く崩れた。


 そうだ。『化け物(能力者)』には人権がない。指示されたらそれに従う以外の選択肢がないのだ。

 まして拷問する相手も『化け物』。どちらかが『人間』であれば問題だが同類同士なら何の問題もない。


「あの、()()では駄目ですか?」

「可能といえば可能だけど、ヨンパチ過ぎたら管轄じゃなくなりんす。それまで黙ってられたらたまったもんじゃありんせん」

「拷問しない方法は必ずあるはずです」

「じゃがのぉ、当日は警察が見張りで立ち会うらしいんじゃ。どこまで見るかは分からんが誤魔化ごまかしが出来んのは確かじゃろうな」

 ──悔しい。

 何故差別されるのか。何故非人道的なことをしないといけないのか。変な力があるだけで──!!


「ちくしょう! 『超』能力はよくて『ただ』能力はダメだぁ? い、み、わ、っかんねぇぇぇんだよぉぉぉ!」

 各々思考回路前回で考えを捻り出すがこれといった名案は浮かばない。散々議論を交わした後で陽炎の口から驚くべき一言が飛び出した。



「拷問しようか!」



 薫が手の平に火の玉を乗せる。

「陽炎、頭腐ってんならさっさと捨ててカボチャでも詰めてこいよ」

「頑丈になるのう! じゃがこれしかあるまい」

 火の玉を掲げるその腕を反射的に押さえた。近くに寄るだけでも肌が痛むほどの熱さが辛い。だがここで押さえないと医務室ごと副署長が焦げる。

「オレは! 絶対ゼッテーやんねぇからな」

「誰もお主らにやらせるなどと言っとらんじゃろうが」

 陽炎はにっと笑って仁王立ちする。

 お菊は眉間にシワを寄せて煙管を出す。



「わしがやるでな」



 そう言って近くにあるテーブルからメモと鉛筆を探す。薫は異論を唱えようとするが陽炎のメモを受け取ると納得したようにベッドを降りた。


「起きたばかりにすまんのぉ」

「人使いの荒いジジイめ」


 悪態をついて医務室を出ていく薫。文句を言いながら荒々しくドアを閉めた。

 陽炎は困り顔で頬を掻く。お菊と意味深な視線の会話を済ませて医務室を去る。

「······お気を付けて」

「心配ありんせん。副署長に任せておきなんし。隼が気にすることないから」


「いや、違うんです······」


 廊下で金だらいが落ちるような音がした。陽炎の叫び声の後に続く「頭キツツキにつつかれろ!」の意味不明な罵倒。ドタドタと廊下を走る音が遠ざかっていく。


 ──遅かったか。


 お菊と同時にため息をついた。

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