2話 夕暮れ時の部屋 2
物が何一つ奪われていないことが救いなのだが、場所がわからないため助けを呼ぶことが出来ない。
自力の脱出以外に方法はないらしい。
頭を切り替え周りを見回す。部屋は家具も置物も無い。ドアも無い。窓は人が通れるほどには大きいが、地面までおよそ3階分。イケるな、と思ったが薫に「置いてくなよ?」と言われたのでやめた。
そういう薫は好奇心···というかテンションに身を任せて壁を叩いてみたり、床の上を跳ねてみたりと自由に動き回る。
部屋の探索は薫に任せ、隼は今に至るまでを思い出していた。
事の始まりは今朝だ。
妙な手紙が届いて、指定された場所に行ってみたが人の子一人いない。
悪戯だと思い、帰ろうとした途端に·········
───ここから記憶が無い。
「記憶はあてにならないな」
そういえば起きたのは日が沈み始める少し前だ。頼りにならなくて当然だな。気づけば知らないところにいるし、一日過ぎているし、今日はツイてないな······
「ホンット最悪···」
「そお? 俺楽しいけど。あ、カラス」
相棒は楽観的だし······
「おい隼ちょっと来いよ!」
薫が大声で叫ぶ。何かを見つけたらしくすごく嬉しそう。
駆け寄り、薫が指差す先を見ると、ドアがあった。
壁紙で隠していたらしく、ドアの周りには破かれた壁紙の残骸が散っていた。
一見普通のドアと何ら変わりない。だが妙な威圧感が漂っている。
脱出出来るかもしれない喜びを押し殺して警戒する風谷に対し、薫は何の躊躇もなくドアを開く。
そして嬉々として叫んだ──
「トイレついてる!!」
何でトイレなんだよ!
膝から崩れ落ちた。
「何でトイレなんだよ! 他に隠すもんがあっただろ! 漏らされると困るとでも思ったのか!? どんな気遣いだよ! 何でトイレなんだよ! トイレットペーパーめっちゃ綺麗に折られてるやん!!」
マシンガンの様に止まらないツッコミ。
笑い転げる相棒。
「使えよ」と言わんばかりに佇むトイレ。
カオスな空気の中で、ただただ犯人の顔を見たい衝動に駆られる。転げ回っていた薫が突然立ち上がり、真顔で「飽きた。帰ろ」と言い出す。
──どうやって出る気だ?
ドアはこのトイレだけだ。
入れない部屋に閉じ込められるという矛盾した状況で、薫は黙って奥の壁を指差した。
「こっから入ってきた。分かるか?」
意味がわからない。示された壁を目を凝らして······
──妙だな、色が違う。
壁の一部がくり抜かれたように白い。
「多分穴開けて俺ら入れた後、丁寧に埋めたんだな。窓から道具投げて、犯人も脱出したんだろ」
「なるほど···でもそれなら窓やその埋められた壁にそれなりの証拠があるだろ? ロープとか······って、まさか」
「ごめん、下手だなって思って捨てた」
「バカモノォォォォ!」
説教しようとするのを遮るように薫が「丸腰」と言って手を出した。全てを理解し、諦めて警棒を渡す。
薫は軽く振り回して壁に狙いを定める。
「先に行ってろ。遅くなるから」
「何する気だ」
「遊んでくる」
薫は壁に向かって走り出し、勢いを殺すことなく跳躍、体を回転させる。
「おらよっっ!!」
紅い炎を纏った回転蹴りが壁に突き刺さり、爆発音を伴って破壊された。煙を上げ、焦げた壁の向こうから男たちの悲鳴が聞こえてくる。
ああ、複数犯なのか──
隼は窓を開け、躊躇うことなく───
飛び降りた。
不自然にも、地面から強風が吹き上げ無事に着地する。辺りを確認すると、どうやら街の郊外の廃病棟のよう。
(知ってる場所でよかった)
玄関の方に出ると、男の山が出来上がっていた。
その辺の不良から、顔の怖い方まで十数人。それでも建物の中からは骨の砕ける音、薫の雄叫びと男たちの悲鳴が響く、響く、響く──
新たな男達が山の仲間入りして恐怖のこびり付いた顔で気絶する。同情しつつもポケットから携帯電話を取り出し、慣れた早さで電話をかけた。三回目のコール音で『はぁ~い、わっちでありんす』と声がした。
「警護課の風谷ですが······」
丁度その時、薫が男を引きずって現れ、片手で高く掲げて「大将討ち取ったりぃぃぃぃぃ!!」と満足げに叫ぶ。
電話の向こうにも声が届いたらしく、隼と同じタイミングでため息をついた。