■ 後 編
高校2年に進級しても尚、わたし達は他人より遠い距離のままだった。
新しい年度になり、新入部員も入部したタイミングで連絡網用の住所と
電話番号をとりまとめる事になり、マネージャーのわたしがその担当となった。
各部員に住所などをノートに書いてもらい、それをパソコンで清書して
配布するだけのこと。
まだノートへの記入が済んでいないイセヤ君の元へ行く。
『イセヤ君・・・ 部長が前に言ってた連絡網用の住所、書いて。』
そう言ってノートを渡すと、『ぁ、うん。』 とすぐその場で書きはじめた彼。
左手で握るペン。相変わらず、到底キレイとは言えないその文字。
隣りに立ってぼんやりそれを見ていた。
もう空でも言える、暗記してしまっていた彼の住所。
彼がペンを走らせるリズムと同じように、心の中で彼の住所をそっと唱える。
すると、わたしが思っている町名とは別のそれが書かれた。
『また引っ越したの?』 思わず口をついて出てしまった。
『え? ・・・あのまま、だけど・・・。』
わたしが口を挟んだことに、彼が驚いた顔を向ける。
『うそ! だって・・・あの時、
”ナミキ町 ”ってメモに書いてたじゃない・・・』
『え・・・?』
『・・・ちがうの?』
彼が慌てた顔を向ける。
そして、『俺・・・なんて教えた?』 そう早口でまくし立てると、
わたしにノートとペンを渡す。
わたしは彼に教わった通りの住所を、少し震えるペン先でそこに書いた。
”ミナキ町1丁目13-10 ”
”ナミキ町7丁目13-10 ”
『ナミキ町じゃなくて、ミナキ町・・・?
7丁目じゃなくて、アレ、もしかして・・・ 1丁目って書いてたの??』
ノートを凝視するわたしの目に涙が溢れそうになる。
すると、イセヤ君が声を上ずらせて言った。
『もしかして・・・ 手紙、くれてた・・・?』
その言葉にわたしの涙腺は決壊したかのように涙が溢れた。
次から次へとぽろぽろ涙の雫が落ち、我慢できなくて両手で顔を覆って
わたしは泣いた。
『ごめん・・・ サノ・・・ごめん。俺のせいだ・・・。』
何度も何度も謝るその声も同じように震えていた。
『俺・・・ 離れたから、もう、ダメだったんだって、思って・・・
手紙もらえないの、諦めてた・・・ ごめん・・・ 俺のせいだ・・・。』
しゃくり上げ頬を伝うわたしの涙は、留まる事を知らないかのよに流れ続ける。
震える手で手紙をポストに投函したあの日から、積もり積もったイセヤ君への
想いが透明な雫となって一気に溢れだす。
『でも、なんで・・・ 宛先不明で戻らなかったんだろ・・・?』
その一言に、当時のことが思い浮かぶ。
たしか、文面の最後に自分の名前と住所を書いて、封筒には書かなかった
という事を。
単純ミスが不運にも2つ重なってしまった結果、わたし達は3年近くも
勘違いをしたまますれ違っていたのだ。
すべての真実が分かったふたりが、やっと、まっすぐ顔を見て笑い合えた。
あまりにもバカみたいで、どうしようもなくて、泣けてくる。
ほんとに、ほんとに、バカみたいで。
もっと早くちゃんと勇気を出して話し掛けていれば、
こんなに時間は掛からなかったのに。
再会してから1年も経って、やっと、わたし達は向き合うことが出来た。
『イセヤ君に、話したいことがいっぱいあるの・・・。』
『俺も。 サノに話したいことが山ほどある・・・。』
そしてわたし達は、呆れるほどいっぱい話しをして、いっぱい笑って、
そしていつも傍にいた。
わたし達は付き合ってはいるけれど、世間のカップルとは少し違ったのかも
しれない。
互い『好き』 とか『キライ』 とか確認し合ったことは一度も無かった。
でも、そんなこと確認するまでもなく、わたしはイセヤ君が好きだったし、
きっと彼も同じだと思って疑ったことはなかった。
わたし達は、ふたりでひとつだった。
わたし達は3年に進級した。
イセヤ君は卒業した前部長からの指名で新部長になり、
わたしはチーフマネージャーとなった春、やたら小さくて落ち着きのない子が
入部してきた。
『いつから走っていいんスかー?』 と、子供のようにウズウズする脚を
我慢出来ず詰め寄る姿に、瞬時に、
2年部員のアサヒがしきりに口にしていた ”小柄 ”だと気付いた。
『あ! アサヒー!! ちょっとー・・・。』
グラウンドの隅で準備運動していたアサヒに呼び掛けると、
『やっと来たかー・・・ いつ来んだろって思ってたー。』
と、嬉しそうに笑っている。
その ”小柄 ”も照れくさそうに目を伏せたのを、わたしは見逃さなかった。
『ねぇねぇ、見てよ。 あのふたり・・・。』
わたしはいつも、”そのふたり ”を目で追っていた。
そして、それをイセヤ君に報告するのがまるで日課のようになっていた。
『なんか、母親みたいだぞ~?
”あいつら ”のこと話す時の、ミサキの顔。』
そう言って、イセヤ君は愉しそうに笑う。
そんなイセヤ君だって、アサヒの事は弟のように可愛がり、
オノデラの事は妹のようにからかって愉しんでるくせに。
『わたし達、なんかアノ子達の両親みたいだね?』
そう言って、笑い合った。
『将来、アノ子達が結婚とかしてくれたらいいなぁ~・・・』
思わずお節介にも自分の勝手な希望を口にしたその時、
『じゃぁ、俺らで仲人やろうか?』
イセヤ君が微笑みながら言った。
『お互い、大学卒業したら・・・ 将来的にその方向で進もうよ。』
イセヤ君は、涼しい顔でサラッと大事なことを言う。
中学2年のあの時もそうだった。
緊張してガチガチなわたしに、彼はサラッと『付き合って。』
と一言だけ言った。
わたしはどれだけ涙を堪えたか分からないっていうのに。
やっぱりわたしはイセヤ君の言動に、一喜一憂させられる。
今だって、こんなに涙が溢れているのに、彼は他人事みたいに笑って見ている。
やさしく笑って、静かな低い声色で、彼は言った。
『ずっと、ミサキが好きだから。』
”背中じゃなくて、ちゃんと正面から向き合いなさい。”
って教えてあげなきゃ・・・
アサヒの後ろを懸命に走るオノデラを見つめながら、わたしは、目を細めた。
【おわり】




