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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
アリス狂乱茶会事件
21/109

21話 お茶会への招待状

「今のところ怪しい人影なし。平和です、どーぞ」


『裏の方も異常な〜し。ネズミもいません、どーぞ』


 桜木の情報通り、杉本家の近くで張り込む二人。薫は裏を、隼は角の電柱に隠れて正面を見張る。

 閑静な住宅街。アパートや住宅が並ぶだけで目立つものは何もない。



『なんかあったかー?』

 暇そうな薫からの無線。

「何もねぇよ」

『こっちあったぞ』

「はっ!?」

 思わず大きな声を出したが、声を潜めて薫に尋ねる。

「何があった······?」

『おっさんが塀んトコでコソコソしてんだけどよぉ』


 ──嫌な予感がした。


『立ちション始めたんだわ』


 見てやるなよ······。

 一気に力が削げてその場にしゃがみこむ。薫は無線の向こうでケラケラと笑っていたが、突然『飽きた』と言い始めた。

 ──お前が張り込むぞって言ったんだろ。




 十二時を過ぎた。

 周りの家の灯りが消え始める。杉本家からも灯りが消え、一層警戒して家を見張る。


「電気消えたぞ」

『見りゃわかるっつの。ちゃんと見張れよ? サボんなよ?』

「こっちのセリフだ」



 だが一時間経っても人の子一人現れない。やはり桜木の情報は嘘だったのか。だがそれ以外に情報はない。藁にもすがる思いで、短く会話を繰り返しながら見張りを続ける。瞬きもせずに注意深く見ていた。



 はずなのに──



 家の中で住人が叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ──

 何かから逃れようとする声が家中を埋め尽くし、物が壊れるような音が響く。電気もつけずに暴れ回る住人の声は狂気の色しか感じられない。


「おい! なんか変だ!」

『突入するぞ!』


 薫の一言と同時に弾かれたように玄関へと駆け出す。だがピタッと音が止んだ不審感に体が停止する。

 住人の声も、薫の声もしない。そっと耳を澄ませる。


 ······窓を開ける音がした。


「上かっ!」


 二階の窓から屋根を駆ける人影。大きなフードのついたマントをひるがえし、腰にあからさまに大きい袋を提げている。


「待て!」


 隼は月夜に浮かぶ人影を追う。

 自分の足にはそれなりに自信があった。だが相手は隼と互角、それどころか上回る速さで屋根の上を駆け抜ける。更には屋根の上で側転したり、バック転したりと到底出来ない芸当を見せつけてくる。

 世間一般にあれを──挑発という。



「バカにすんなぁぁぁぁ!」



 誰だってバカにされたら怒る。

 滅多に言わない関西弁と暴言を吐き散らしながらスピードを上げる。相手も隼を恐ろしく思ったのかスピードを上げた。

 暗くて良く見えないが飛び道具を使ってゴミ箱や、頑丈なものだとポストを倒して足止めを図る。しかし、そんなもの通用しない。

 少秘警式体育『恐怖の鬼ごっこ』で鍛えられたフリーランニング技術。次々と現れる障害物のことごとくを切り抜け、それをバネに更にスピードを上げで距離を詰める。


 風の向きが視える。風の音しか聴こえない。

 まるで風そのものにでもなったような体の軽さに決意は固くなる。



「絶っっっ対逮捕したる!!」



 疾風の如き速さでじわじわと距離を縮めていく。「撒けない」と直感した相手は隼の進む道に煙幕を張る。

 突然の煙幕に足が止まる。


 しかし、()()()()()()で何が出来るのか。毒でも薬でも含んでいたところで時間稼ぎにもなりはしない。


 ──アホやなぁ。


 睨みを効かせた隼の背後から静かに風が吹き始め、次第に強くなる。

 耳についたイヤリング。葉の飾りをそっとつまんで引き抜くと、鋭く尖った長いはりが現れる。

 煙幕へ真っ直ぐに先を向け、慣れた手つきで指揮棒のように操り、風を従わせる。命令を受けた風は渦を巻き、煙幕を穿うがち、威圧するように吹き荒れて街中へ消えた。

 呆然と見入っていた相手に二ィと笑ってみせると慌てて走り始める。

 マントをなびかせ街を駆ける相手は月に照らされた黄色いテントの中に入っていった。アーチの文字に舌打ちをして、隼も追いかけて中へと入る。

“Trick Party”の文字が傾いた気がした。


 ***


 真っ暗だった。

 音郷の創り上げたあの部屋を思わせるくらい真っ暗だった。


「どこや! 出ていや!」

「隼か!?」

 薫の声が闇の中から響き、目の前で火の玉が躍る。薫の安心したような笑顔が浮かび上がり、何も言わずに鍼を戻した。

「薫は何でここに?」

「ん? ああ、お前が走ってった後の裏からも一匹飛び出してきたからよぉ。つーか無線はちゃんと切ろーぜ? 途中お前の怒号と暴言にビビって死ぬ程笑ったぞ」

 頭が真っ白になった。無線のスイッチを切り、「気をつける」と細く返した。


 顔が熱いのは火の玉のせいだ。

 気が焦るのはここに犯人がいるから。

 別に穴があったら入りたいなんて考えてなんかない──




「レディース エーンド ジェントルメェーン!!」




 声が響き渡る。

「おやおや〜? レディはいないようで〜。いた方が盛り上がるんですがね〜」

 スポットライトが照らすステージの中央、ニコニコと微笑む少年がいた。

 ミラーだった。


「おや〜? 警察のお二人ですか〜」

 ステージにいるミラーと一番後ろの客席に立つ二人。

 こんなにも離れているのに、得体の知れないものが身体にまとわりつく。命をじっと狙っている。

 こういう時、口を開けるのは薫くらいだ。

「なぁ、一つ聞くぞ」


 そっと、


「何でもどうぞ〜。お答えします〜」


 静かに、


「お前が」


 忍び寄って、


「僕が?」


 核へ迫り、


「マッドハッターか?」


 ……触れた。


 ミラーは笑顔のままだ。全く崩す気配がない。そしてそっと、言葉を紡ぐ。


「いいえ〜。僕()()ありません〜」


 本来、安堵すべき言葉を得ると気が緩むものだ。

 質問に対し、得たい答えを得たというのに、どうして身が硬直するのか。

 ミラーの手に握られた黒と白の仮面。ゆっくりと仮面を顔に重ねる。

「もう一度言いますが〜、マッドハッターは僕()()ありません〜」


 背筋が凍る。


()()()()()()()()()()()()()()()()


 全身に鳥肌が立つ。


「自己紹介が······()()()()()()()()


 仮面をつけたミラーはさらに声を張り上げる。笑えない冗談が響いた。




「はじめまして〜ぇ! ()()は『マッドハッター』!以後、お見知りおきを〜ぉ」




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