最終話【未来への涙たち】
真夏のお祭り最終日。この日もイケメンダンサーのワタアメ屋とタコヤキガールズのタコヤキ屋は大盛況で、なんと地元の新聞社の取材がきているほどだった。
そんな中、大人気のワタアメ屋とタコヤキ屋の間に挟まれた丸ノ内と熊井のスーパーボール釣り屋は、最終日もやはり閑古鳥が鳴き続ける無人のスペースと化していた。
もちろん、朝の練習どおりに丸ノ内はバンジョーを弾き、熊井はキラキラの衣装を着て独自の踊りを披露していた。しかし、それでも、それでも彼らに目と足を止めてくれる人はあらわれることはなかった。
いや、いたことはいたのだが、全員怪訝そうな表情をかすかに見せるだけで通り過ぎていった。
「スッパスパスパスパスッパボー♪ぴょんぴょんはねるぜスッパボー♪」丸ノ内はバンジョーをアルペジオ奏法で適当にかき鳴らしながらうたい続けた。いつまでもうたい続けた。
が、それでもスーパーボール釣り屋にくる客は現れず、すぐ隣のワタアメ屋とタコヤキ屋のみが繁盛するだけだった。
━━と、そのときである。ひとりの男が大量のスーパーボールが入った箱を思いきりひっくり返したのだ。
大量の水とともに地面を転がる色とりどりのスーパーボールたち。何事だ?と熊井が振り返った。そこには鬼の形相の丸ノ内が立ちつくしていた。そう。スーパーボールの入った箱をひっくり返したのは彼だったのである。
そして丸ノ内は隣のワタアメ屋に並ぶ客の列に割り込みながらこう怒鳴り散らした。
「やいやい、なんだいてめーらはそろいもそろって。ワタアメだのタコヤキだの、そんなもんただ甘っちょろくて、食ったらなにも残らねーじゃねーか!」
いきなりわけのわからないことをがなり出した謎のおっさんの登場に、ワタアメダンサーの青年もタコヤキガールズの少女たちも踊りをストップしてしまった。
「それに比べてスーパーボールを見ろ!こんなキラキラしていて、一生遊べて、ワタアメやタコヤキなんかとは比較にならんわい!」
熊井も踊りをやめて丸ノ内を凝視していた。
「そもそもなぁ、このスーパーボールっつうのは、おめーら日本人の中には知らないやつが多くいるみたいだが、アメリカで1番人気があるスポーツなんだぞ」丸ノ内はいった。「世界一の大国であるアメリカで1番人気のスポーツなんだ。アメリカ発祥の野球が日本で流行って、なんでスーパーボールだけ流行らねーだ?どう考えてもおかしいだろーがよ!」
丸ノ内の怒鳴り声に、ワタアメ屋とタコヤキ屋に並んでいた客たちは静まり返っていた。そんな中、熊井ただひとりだけ得心の声をあげた。
「そうっす、そのとおりっす。オレはぜったいおかしいと思うっす」
「そうだよな?」熊井を振り返る丸ノ内。「おまえらもワタアメだのタコヤキだのより、今日からスーパーボールを愛し出したらどうなんだい?え?」
そのときだった。おそらくタコヤキガールズのファンと思われる眼鏡の青年がそろそろと出てきて、丸ノ内に言葉を選ぶような感じで話しはじめた。
「あ、あの、ちょっとすいません。たいへん申し上げにくいのですが……」
「なんだい?」
「アメリカのスーパーボウルというのは、アメフトの優勝決定戦のことをいうのであって、スーパーボウルという競技があるわけではないんですよ」
「なに?」言葉を失ってかたまる丸ノ内。
「つまり、アメリカのスーパーボウルとおもちゃのスーパーボールはまったく別のものだ、ということなんです」
無言のまま立ちつくす熊井。ワタアメ屋に並ぶ人たちもタコヤキ屋の並ぶ人たちも、しばらく誰ひとりとして言葉を発することはなかった。
沈黙を破ったのは、やはり丸ノ内だった。
「アメリカのスーパーボウルとおもちゃのスーパーボールはまったく別のものだと?」そういいながら丸ノ内は地面に転がったスーパーボールをつかむ。「そんなこと……そんなこと……今はじめて知ったわい!」
丸ノ内はそう叫びながら、つかんだスーパーボールを全力で地面にたたきつけた。そのスーパーボールは夜の闇の中へすっと消えていった。
やがてがくっと膝をついて嗚咽をもらす丸ノ内。そんな彼に熊井が駆け寄る。
「いいんすよマルさん、その程度の勘違い。誰にでもあることっす、誰にでもあることっす」
両手を地面につけて声をあげて号泣する丸ノ内。そんな彼の姿にワタアメダンサーの青年も、タコヤキガールズの少女たちも、アメリカのスーパーボウルとおもちゃのスーパーボールのちがいを教えた青年も目頭を押さえていた。
……丸ノ内が投げつけた1個のスーパーボール。それは1匹の柴犬にくわえられていた。
「おーい、ダースベイダー。どこ行ってたんだよ、探したぞ」
柴犬の飼い主と思われる半袖半ズボン姿の小学生くらいの少年。彼はダースベイダーという名前らしい柴犬の頭をなでた。そのとき、柴犬がくわえていたスーパーボールにふと気づく。
「なんだこいつ、スーパーボールなんかくわてやんの」そして少年はダースベイダーがくわえていたスーパーボールを手にとる。「スーパーボールか。あんま興味ないけど、とりあえず家に持って帰るか。じゃ、行くぞダースベイダー」
のちにこの少年がサッカーをも上回るスーパーボールを使ったスポーツを生み出し、スポーツの歴史に革命を起こすことになるなどとは、神社で涙を流し続ける丸ノ内たちは知るよしもない……。【終わり】