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少年秘密警察の日常  作者: 家宇治克
丑刻参り惨殺事件
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10話 居酒屋にお巡りさん 2

「──つまり? 店に迷惑行為してた不良を追っ払ったお礼にご飯食べてたってこと?」


 サマンサがそう聞くと、骸はサイダーを持ちながら頷いた。

 お菊が食べ散らかしたテーブルを片付け、運ばれてきた焼き鳥をアルベルトが骸たちの前に置く。

 骸は腕に絡んでくる長谷の髪と戦いながら、お菊に言い訳っぽく話した。


「九時近くにここら辺来たらさぁ、高校生が店に凄い文句つけてたの。それがセクハラとは脅迫じみた感じだったから注意したんだよ。手帳見せたらすぐ散っちゃったんだけどね。ついでに零君がお店のレジを直してくれたから、お礼にサイダーと焼き鳥サービスしてもらってたんだ!」


 骸は無邪気に笑って許しを乞うが、お菊にそんなことは通用しない。お菊はウーロン茶をぐびっと飲み干すと、テーブルに肘を立てて手を組み、取調べの体勢を整えた。


「何で九時に子どもが出歩いてんだい」

「えっ、えっとそれは······。ざ、残業! そう残業してたからさ!」

少秘警(ウチ)はデカい事件でも抱えない限り残業禁止でありんす。そもそも後方支援の情処課が、何で事件抱えてるんでありんしょうね」

「あっあっ、そのえっと······あ! 事件の資料が急に必要になったとかで、探してたらこんな時間に!」

「情処課の資料室は、昔いたあんたらの先輩のお陰で年代順にきっちり並んでるんだよ。手間取るもんかい」

「あっいや、えっとね。······ちょっと待って考えるから」


 骸は頑張って言い訳を考えた。だが結局何も出てこなくなったらしい。

 お菊は長谷と目を合わせると、親指を立てて合図した。その合図で長谷は骸をガバッと抱きしめると個室の隅に移動し、骸が哀れになるくらいに愛で始めた。

 音郷は骸に手を合わせると、ウイスキーをあおるサマンサに「あの」と声をかけた。


「すみません、その······先ほどの会話が()()()()()()()

 サマンサはそれを聞くと、ウイスキーを置いて音郷の肩に優しく手を置いた。

「そうよね、耳が良いのは知ってるわぁ。でもこれは大人の仕事。あまり介入しない方が身のためよ」

 サマンサは音郷を諭すが、しばらく考えていたアルベルトが「レイ」と音郷を呼んだ。


「ちょっと頼みたいことがあるのだ」

「はい、僕でいいなら」




 最近は手の平サイズのパソコンもあるのか。

 お菊は感心しながら音郷の後ろから画面を覗いていた。長谷も音郷がパソコンをいじり始めると、骸から手を離し、水を片手に仕事モードに切り替えた。

「まさかレイにサイトの件を調べさせるなんて」

「彼が一番マシンに強いのだ。なんて言うのだ? ジャックの道はヘビィ?」

「蛇の道は蛇ですよアルベルト警部」


 音郷は冷静にツッコミを入れると、とある掲示板サイトを開いた。

「ここですね」


 その掲示板には会社の不満や学校、親への不満などストレスの溜まり場のような会話が繰り広げられていた。

 音郷はそのサイトの履歴を検索にかけて遡りながら言った。


「そのサイトは元は単なる愚痴をこぼすだけの掲示板みたいなもので、嫌いな人の名前を書いた藁人形を、クリックして釘を打ち付けるっていうミニゲーム的なものがあったくらいだったんです」


 音郷はそう言うと、画像検索でそのサイトの以前の画像を引っ張り出した。

 サマンサがスマホで今のサイトの画面を比べた。確かに今とじゃ全く違う。掲示板はおろか、ミニゲームの画面もない。

 全く別のサイトのようにも思えるが、画面の上にあるよく分からない数字やアルファベットの羅列は同じだ。


「ねぇテーコ、管理人は何て言ってたのよ?」

 サマンサが長谷に問う。長谷は水を半分飲むと、ヴーンと機械のような低い声を唸り出した。


「何かねぇ······。サイトの運営は認めたんだけど実際に殺してるって感じは無かったのよ。でも、被害者達を死んで当然って思ってるみたいなのよね」

「死んで当然? どういうことなのだ?」

「なんて言おうかしら。『迷惑製造機』とか、『キチガイはいなくなって当たり前』みたいな事言ってたのよ」

「トンチキな発想していんすなぁ」


 お菊は個室の隅でぐったりしている骸をつつくと、骸は「もうやだぁぁあ」とすすり泣く声をこぼした。


「もうやだ! 長谷けーぶ怖い! トラウマになる! 夜トイレ行けなくなったらどーすんのさ!」

「知るか漏らしなんし。あんたならサイトの開く時間くらいわかりんしょ? それこそ噂くらい」

「それだったら零君の方が詳しいよ」


「午前十二時から二十秒間です」


 骸がそう言った直後、音郷が答えた。音郷は掲示板のやり取りをお菊に見せた。噂のサイトの時間が掲示板で同じ時間が多数上がり、しかも『一人しか開けない』『名前を書いたらその日の内に実行される』『死ぬのは午前二時二十二分』など、数多の噂が流れ込んでいた。


「僕はネットに書き込めない情報をいっぱい持ってるよ。国家機密がネットに書き込まれたら問題だもんね。その代わりネットに関してはほとんど知らない。ネットはいつも情報で溢れてるから見つけてもすぐに飲み込まれて消えちゃうんだ。でも零君は、ネットに関して詳しいよ」


 音郷は頬を赤くして俯いた。

 長谷は奇声を上げて悶えると、サマンサに頭から水をかけられて大人しくなった。


 国の心臓に滑り込める骸と、ネットの大海原から砂粒を見つけ出せる音郷。アルベルトが自慢するだけある情処課の双璧だ。これで体力があれば完璧だろうに。

 お菊は二人の体育の成績を思い出すと少し残念な気持ちになった。


「とりあえず、アル。能力者って前提の()()はどうだったのよ」

 サマンサがアルベルトに話を振ると、アルベルトは腕を組み、真剣な表情に切り替わった。

「杭を僕の独自鑑定にかけた結果、杭は木製じゃなかったのだ」

 その報告を聞くと、長谷が水を滴らせて起き上がった。骸が悲鳴をあげてお菊の後ろに隠れた。長谷は可愛い部下に目もくれず、話に食いついた。

「どういうことよ。木製の杭が木製じゃないって」

「細かくいえば、木を削って作ったものじゃないってことなのだ。つまり──」



 ──あの杭は()()()()()()()()()



 アルベルトはそう断言した。お菊はそうかい、と呟くと、一つ良いことを思いついた。それが成功するとは思わないが、やってみる価値はある。そう思い、音郷に言った。煙管を取り出し、水蒸気の煙を吐き出した。



「明日、()の刻に働いてもらいんす」

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