26話 少秘警とお茶会(薫視点) 2
飛んできた土龍が右腕を貫いた。防ぐ暇なんてなかった。ほぼ筋力で耐え、それでも勢いに押されてロープから落ちそうになる。
『目には目を』の要領で能力で返そうにも火と土は相性が悪い。
再び土龍が襲いかかる。抵抗するが力及ばず、鉄パイプが手からこぼれた。ステージに突き刺さった鉄パイプを隼がチャンスとしてマッドハッターに接近する。
一方の薫は振り回す物をなくして三月ウサギを見据える。
片方仕留められたら上出来か。隼が損ねることを考えて三月ウサギは捕らえとこう。
「ん? 鉄パイプ失ってお手上げか? 存外大したことねぇのな」
三月ウサギが笑った直後、目の前にあったのは──警棒。
咄嗟に動くが回避反応が遅れて鼻先をかする。間髪入れずに警棒は頭上に飛躍し、力強く振り下ろされる。慌てて後退して薫をキッと睨む。
「隼からよく奪うんだけど、使いにくいんだよなぁ。でも今は警棒の方が良いかもな。短いし、軽いし」
手の内でクルクルと警棒を回して「ようやくお巡りさんっぽくなった」と不釣り合いの笑みを浮かべた。三月ウサギの顔が強張った。
クナイを構えた。更に土龍を従えて殺意を露わにする。
三分で仕留めてやろうか。──いや待て。
天井からパラパラと砂が落ちてくる。
せっかく作った目玉焼きの絵が崩れ、三月ウサギの脇で二匹の龍に姿を変える。
「なるほどな。異常なストックの正体は土かよ。まさか資料の『射殺』ってコレ? 土なら回収できるもんな。能力者だし······マジかやめろよ。こんなんで死にたくねぇよ」
愚痴をこぼす間に警棒とクナイが衝突する。ロープは先程より激しく揺れ、より不安定な足場と化す。だが薫も三月ウサギもそんなことは関係ない。むしろそれを利用するくらいだった。
三月ウサギは三匹の土龍をまるでムチのように操り、隙を突いてクナイを投げる。薫は警棒に炎を纏い、居合抜きで土龍を切り刻む。足首を狙った土龍はそのまま踏みつけて砂塵に戻す。
激しくぶつかり合う二人はやる気をみなぎらせ、瞳に狂気を宿す。自然と笑みがこぼれていた。
しかし、どんなに楽しく遊んでたって下は気になる。チラッと視線を落とすと隼がマッドハッターを押さえつけていた。
安堵して、つい気を抜いた瞬間──
「よそ見してんじゃねぇ!」
三月ウサギの叫び声で正面を向いた時には首に噛み付こうとしている土龍の姿。
喉に牙が届く寸前、後ろに重心を落として回避する。だがバランスを崩した。足が宙を踏み、重力が地面へと引きずり落とす。
三月ウサギの顔が一瞬で遠くなった。
「ぐっ······」
悪あがきで伸ばした手がロープを掴み、片手で全体重を支える形でどうにか助かった。戻るのは可能だが、片手だけで上がるのはやや難しい。握りしめている警棒が邪魔だ。
ステージまでかなり高さがある。落ちたら絶大なダメージを喰らうだろう。だが、自分の身よりも隼の方が心配だった。
下を見ると、さっきまで有利だった隼が床に押し付けられている。頭に拳銃を突きつけられて身動きが取れないようだ。
「い゛っっ!?」
ロープを握る手に痛みが走る。
見れば三月ウサギがその手を踏みつけていた。徐々に力が強くなるのと同時に手から力が抜けていく。それでも隼のピンチに気が向く。
助けに行かねぇと······でも邪魔くせぇんだよな、こいつ。
一向に落ちる気配のない薫にしびれを切らした三月ウサギは土龍を一つにまとめ、大きな龍を顕現する。薫に狙いを定めた時だ。
「最期に一ついいか?」
薫が聞いた。興味なさげな声が「なんだ」と答える。
思わず笑ってしまった。それが敗北宣言ではないからだ。
「ケンカはオレの方がちょっと上だな」
挑発に乗った三月ウサギが土龍に指示を下す。薫を狙って空を降る土龍は大きく口を開けた。薫が口から何かを吐き出し、土龍の眉間に当てる。
土は赤く染まり、大輪の炎を咲かせて塵も残さず燃え尽きた。
唖然とする三月ウサギの目には崩れゆく龍と、それを燃やす赤い物体──
「ガ、ガムか!?」
「戦法は一つじゃねぇんだよ」
警棒を高く投げ、両手でしっかりロープを握り、鉄棒技──大車輪で立ち直す。驚いたまま動けない三月ウサギの顔を、戻ってきた警棒で横一閃。雄叫びをあげてぶん殴る。
呻き声をあげて落ちていく三月ウサギに血の気が引いた。
──ヤッベ。ロープの上だったわ、ココ。
急いで三月ウサギを拾いに行く。
足に火を灯して加速。ひと足先にステージに着陸し、受け止める体勢を整える。前方で隼がマッドハッターを殴りつけていた。
イケメンのクセにえげつねぇな。
いやそんなこと考えている場合じゃない。
腕に三月ウサギが降ってくる。受け止められた。受け止めることは出来たが、支えることが出来ずに結局落とす。
痛そうな音がして、隼が振り向いた。どんな顔をすればいいか分からず、とりあえず笑ってみせる。
案の定、呆れた顔が薫を迎えた。




