16話 情報処理課の助っ人
人で賑わう大通り。
興奮する人、感想を言い合う人、「また来ようね」と手を振り別れる人で溢れている。
その人々とは逆方向に進む制服の少年が二人。
「ちょっと神でも斬りますか」というような恐るべき表情、完全に場違いなオーラを放って──
筆記体の“Trick Party”と書かれたアーチをくぐる。
* * *
「サーカス?」
隼は言葉を聞き返す。桜木は平然とココアを飲み続ける。
「うん。ほら、二〜三ヶ月前にこの辺に来たでしょ? 移動サーカス」
携帯の画像を見せてもらったがサーカス名がボヤけて分からない。薫がチケットのサーカス名を綺麗な発音で読み上げた。
「ちょうど二人分だし、貰ってくれるかなって思ってさ」
「······まさか、これだけか?」
「え?うん、そうだけど」
薫が何も言わずに肩に手を置いてくる。何も言わずに手を払った。
「それにさぁ、なんか不吉なんだよね。そのサーカス」
不穏な一言を残す桜木に薫が食いつく。
「どういう事だ?」
「なんかね、噂があるんだよ。あのサーカスがいる所は事件が起きるんだって。サーカスが来たのは二ヶ月前じゃん? おにーさん達が調べてる事件の最初の被害も二ヶ月前。なんか怖くてさぁ〜」
サーカスの移動と事件が関係している?
もしこれが偶然だとしたら不可解な点がいくつかある。薫が意味深に「ふーん」と言ってチケットをポケットに入れた。
「骸、帰れ。チケットの礼だ」
「はっ!?」
「え、いいの? やったー!」
桜木は無邪気に笑って取調室を出ていく。薫は新しい玩具を見つけた子供のような目をしていた。反対に隼は、試されているような気がしてならなかった······
* * *
「掴みどころがないな。桜木は」
「んー、妙な奴だけどな。そんなこと言ってらんねぇし」
テントの入口を入念に掃除する人がいた。鬼のようなオーラを放つ二人に一瞬肩を震わせたが、すぐに笑顔で近寄ってくる。
「すみません〜。次の開演は午後からなんですよ〜」
妙に語尾が伸びる口調。金髪碧眼の少年は申し訳なさそうな表情で箒を握りしめた。
「いや、観客じゃねぇ。俺らお巡りさん」
「ほぇ〜、警察の方でしたか〜。てっきりヤクザ関係かと〜······あ、失礼しました〜。そちらへどうぞ〜」
少年はテントの裏へと案内した。
──少年の足が震えている。
ただ考え事をしていたとはいえ、相当怖い顔をしていたのだろう。驚かせてしまったようだ。
······すまない。と、心の中で謝った。
* * *
サーカスの裏は想像以上に綺麗だった。
公演や練習で慌ただしい割に片付いている。少年が「前に痛い目に遭ったので〜、片付けるようにしています〜」と恥ずかしそうに言い訳をする。
「名前は?」と問いかける薫に少年は「ミラーです〜」と名乗った。
「すみません〜。芸名以外で名乗るの禁止なので〜」
「呼び方が分かりゃいいんだよ」
薫は事件を話を始める。例の店長の写真を見せながら話すと、ミラーは驚いたり怖がったり、子供らしい自然な行動をとる。だが隼はそれを睨むように見ていた。
「何でもいい。些細なことでもいいから情報が欲しい」
ため息混じりに語る薫に、ミラーはこめかみに指を添えて唸った。
「う〜ん、三日前の二時ですか〜?」
「ああ、午前二時以降」
「夜中ですねぇ〜。皆寝てるような時間······あ、見たかもです〜」
予想外の展開キターッ!!
薫はミラーの肩をわし掴み、大きく揺らしながらかぶりつくように問い詰める。首がもげないうちに引き剥がして落ち着かせるがミラーに「怖い人」の烙印を押された。
「目が覚めちゃって外に出たんです〜。そしたらあのビルの上をぴょんぴょんって跳んでる人がいて〜」
ミラーが指さしたのは周りに比べて低いビル群。間隔に規則性はなく、人の足で渡るには不可能に等しい。だが奥の方には住宅地が広がっている。狙うには良いかもしれない。
「この人、亡くなったんですよね〜」
ミラーは眉間にシワを寄せて写真を覗き込む。頬を手を当て首を傾げてまた唸る。
「う〜ん、亡くなった方を悪く言いたくないですが〜。悪い噂がありましたね〜」
「悪い噂?」
「はい〜。接客態度が悪いとか〜、パワハラしてたとか〜、おっさん臭いとか〜」
「なぁ最後の「隼、ツッコんだら負け」
薫に口を塞がれどうにかツッコミを飲み込むとミラーが「あとは〜」と腕を組んだ。
「悪い噂ではないですけど〜、実はお金持ちらしいとか〜?高級ブランドのお店で店員さんから厚遇されてたそうで〜」
「金持ちぃ? ステテコワンカップそっぷるたんが?」
······呪文みたいだな。使わないが。
「コンビニの店長さんにしては変だと思いますよ〜」
「ちなみにその噂の情報源は?」
「コンビニ帰りに会ったお客さんですよ〜。ご婦人方は噂話大好きですから〜」
「······ふ〜ん」とだけ言って薫は隼を見る。顎でミラーを示し、発言を促す。薫は知っていたようだ。
バレていたとは······。観念してミラーの前に立つ。なるべく目を見るようにして質問を連ねた。
「年齢は?」「十六です〜。身長が低いのでよく子供に見られるんですよ〜」「紅茶は飲むか?」「はい〜。幅広く飲みますよ〜」「お気に入りの紅茶は?」「ダージリン、ですかね〜」「ミラーの演目は?」「雑用係なので決まってないです〜」「被害者との関係は?」「他人ですよ〜! コンビニで会ったっきりですもん〜!」
「ハートの女王箱庭事件は知ってるか?」
ミラーの目が変化した。まるで敵を見るような眼差し。喉にナイフを突き立てられた様な気がした。
しかし、笑みを崩してはいない。瞬きをする間に戻っていた。
「いえ〜、知らないです〜」
「そうか······」
その一言を絞り出すだけで精一杯だった。心なしか胸の鼓動が早まった気がする。
「······最後に一つ。本当に、あの上飛んでたんだな?」
「はい〜。まるで···ねずみ小僧のように〜」
左手でイヤリングに軽く触れる。ミラーの一言で疑問が確信に変わる。
「なるほど」
用事は済んだ。足早に帰路を辿る。薫がニヤニヤと笑って後ろをついて来る。
「お気を付けて〜」と声がした。誰も返事をしなかった。




