つむぐ
私の目に映るそのつむぐ糸はとても美しかった。
手術用グローブをはめた上からでもわかるゴツゴツとした指が、私の壊れかけた腕を縫い合わせていく。局所麻酔を投与された私には手術中もずっと意識があって、その光景をぼんやりと見ていた。その先生は、とてもこわい顔をしていた。
たいした病気でなかった私は、明日にも退院できるらしい。あのきれいな手をもつ先生とはもう会えなくなる。心にひゅっと風が吹くように、さむくなった。あまり恋をしたことのなかった私は、そうか、と思った。私は仕事をする姿勢で恋に落ちるのだと気づいた。まだ二十歳の私は、恋の駆け引きも追いかけて連絡先を聞き出すずうずうしさも分からなかった。それでも私は、あの手にまた触れてもらいたいのだと思った。そしてなぜか、きっとまた会えるのだと強く思える。
さよなら、また、会える日まで。
冬の朝は目覚ましのアラームよりも先に起きて暖房を入れ、朝食の支度をする。なるべく一汁三菜を心がける。毎日毎日これを繰り返すのは実は大変たったりするのだけれど、朝の過ごし方はとても大切だ。きちんと髪とエプロンを整え、笑顔で起こしにいく。これが幸せだと言う彼の心をいつまでもとめておくためなら、何だって努力をしよう。
二十歳のとき、看護学生だった私は退院後、迷わず就職先を決めた。恋愛経験も豊富ではなかったのに、好きになった男を追いかける私の行動力に、自分自身も信じられなかった。
そうして卒業までの間、私は何かに急かされるように料理の勉強をし髪をのばし化粧をするようになった。ときどき鏡を見るたびにハッとすることがあった。このひとは誰だろうと。私は急速にあか抜けて、とても女らしくなった。
そうして再会した。変わった私を見て、それでもすぐに彼はなぜか私に気づいたのだ。
顔に似合わず亭主関白な彼は、朝はマッサージをされながら起こされたいと言う。今日はてのひらをもみこんでやろう。
そのキレイなものをつむぐ手を、私はそっと包み込んだ。




