補食者
「どうして。」
私は缶詰を開けて食べようとするが、とても不味い。
おかしいな、ツナ好きだったのに。今日は辛いこと沢山あったからかな。
無理をして掻きこむと、涙が溢れる。
泥を食べている気分だ。悲しくてしょうがない。
みんな死んだ。仲良かった友達も、いつも怒っていた先生も憧れの先輩たちも。『植物』に食べられちゃった。
彼らはどこからともかく表れ、そして人間を食った。食って食って食い散らかした。その食べカスと、下敷きになった人間の匂いが私の鼻を刺激する。
そして今、目の前には『植物』がいる。が、襲う気配はない。
「私のことは食べないんだ?」
涙を流しながら震える。植物は動かない。
私の足元に、消化液に溶かされてドロドロした液体になった元人間が落とされる。
「食べろっていうの?」
外を見ると逃げ惑う人すらいないきっとみんな食べられたんだ。
「……無理だよ、私は人間なんだよ。美味しくないよ。人間なんて食べても。」
みんなこいつらに食われたのに、私だけ食べられなかった。
私だけ、こいつらと話せる。
私だけ、普通の食べ物が不味い。
私だけ、殺されない。
私だけ、私だけ、私だけ、私だけ、私だけーーなんで?
液体が美味しいの?
「野依さん、緊急事態です、起きてください。」
冷静な声が聞こえる。そうか、もう朝か。
「んんー、おはよ。アザキ君。」
伸びをし、前を見ると高校生くらいの真面目そうな男の子がいる。
今日もチェック柄のシャツにズボンを着て眼鏡をかけている。
ここ最近、服を着替えていたところを見ないな。
「そんな呑気な顔しないでください。『植物』に追われている高校生くらいの男の子がいます。西側の方です。」
「一人?ここから見える距離にいるってことは近いね。」
私は上着を着ると、鉄パイプを握る。
「そうですね、他にいないみたいです。」
「……拾ったら使えそう?」
準備体操代わりに軽く棒を振り回す。
「あの『植物』相手に追いかけられて15分は持っているので、体力的に使えそうです。」
「わかった、助けに行く。援護射撃はしなくていいよ。追いかけているのは多分、彼だ。マウエッタだ。」
「マウエッタ?『植物』にも名前あるんですか?」
「いや、便宜上私がそう呼んでる。いわばニックネームっていうところだよ。」
「まぁ何でもかまいませんけど、助けてあげてください。」
「わかった、見張りは任せたよ。」
学校の4階から飛び降りる。そして、大草原となった校庭を走る。
「今日はいい天気だな。」
苔の生えたビルによじ登り、薄暗い空を見ながら私は高校生を探す。
「あ、あれか?」
ビルの真下にぼろぼろの学ランを着た高校生が走っている。後ろにはーーやはり『植物』。触手を生やしたり、引っ込めたりしながら彼を捕まえようとする。
「くそっ、くそっ!」
彼は裏路地に逃げようとして追い込まれている。
「このままだと食われてしまうよな……しょうがない。」
彼らめがけて飛び降りた。
「よお、マウエッタ?」
『……野依、それは食料だ。』
「半月前に小さい女の子を食べただろう?」
『それもそうだが、お前には分けていない。お前は数ヵ月前から食事をしていないじゃないか?』
「私は大丈夫。果物があるし、しばらくは生きていけるよ。私のことは心配してくれたんだね。でも、しばらくは大丈夫。みんなのところに帰って。」
『……わかった、たまには俺たちのほうへ会いに来てくれ。みんな会いたいという。』
「ええ、またね。」
植物は去っていく。私は高校生の方を振り返った。
「君、大丈夫?」
怪我をしていないか見ようとすると、高校生は不機嫌な顔つきで、私をにらむ。そしてーー。
バシッ
私の頬を叩いた。
「……。」
手を頬に当てる。わりと痛い。そういえば、叩かれるの数年ぶりじゃないか。
「助けたのに、どうしたのかい?」
私は笑顔で聞く。
「ーー半月前にアイツに食べられたのは俺の妹だ。俺は仇をとるはずだったんだ!」
「そう、でもあのままじゃ死んでたよ?」
「植物は駆除すべきものだろう!なのにお前は植物の馴れ合いやがって!」
話がイマイチ噛み合わない。マウエッタが半月前に食べた女の子ーー妹を殺された怒りと悲しみで半狂乱になっているのだろう。
それに何よりーー。
「いいか、アイツらはお前を食うんだぞ!今、仲良くしても所詮は食料なんだよ!」
私は首を振る、勘違いも甚だしい。
「違うよ、私が君らを食料として見てるんだよ。」
高校生は唖然とする。
「は?」
「私は君と同じ姿をしているけど、食べるよ。君らを。」
高校生は固まる。私は彼の頭を撫でる。
「君の肉は美味しそうだね、脂肪も少ないけど筋肉はさほどついていない。人間としては結構いい部類だね。」
彼は私を恐ろしいという目で見る。
「一体なぜかわからないけど、私は人間だったはずなのに植物と同じように液体を食べる。でも、彼らみたいに人間を液体に出来ないから彼らに分けてもらってるんだ。普通の食事は美味しくないんだ。特にツナ缶とか。」
「お、お前はおかしくなってるんじゃないか?こんな状況で、ああきっとそうだ。」
相変わらずおかしなことを繰り返す。
「3年前からそうだろ?私は正気だよ。ーー人は食べるけどね。」
私は微笑む。
美味しそうなのは事実。
だからマウエッタが彼を殺して私に食べさせようとした。
実際、私はアザキ君が起こしに来る前に気がついていたのだ。
マウエッタに食われそうなやつがいると。
だが、私は見捨てようとしたのだ。
ーー久しぶりの人間の肉は魅力的である。果物とは比べ物にならないほど、旨い。本当は食べたかった。
「もういいよ、来るなよ。こっちへ……来るな!」
私の考えていることがわかったのか、彼は叫びながら逃げていった。
1人、残されてしまった。
「やっぱり、あと10分寝ればよかったのかな?」
私はため息をついた。