「恵まれない雨」後編
あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いします。
「こないだ、あの男子高校生を見つけたのはここだった。君も見かけたのはここら辺だったね?」
私はビルとビルの隙間に座り込む。今は水飲み休憩だ。
アザキは水を飲みながらうなずく。
「そうですね、ここ周辺を探せばいいんでしょうか?」
「誘拐されてからそんなに時間が経ってないから遠くにいけないと思うよーー小さな子供とはいえ、人を1人抱えて動くには限界がある。」
「……でも、手掛かりありませんよね。」
「……。」
その通りだ。実際、東門から出入りしたこと、ここら辺にいること以外はよくわかっていない。
闇雲に動いてもしょうがない、私は少し考えた。
「この辺りの植物なら知ってるかも。」
「でも、彼らは人間見かけたら食べるんじゃないですか?」
「んー、それは初期の植物だけかな。今の彼らにも好みはあるし。」
「人間に好みですか……。」
アザキは考え込む、私は近くに植物いないか、触手を数本伸ばして上で手を降るように揺らしてみる。
すると、近くにビルの3階の窓から1本触手を伸ばした植物がいた。姿は見えないが様子から察するにそこから動けないらしい。
「あっ、いたいた。あの建物の中かな。」
私はアザキと共にビルの方へと歩く。
「(野依さん、ちょっと待って。)」
「(どうした、小声で?)」
「(そのビル、1階に何人かいます。あれ、カラシニコフにも見えますけど。)」
「(よくわかったな、どこから持ってきたんだろ……警察にはなさそうなものだね。)」
「(夜目が効くので、それよりさすがにあれは俺たちでも突破出来ないですよ……。)」
「(こっちはハンドガンと刀だもんな……。)」
「(あ、ちょっと頼んでもいいですか?)」
アザキは耳元で『それ』を私に喋る。
「(多分出来るけど、落ちない保証は出来ないよ?食われない保証も。)」
「(受け身も取れますし、拳銃もありますから。)」
「(わかった。)」
私は覚悟を決めるとアザキを自分の触手で握りしめ、そのままビルの3階の窓に向かってーー窓から出ている触手に向かって投げた。
「受けとれっ!」
「ーーっ!」
アザキの体は宙に舞い、そのまま触手に捕らえられた。
私も勢いをつけて3階に飛び上がりビルの中に入る。
そこには薄気味悪いコンクリートの床があり、目の前には今にも植物の触手に絡まれて液体にされそうなアザキ君がいた。
「のいさっ、はやくっ!」
苦しそうにアザキは叫ぶ。
「それは食料ではないんだけど。」
植物はアザキから手を離す。アザキはむせながら私の方へ戻る。
この植物は普通とは違い黄緑色をしていた。
『お前……誰だ?』
「はじめまして、私は野依。ーー貴女方と同じだ。」
私は触手を見せる。
『植物か……。甘崎と同じ、見た目は人間だな。』
「甘崎?」
私以外にも見た目は人間の植物がいるのか……?
『なるほど、面識はないのか。まぁいい、私はここで捕らえられていてね……。この部屋から出られん。』
「出られない?縛られてるわけでもないのに?」
『ああ、なぜだかこの部屋から出ようとすると耳鳴りがしてダメなんだ。多分、甘崎のせいだと思う。』
「……。」
植物に耳鳴りがあるのか、耳は無さそうなのに。
私は言葉を飲み込み咳払いをする。
「……なるほど、私達は小さな女の子を探しててね。」
『それなら上の階の1番奥の部屋にいると思う、さっき小さな女の子の声が階段の方からしていてな。多分、甘崎の実験に使われるんだと思う?』
「実験?上の階?」
『甘崎は見た目が人間だと言っただろ、ソイツが本当に人間を食べるのか観察するために女の子をさらって来たーーという話を少年から聞いた。』
「……。」
少年ーーもしかして、あの男子高校生だろうか?
『まぁいい、このままだとお前のところの女の子も甘崎も手遅れになる。急いだほうがいいんじゃないか?』
「……ええ、ありがとう。」
私はアザキに手招きをすると足早で階段の方へと上がる。
「さっき何話していたんです?」
「上の階にゆきちゃんらしき女の子と、甘崎という私みたいに液体を食べる男が捕らえられていると聞いた。」
「……なるほど、とりあえず援護射撃はしますんで斬り込みはお願いしますよ。」
「わかった、私は撃つなよ。」
私は1番奥の部屋の扉を足で蹴飛ばす。だが、誰も襲ってこない。私は自分の触手を出すとゆっくり地に這わせた。
「……お姉ちゃん?」
ゆきちゃんが嬉しそうに言う、私は安心してゆきちゃんの行こうとする。
だが、変な匂いがしてそちらの方を見る。
そこには、チンピラと呼ぶにふさわしい雑魚がーー大量に死んでいた。
「うげっ?!」
アザキが思わず戻しそうになるのをギリギリ押さえる。
「ゆきちゃん?大丈夫?」
私は叫びたい気持ちを押さえて警戒しながらゆきちゃんの方へ近づく。
「気をつけてくださいーーゆきちゃん、様子が変です。」
アザキは自分の胸を撫でながら言った。
「人がね、すごく、死んだの?あのね!あのね!すごくね!」
ゆきちゃんは興奮して跳び跳ねる。
薬物患者を思わせるような、金切り声。冷静な判断力を失ってる。
「テレパシーやろうとしただなんだけど、失敗したかぁ。これだと精神破壊だったねぇ。」
20後半くらいの男ーーなるほど、コイツが。
「……甘崎、か。」
「ん?もしかして、下の階にいる植物に会ったの?」
甘崎私と同じように触手を出す。
「ああ、お前……何者だ?」
「多分君と同じだよ。もしかして、そこの女の子知り合いだった?ごめんね、実験材料として使おうとしたら失敗しちゃったー?」
「いい加減にしないと撃ち殺しますよ?」
アザキが今にもキレそうな顔で、銃を構える。
「その拳銃じゃ、無理だと思うんだ。野依ちゃん、後輩教育はちゃんとしなきゃ?」
「ーーっ?!」
名前をコイツは聞いていないはずなのでは?
「そのゆきちゃんって子にテレパシー失敗したときに記憶を見せてもらっただけよ。」
なるほど、それだけ聞ければ充分だ。
「じゃあもう用はないなっ!死ねっ!」
私は刀を降り下ろそうするがーー。
「はい、ストップっ!」
甘崎が人差し指で私の額を押さえる、すると私の体が動かなくなった。
「野依さんっ?!」
アザキが叫ぶ。だが、指1本動かすことが出来ない。
「アザキ君、来たらダメだ!先にゆきちゃんを連れて逃げてくれ!」
「ーーっ、わかりました。」
アザキは悔しそうな顔をするとゆきちゃんを抱え込み走った。
甘崎は追いかける気も、襲う気もないらしい。
「君もテレパシーは使えないんだね?」
「そうだな、植物と話すときはいつも声を出してるよ。」
「人間を食べる我々が植物と同じ能力が使えないっていうのも変な話だろ?」
「さあな、私自身は人間でいたいからな。そんなことはどうでもいい。」
「ーーふーん、まあいいや。また、今度会いに来てよ。茶菓子でも用意しておくからさ。」
もう1度人差し指で額を押さえると、私は肩の力が抜けたように倒れ込む。
パタン。
甘崎は目の前から消えていた。
彼は何だったんだろう……私は気を失いかけていた。
でも、ここで気を失ったら不味い。かろうじて意識を保つようにする。
「……大丈夫か?」
「お前は……。」
誰かが私を抱え込む。顔を見ると、ゆきちゃんを拉致した男子高校生だ。
「さっき、1階に別の植物が入って来て……貴女を連れ出すようにと言われた。そうでなければ食うとーーよく小1時間でここがわかったな。」
彼は私を抱えたまま階段を降りる。
「ただの偶然さ……下の階にいた植物は?」
「さっき見たら逃げていた、甘崎さんがいなくなったし誰も捕獲するための道具なんてないからな。」
「お前、甘崎って奴の手下みたいだな。」
「……甘崎さんの言うことに逆らうと上の階にいたチンピラみたいになるのでね。俺がここに来たのは昨日の話さ、言うこと聞かなかったら俺が実験台にさえるところだった。」
「だから拉致したのか。」
「ああ。」
「……食われても文句は言えないな。」
「……。」
男子高校生は黙る。
それにしてもよく走れるよな、私それなりに重さあると思うんだけど。
「ほら、1階だ。」
彼は私を下ろす、目の前にはマウエッタがいた。
『野依、心配した。』
「マウエッタ……やっぱりね。」
『こないだ食べようとした、そこの奴がお前のところの子供を拐っていたのを見てここに来た。お前は、大丈夫だったか?怪我はしていないようだが。』
「……そう、そうなの。もう、何が何だかわからなくて。」
おかしくなったゆきちゃん、その手下の男子高校生。
そしてーー甘崎と名乗る男。
『お前のことだ、どうせ慌てて出てきたんだろう?』
「うん……。」
マウエッタは私を触手で抱き締めると、自分の頭の上に乗せる。
「おま……え、もう、帰ってもいい。」
男子高校生に向けて言ったんだろう。
ーーそれよりも。
「マウエッタ喋れるようなったの?」
『体力は使うがな、ちょっとくらいならできる。』
「そう……。」
私はマウエッタにすがりつくと、抱き締める。
「液体が食べたい。」
『そこにあるからゆっくり食え、見張りはやっておくから。』
多分、1回で見張りをしいた男らだろう。
「ありがとう。」
私は食事をする。
男子高校生はいつの間にかいなくなっていた。まあ、問題はない。目的は達成した。
私は虚ろな目のまま液体をむさぼった。