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一億植物社会  作者: りー
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「恵まれない雨」中編

「雨、強くなりますね。」

「うん、そうだね。でも、こんなに雨が降ればドラム缶風呂は出来るんじゃない?」

「そうですね、まあその前に雨漏りしないようにしないといけませんけど。」

午後3時。

ゆったりとした時間が流れる。

雨の音は強くなる一方で、ゆきちゃんたちが植木鉢を移動させたのは正解だったようだ。

こんなどしゃ降り久しぶりだ。

「……野依さん、野依さん!!」

誰かが慌てて教室のドアを開ける。

「ん?プリン頭君どうした?」

「いつまでこの髪のこと言うつもりですか。ーーそんなことよりも!大変なんですよ。」

「青樹さん、何慌ててるんです?」

アザキは、古い雑誌をめくりながら言った。

「誘拐されたんだよ、松野さんの家の子供が。」

松野ーーそんな名字の子供は1人しかいない。

そして、それは私がよく知る人。

「……ゆきちゃん?」

唖然とする。

「雨が降るから植木鉢を移動するのを大人数人と子供たちでやってたんだが、そのとき高校生くらいの男に襲われたらしいです。」

「……。」

「とにかく来て下さい、1階の体育館にいますから。」

「わかった、待ってて。」

青樹が出ていくと、私はため息をついた。

「ーーすみませんでした。」

アザキが頭を下げて謝る。

「……やっぱり、君もそう思う?」

「ゆきちゃんちゃんを誘拐したのは、俺が助けてあげてほしいと頼んだ男子高校生ですね。」

「……そうだね。」

アザキはうつむく。

「行きましょうか、体育館。」

「うん。」

私たちは足早に体育館へと向かう。

半月前にマウエッタに妹を食べられた男子高校生が、なぜ避難所まで来て女の子を誘拐する必要があったのだろう?

わからない、わからないけどーー許されることではないのは確かだ。

体育館の硬い扉を片手で開ける。

「ーー遅くなりました。」

老若男女がこちらを見るーー私を除いて全員で57人。

ここの避難所に住む人たちの数だ。

「いや、大丈夫だ。」

40代くらいの長身の男性ーー日真さんだ。

「野依ちゃんも来たし、状況を説明しようか。」

みんな顔に焦りが見える。

避難所を作って2年半、今までこんなことはなかった。

「松野さんと、只野、子供らで植木鉢を運んでいるときに東門から入って来た男子高校生に突然襲われたーーあってるかい?」

「ええ、そうです。私、新しく入ったばかりの人だと思ってたんですけど……様子がおかしくて。」

1人の女性が泣きながらいうーーゆきちゃんの母親か。

「僕も悪かったです。それで、突然僕を殴ったと思ったら千明君の腕をつかんで……。」

弱そうな眼鏡をかけた20前半くらいの男ーー只野。その横で今にも泣きそうな子供は千明。

「アイツにオレが腕掴まれたときにゆきが無理矢理引き剥がそうとしてくれたんだ……そしたら、ゆきがアイツに連れていかれた。」

「私それ見てた。」

「ぼくも。」

他の子供たちもうなずく。

「日真さん、どうするんですか?」

「どうもこうも……また同じことが起こるといけないし、何せこの雨だ。ゆきちゃんを探すわけに行かないだろう。」

「……。」

沈黙、学校の中とは違い外はゆきちゃんが食べられる可能性が十分ある。

そして、助けに行けば自分等も。

「とりあえず、今夜は全員体育館で寝よう。若い奴らで交代して見張りーーそれでいいかい。」

無言、これは同意の意味になる。

ゆきちゃんを助けたい気持ちもあるが、それでここにいる全員が危険に晒されたら元も子もない。

「それじゃあ、今日は解さーー。」

日真さんが言いかけたとき、

「あのっ!」

アザキが叫ぶ。

「俺に、助けに行かせてもらえませんか?」

「……アザキ君。」

日真さんはアザキの肩を叩く。

「わかってます。でも、その男子高校生が植物に食べられそうに野依さんに助けるように頼んだのは俺です。だから、俺に責任があります。」

「でも、そしたら君は。」

「責任取らせてください、お願いします。」

アザキは深々と頭を下げる。

「……私も行こう。」

私は手を振り上げて言った。

「アザキに責任があるなら私もだから、それにーー私は植物には食われないから。」

「……野依ちゃん。」

「刀、貸してくださいーー日真さん達だっていつまでも不審者1人のために見張りを続けるわけには行かないでしょう?」

日真さんは黙って、5秒ほど考える。

「わかった。ーー只野、青樹君。アザキ君にハンドガン2丁と安全靴、野依ちゃんに刀を持ってきてあげて。あと水と非常食用クラッカーも。」

「わ、わかりました。」

私は髪をまとめ、手袋をはめる。

「……あの。」

松野さんが不安そうな顔でこちらを見る。

「大丈夫です、連れて帰りますから。絶対に。」

「どうか、うちの子をお願いします。」

アザキ君はうなずくと、安全靴を履きハンドガンを握る。

「野依さん、覚悟いいですか?」

「それはこっちのセリフだ、行こうか。」

私たちは、体育館を出る。

外は雨が段々弱まっていた。

「時間は?」

「3時52分です。」

「日没が7時だとすると、だいたい残り3時間か。」

アザキがうなずく。

「……今夜はきっと星が綺麗だろうから、ゆきちゃん連れて帰ったら屋上で風呂入ろうか。」

「ええ、絶対に。」

アザキが珍しく私の前で笑顔になる。

そして、私たちは駆け足で校庭を通り抜ける。




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