「恵まれない雨」前編
今回はドラム缶風呂というものにロマンを感じて書いた話です。1回くらいやってみたいな!
「野依さん、起きてください。野依さんってば!昼ですよ!もう!」
「アザキ君?」
私は目を擦る。目の前には呆れた顔をしたアザキがいた。
学校の3階にある教室の1つ、ここが私の部屋だ。他の人は1階か2階の教室を移住区間としてる。
そして私だけは、保健室からベッドを持ってきて使ってる。
植物に対する特別配慮、しかもアザキ君という見張り役且つ世話役つきだ。
「あのですね!いい加減にしてください。確かにここ数日何も起こってませんし、最近の生活は安定してますけど。昨日は植物の所行って遅くなったからって時間にルーズ過ぎます!」
アザキがヒステリックに叫ぶ。
「悪かったって、今度から気をつけるから。」
私は苦笑いをする。
「で、植物の所はどうでしたか?」
アザキは私に水の入ったペットボトルを渡す。
「変わってないよ、最近は食料も減って来てるから果物や雑草で食いつないでるって言っていた。ーーあ、そうそう。」
私は水を一気に飲み干す。
「最近、人間同士が争っているのをよく見かけるって言ってた。」
「小競り合いですか?今までも殴り合いの喧嘩ならよくあっでしょう?」
「いや、そうじゃない『組織的』にやるらしい。宗教っぽいというか、ヤクザまがいというか。」
「……とりあえず、日真さん達に警戒するように言っておきますね。」
「ああ、頼んだ。植物なら私でどうにでもなるけど、人間はどうしようもないからな。」
窓の外を見る。
珍しく雲行きが怪しい、雨が降るかもしれない。
「久しぶりに風呂に入れそうだね。」
私はペットボトルを机の上に置く。
「だったら、ドラム缶を屋上に置きに行きますか?」
私はうなずくと、教室を出た。
3階の教室は私の部屋以外は特に何もなく閑散としている。
「昼間で静かに寝れていいんだけど、たまに寂しくなるんだよね。」
「まあ、確かに空き教室が多いですね。何かに有効活用出来るといいんですけど。」
「んー、そうだね。ーーあれ、ゆきちゃんじゃない?」
向こうから空色のワンピースを来た女の子がやってくるーーゆきちゃんだ。
「あ、野依お姉ちゃん。どこに行くの?」
「屋上にドラム缶置きに行こうと思って。」
「え?何で何で?」
「ドラム缶風呂って知ってる?雨水ためてそれやろうと思ってて。」
「お風呂、入れるの?」
ゆきちゃんの目が輝く。
いつもはシャワーという名の水をバケツに貯めて体を濡らすだけだからな……気温が高いからいいけど。やっぱりお風呂は入りたいよな。
「ああ、ゆきちゃんはここに来てからあんまり時間経ってないから知らないと思うけど。屋上にドラム缶置いたら雨水が溜まるでしょ?それを温めてお湯にするの。」
「そうなんだ、すごい!」
ゆきちゃんは嬉しそうだ。
「ゆきちゃんはどこか行くの?」
「私?私はね、雨が降りそうだから植木鉢を移動させようと思って。お母さんたちと一緒にやるんだ。」
「そっか、頑張ってね。」
「野依さん、さっさと行きますよ。」
「はいはい、じゃあまた後でゆきちゃん。」
「うん!」
私は手を振った。
「もう少しで、雨が降りますね。急ぎましょう。」
「ああ、そうだね。」
私たちは屋上へと続く階段を上がる。空は今にでも雨が降りそうだった。
アザキと協力しながら、3つのドラム缶を運びだし、セットする。
「そういえば、野依さん。」
「どうしたの?」
「すのこってあるんですか?」
「……あっ。」
しまった、ドラム缶風呂は底に直接足を当ててはいけない。ゆえに底に敷くすのこを必要とする。
アザキに先週出掛けるときに頼まれていたんだ。
「もう、何やってるんですか!先週あれほどいったじゃないですか!」
「あー、ごめんごめん。」
「はぁ、これのこぎりです。」
アザキはあきれながらのこぎりを渡す。
「へ?」
「もう、近くのホームセンター行くのに30分くらいかかるので学校の裏山にある竹やぶから持ってきてください。」
「竹取りの翁になれと?」
「翁じゃないでしょう、えっと何だっけおむな?おみな?。
ーーと、とにかく!忘れるほうが悪いんです!」
「うう、わかったよ。行ってくる。」
私はそう言うと、校庭とは反対側の中庭の方へ向かって屋上から飛び降りる。
「ーーっと。」
着地すると目の前には多くの竹が生えているのが見える。
「もうちょっと、奥の方へ行こう。」
私は竹やぶの奥に入る。
植物が現れてから環境は変化した。桜は1年中咲き乱れ、夏蜜柑や林檎はいつでも食べることができ、雑草のごとくレモンバームやミントが道端に生えている。逆に大根や白菜はほとんど育たない。
異変の中でも特に成長したのは竹やぶだった。
昔、本で読んだことがある。そもそも竹の成長は早い。実際、竹が1本でも生えれば雑木林はあっという間に竹だらけになるということもしばしばあるらしい。
そして、現在では道端ですら竹が生えている。住宅街ですら竹やぶが出来ていることもある。
「また増えて来てるよな……これ。」
私は竹を伐採していく。
5本持って竹を運ぶ。
「重っ!」
私はよたよたしながら、何とか校庭の反対側にある非常階段を3階まで昇る。
「はぁ、重かった。」
屋上まで上がると、アザキがブロックをドラム缶の下にセットして待っていた。
「雨が降るのも秒読みですよ。濡れたら薪としては使えませんからね、急いでください。」
「うん、わかってる。」
私が竹を縦に半分にして、それをアザキが分割する。
「日真さんたちには伝えてくれた?小競り合いのこと。」
「ええ、今夜から見張り役を増やすみたいです。」
「そう、ならいいけど。」
黙々と竹を切る。
マウエッタの言う通り、人間をここ数ヶ月は食べていない。やはり、どうしても体力に衰えが出てきてる。
「野依さん、前に比べると作業が遅くなってますね。」
「……やっぱり、わかる?」
「最近、食べてないんですか。」
ーー人間。
「まぁ、ね。」
「ゆきちゃんのこと気にしてるんですか。」
「……。」
私はうなずく。
いくら食料だからって、人間に対する心までを忘れたことはない。私だってまだ人間らしき見た目でいるならそれを心がけたい。
でも、ここじゃそんな風には扱われない。
ここでは子供でも大人でも誰もが仕事や手伝いをしてる。
毎日、日々を生きるのに一生懸命に頑張ってる。
それに対して私は違う。
朝、適当に起きて。昼までダラダラ寝ていてもいい。
夜、飛び回っても誰にも怒られない。
ーー私は食物連鎖の頂点。
私が死ねば、私が機嫌を損ねれば、私が彼らを裏切ればあっという間に植物に食べれることをここの住人はよくわかってるから。
私には仕事をさせない。
アザキという名の見張り役がいるのも3階に隔離されているのも、すべては皆がここで生活するため。
でも、ゆきちゃんは違う。
私を人らしく扱ってくれる。彼女は違うのだ。
私が人間を食べることを知らないから、私のこと人間だと思ってくれる。
「何でもいいんですけど、貴女が死ねばすべて終わりですから。それは忘れたらダメですよ。」
「わかってる、半月前にマウエッタが持って来てくれたのはゆきちゃんと同じくらいの女の子だった。だから食べれなかった。」
「……貴女の人としての心ですか。」
「そう、だね。ーー薪全部出来たし、持って入ろうか。」
「ええ、早くしましょうか。」
アザキはそれ以上何も言わなかった。
私たちは無言のまま3階段の教室に帰る。
窓の外を見ると、雨が降り始めていた。
「本当にギリギリでしたね。」
「そうだね、長く降ってくれるといいんだけど。」
ドラム缶に溜まってくれないかな雨水。
「まあ、恵みの雨が降ることだけでも喜びましょうよ。」
「それもそうだね。」
私はうなずき、1分1秒でも願う。
ーーこれは色々な意味で恵みの雨じゃなかったということを後々思い知らされるのはまた別の話。