ジレンマ
「おかえりなさい……食べられたんですか、彼。」
「いや、半狂乱になって逃げていったよ。何かない?お腹空いたよ。」
「そこに林檎がありますよ。今日もみんな元気です。ゆきちゃんがあなたに遊んで欲しいと。」
私は校庭にある畑を見る。
「そうかー、お。野菜もちゃんと育ってる。順調順調。」
「今日のご予定は?」
「特にないよ、マウエッタに会いに来いって言われたから行ってみようかな。家族たちにも会いたいし。でも先にゆきちゃんかな。」
「家族たちって……植物に家族が?」
「いや、そういう区分はないよ。彼らにとっては全員家族だからね。ーーというか個性を主張することがほとんどないかな?」
「個性を主張しない?」
「そ、彼らは『種』として生き残ることを考えているからね。私みたいなものも『種』として生き残るのに必要かもしれないから大事にしてくれるんだ。」
「……なるほど、マウエッタでしたっけ?あなたに初めて液体を渡したのは?」
「うん、私のことをよく知ってるし一番心配してくれるのは彼だよ。私より年上と聞いた。」
私はそう言いながら窓の外を眺める。
冬なのに春のように暖かい気温。苔とツタが生えたビル。
「もうすぐクリスマスですね。」
「ああ、何もないけどな。」
「こないだツリー持って帰ったじゃないですか、それ飾りましょうよ?」
3年前のクリスマスの日、植物は突然表れた。
人を食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べた。
携帯は使い物にならなくなり、テレビは見れず水道から水は出ない。外には植物。
人は減る一方の中、私はいた。
道のど真ん中にいた。
一体なぜなのか、植物たちは私だけを無視した。私は先輩に友達に先生をすべて失ってせいかほぼ無気力だった。
植物たちは私を襲わなかった、その中でマウエッタが私の前に来た、液体となった人間を持ってきた。
私は食べた、美味しかったのだ。もっと食べたいと思った。彼は私を住みかへ連れていってくれた。大事にしてくれた。
壁にツタを這わせただけの家はよかった。マウエッタ以外にも家族や友人が出来た。本当の父親より母親より大事にしてくれた。
やさしい家族。暖かい家族。
彼らと暮らすうちに私はとあることに気がついた。
植物の数が減っていることに。
彼らの一部は環境に適応できずに数が減ってしまった人間を捕獲できなかったのだ。
いずれこのままでは植物は絶滅してしまう。
そして私はとあることをきっかけにマウエッタにとある相談をしたのだーー。
「野依お姉ちゃん、あーそーぼー」
「ゆきちゃん、いらっしゃい。今日はどこ行きたいの?」
「体育館!今日は訓練がないからボールで遊んでもいいって!」
「わかった、行こうか。他の子も呼んでおいで。」
「うん!」
元気よくゆきは駆け出した。
私はりんごの芯を一口で食べた。
「……人間ごっこ、ですか?」
アザキが口を開く。
「私は人だよ、植物でもあるけど。」
「人間じゃない、貴女はーー人でなしだ。」
「でも、君。私に恩を感じてるよね?」
「……。」
アザキは図星だったのか不機嫌になる。
「そんな顔するなって、私が君をここに連れてくるときに言ったはずだよ。」
そう、だから彼をここに連れてきた。
ーー今から2年半前。
「ーー死ね!」
中学生の男の子が叫ぶーーアザキ君だ。
襲い掛かってくるがマウエッタが触手で跳ね返す。彼は逃げ出した。走って追いかけることはしないーーその先は行き止まりであることを知っていたから。
このころにはマウエッタと一緒に出掛けることもよくあった。食料はマウエッタや他の植物に分けてもらうしかないが、それ以外のことなら何でもやった。彼らは人間の知識に興味があり、また文字などは教えたらすぐに雑誌や本が読めるようになった。マウエッタと出掛けると植物たちに本や漫画、雑誌をお土産として持って帰ることがよくあった。ついでに食料も。だから、彼は最初は食料だった。
「くそっ、化け物め!」
マウエッタと追い詰めるのをじっと見つめていた。
これは持って帰らずに、今ここでご飯にしてしまおう。マウエッタと半分こにしようか?
そのとき、とあることを思いついた。
私は中学生を食べようとするマウエッタを止めた。。
「このままだといつかは人間もなくなるんだから、もっと増えてもらったほうがいいよね?」
マウエッタは動きを止める。
『それもそうだが、どうするつもりだ。人間を街で見ても無視しろと?』
「違う違う。私たちいつまで生きれるのかわからないけど、人を集めて避難所を作るの。そしたら食料足りなくなることもないよ。」
『それは牧場の間違いでは?』
「んー、そこにいる人間自体は食べないのーー食べるなら増えた彼らの子孫。」
『子孫?なぜ本人じゃなくて?』
「人間が生まれるまで、十月十日っていうじゃん、この状況で子供作るのは厳しいと思うの。それってやっぱり私たちはどんどん食料が減るじゃん。だからーー避難所に『住んでいる』人は食べないの。そういう約束をしてとにかく人間を集める。」
『なるほど、ならば協力しよう。』
私はうなずくと、彼に声をかける。
「……君はさ、食べられたくないよね?」
「ああ、そうだよ。でも俺をここで騙して食おうとするんだな。そうはさせないぞ!」
「別に断るなら君を食べてもいいけど、私は避難所を作りたいんだ。」
「……?」
「このままじゃ、倍々ゲームで食料がなくなる。だから、一定数『増やすための人間』をとっておく。君はそれを手伝ってもらうよ。」
アザキ君の表情が強ばる。
「なっ、そんなの家畜と同じじゃーー。」
私は彼の頬に触れる。
「そうだとしても仇が取れるかもしれないよ?」
「……。」
「君の家族に友達に先輩の殺した仇だよ、我々は。
でも、もし今君が生き残ることができたら、君は新しい家族を作って、街を再興させるんだ。金はなくてもヒトがいる、私たちに対抗できる有効な手段を見つけることができる。そうすれば、もしたしたらーーすべて取り返せるかもしれない。それとも諦めて死ぬ?」
私は微笑んだ、私はもう人間じゃない。
でも、コイツにはチャンスがある。そうーー。
「君は人間だ、私とは違うんだ。人間としてチャンスがあるんだよ。」
私にはもうない、人間としてのチャンス。
どれだけうらやましいことか。
でも、これは彼が決めること。
「アザキだ。」
「え?」
「アザキって呼んでくれ、いつかお前を殺し、お前の家族も、守るべきものも、すべて殺してやる。殺してあげます
ーー俺の名前はアザキ。貴女は仇ですが、俺のこと助けてくれた。だから殺すまでは貴女の言うことを何でも聞きましょう、貴女に協力しましょう。」
「アザキ君か、よろしくね。ーー私のことを殺すまでは私の家族だ。」
私は微笑み、そしてーー握手はしなかった。
「野依お姉ちゃんはやくー。」
ゆきちゃんの声が聞こえる。アザキは私を真っ直ぐ見て言った。
「人にして人ではないもの、でも貴女は植物でもない。貴女は俺の仇。俺は絶対に許さないーー貴女は必ず殺す。」
「そう。」
「それまでは貴女の隣にいます、忘れないでください。
ーー貴女の家族は植物だけじゃない。そうでしょう?」
「……そうだな。」
風が吹く、私たちの間に。
「もー、遅いよ!野依お姉ちゃん、体育館はたまにしか使えないんだよ!」
「あー、ごめんごめん。今行く!」
私は駆け出す。
1人になったアザキは呟く。
「ーーあのとき貴女が助けてくれなかったら、今の俺はいない。だからこそ、俺は貴女を殺す。それこそが貴女にする恩返しだ。」
その声は私の耳には届かない。