志村恭介編 古城
憤慨しながら由利は溜息をついていた。こんな調子では結婚なんて先の話だ・・と、幾らのんびり屋の由利とても、待ちくたびれ気味であった。
近くのホテルに入ると、恭介を強引にシャワー室へ押し込んだ。彼の服を片付けながら、ボストンバックの中から見えている本のコピーらしい物を由利は取り出して読み始めた。そこには、朱色で塗られた蛍光ペンの箇所がびっしり細かいメモと共に、注釈が書かれてあった。国文学を専攻した由利にとっても難解な物であったが、幾つもの驚くべき事がその中にあるのを見て、顔面が蒼白になった。
「ゆ・・由利!それは駄目だ!」
シャワー室から出てきた恭介が叫んだ。大股で近寄り、コピーを由利から引きちぎるように取った。
「教えて!恭介、それは一体?」
しかし、眉間に皺を寄せたまま、それには返答しない恭介だった。
「恐い・・今日の恭介さん、別人のよう」
はっと気づいたように、恭介は常時持ち歩いているボストンバックにコピーをしまい込んだ。振り向いた恭介の顔は、いつもの顔に戻っていて、由利の肩を抱こうとした。しかし、由利はするりと身を交わすと、
「駄目・・今日は。でも、1つだけ聞かせて?」