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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
アリス狂乱茶会事件
16/109

16話 情報処理課の助っ人

 人で賑わう大通り。

 興奮する人、感想を言い合う人、「また来ようね」と手を振り別れる人で溢れている。

 その人々とは逆方向に進む制服の少年が二人。

「ちょっと神でも斬りますか」というような恐るべき表情、完全に場違いなオーラを放って──



 筆記体の“Trick Party”と書かれたアーチをくぐる。



 * * *


「サーカス?」


 隼は言葉を聞き返す。桜木は平然とココアを飲み続ける。

「うん。ほら、二〜三ヶ月前にこの辺に来たでしょ? 移動サーカス」

 携帯の画像を見せてもらったがサーカス名がボヤけて分からない。薫がチケットのサーカス名を綺麗な発音で読み上げた。

「ちょうど二人分だし、貰ってくれるかなって思ってさ」

「······まさか、これだけか?」

「え?うん、そうだけど」

 薫が何も言わずに肩に手を置いてくる。何も言わずに手を払った。


「それにさぁ、なんか不吉なんだよね。そのサーカス」


 不穏な一言を残す桜木に薫が食いつく。

「どういう事だ?」

「なんかね、噂があるんだよ。あのサーカスがいる所は事件が起きるんだって。サーカスが来たのは二ヶ月前じゃん? おにーさん達が調べてる事件の最初の被害も二ヶ月前。なんか怖くてさぁ〜」


 サーカスの移動と事件が関係している?

 もしこれが偶然だとしたら不可解な点がいくつかある。薫が意味深に「ふーん」と言ってチケットをポケットに入れた。


「骸、帰れ。チケットの礼だ」

「はっ!?」

「え、いいの? やったー!」


 桜木は無邪気に笑って取調室を出ていく。薫は新しい玩具を見つけた子供のような目をしていた。反対に隼は、試されているような気がしてならなかった······


 * * *


「掴みどころがないな。桜木は」

「んー、妙な奴だけどな。そんなこと言ってらんねぇし」


 テントの入口を入念に掃除する人がいた。鬼のようなオーラを放つ二人に一瞬肩を震わせたが、すぐに笑顔で近寄ってくる。

「すみません〜。次の開演は午後からなんですよ〜」

 妙に語尾が伸びる口調。金髪碧眼きんぱつへきがんの少年は申し訳なさそうな表情で箒を握りしめた。

「いや、観客じゃねぇ。俺らお巡りさん」

「ほぇ〜、警察の方でしたか〜。てっきりヤクザ関係かと〜······あ、失礼しました〜。そちらへどうぞ〜」

 少年はテントの裏へと案内した。

 ──少年の足が震えている。

 ただ考え事をしていたとはいえ、相当怖い顔をしていたのだろう。驚かせてしまったようだ。


 ······すまない。と、心の中で謝った。


 * * *


 サーカスの裏は想像以上に綺麗だった。

 公演や練習で慌ただしい割に片付いている。少年が「前に痛い目に遭ったので〜、片付けるようにしています〜」と恥ずかしそうに言い訳をする。

「名前は?」と問いかける薫に少年は「ミラーです〜」と名乗った。

「すみません〜。芸名以外で名乗るの禁止なので〜」

「呼び方が分かりゃいいんだよ」

 薫は事件を話を始める。例の店長の写真を見せながら話すと、ミラーは驚いたり怖がったり、子供らしい自然な行動をとる。だが隼はそれを睨むように見ていた。

「何でもいい。些細なことでもいいから情報が欲しい」

 ため息混じりに語る薫に、ミラーはこめかみに指を添えて唸った。

「う〜ん、三日前の二時ですか〜?」

「ああ、午前二時以降」

「夜中ですねぇ〜。皆寝てるような時間······あ、見たかもです〜」



 予想外の展開キターッ!!



 薫はミラーの肩をわし掴み、大きく揺らしながらかぶりつくように問い詰める。首がもげないうちに引き剥がして落ち着かせるがミラーに「怖い人」の烙印を押された。


「目が覚めちゃって外に出たんです〜。そしたらあのビルの上をぴょんぴょんって跳んでる人がいて〜」


 ミラーが指さしたのは周りに比べて低いビル群。間隔に規則性はなく、人の足で渡るには不可能に等しい。だが奥の方には住宅地が広がっている。狙うには良いかもしれない。


「この人、亡くなったんですよね〜」

 ミラーは眉間にシワを寄せて写真を覗き込む。頬を手を当て首を傾げてまた唸る。

「う〜ん、亡くなった方を悪く言いたくないですが〜。悪い噂がありましたね〜」

「悪い噂?」

「はい〜。接客態度が悪いとか〜、パワハラしてたとか〜、おっさん臭いとか〜」

「なぁ最後の「隼、ツッコんだら負け」


 薫に口を塞がれどうにかツッコミを飲み込むとミラーが「あとは〜」と腕を組んだ。

「悪い噂ではないですけど〜、実はお金持ちらしいとか〜?高級ブランドのお店で店員さんから厚遇されてたそうで〜」

「金持ちぃ? ステテコワンカップそっぷるたんが?」

 ······呪文みたいだな。使わないが。

「コンビニの店長さんにしては変だと思いますよ〜」

「ちなみにその噂の情報源は?」

「コンビニ帰りに会ったお客さんですよ〜。ご婦人方は噂話大好きですから〜」


「······ふ〜ん」とだけ言って薫は隼を見る。顎でミラーを示し、発言を促す。薫は知っていたようだ。

 バレていたとは······。観念してミラーの前に立つ。なるべく目を見るようにして質問を連ねた。


「年齢は?」「十六です〜。身長が低いのでよく子供に見られるんですよ〜」「紅茶は飲むか?」「はい〜。幅広く飲みますよ〜」「お気に入りの紅茶は?」「ダージリン、ですかね〜」「ミラーの演目は?」「雑用係なので決まってないです〜」「被害者との関係は?」「他人ですよ〜! コンビニで会ったっきりですもん〜!」



「ハートの女王箱庭事件は知ってるか?」



 ミラーの目が変化した。まるでかたきを見るような眼差し。喉にナイフを突き立てられた様な気がした。

 しかし、笑みを崩してはいない。瞬きをする間に戻っていた。


「いえ〜、知らないです〜」

「そうか······」


 その一言を絞り出すだけで精一杯だった。心なしか胸の鼓動が早まった気がする。

「······最後に一つ。本当に、あの上飛んでたんだな?」


「はい〜。まるで···ねずみ小僧のように〜」


 左手でイヤリングに軽く触れる。ミラーの一言で疑問が確信に変わる。

「なるほど」

 用事は済んだ。足早に帰路を辿る。薫がニヤニヤと笑って後ろをついて来る。

「お気を付けて〜」と声がした。誰も返事をしなかった。

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