nice to meet you 3
長閑な港街リスタレク表街中心近くの人ごみの中で、一人の少女が顔を歪めて立っていた。
通りの端の煉瓦造りの冷たい壁に体重を預け、途方に暮れたような面持ちで人波を眺める。
それなりの荷物の入ったリュックを両手で支えており、軽やかで動きやすそうな旅装に身を包む。それらすべてが値のかかるものだとは、少し見てわかる程度にかつ如実に表れていた。
「──迷いました」
少女の名はラーキフィート、呼び名はラキ。
長いブロンドの髪をすっと流し、同色の瞳には疲労が色濃く伺える。十五程に見える彼女は大きく息を吸い、知らない街の知らない空気を肺いっぱいに溜め込んで――ため息として消費した。
親の急逝した年幼いラキをつい昨日まで世話をしてくれた祖父とはのっぴきならない事情で別れ、現在新居もしくは職、取りあえず先しばらくの居場所を探しにこの街へとやってきたのだが──。
「ええ、ええ、わかっていますとも。……計画性が全くなかったことくらい」
目的も絞られないままにうろついていたラキはもの見事に迷い、思慮に暮れていたのだった。
「どうしましょう。まさか昨日の今日でこんなことになるなんて……」
思っていなかった。全くの想定外だ。等とはのたまうつもりはない。
順風満帆、謳歌謳歌とはいかないだろうと思ってはいたが、まさかこれほどまでとは……。
落ち着こう。落ち着いて反省でもしてみよう。
ます、何がいけなかった?
外の世界をなめてかかったこと? "名前"の効力なんて端から期待なんてしていなかったけれども。
碌な準備もせずに出発したこと? 働き口の融通くらい聞かせてやるといったお爺ちゃんの厚意を受け取っておくべきだったか。
一人でいること? そういえば頼れそうな人を見つけて、たとえその人が嫌がってもどうにかして着いていけば大抵のことは何とかなるとお爺ちゃんは言っていた気がする。
持ち合わせが少なかったこと? どうせ誰のものでもないのだからと言った両親のへそくりは受け取るべきだったか。
外へ出てきたことを後悔すべき?
いや、待て待てラーキフィート。私はあの屋敷から出てきて一番初めに感動したはずだ。ならばあの時に感じたように生きるべきではないか?
楽しそうだと思ったのだろう。ならばその楽しみのために自分自身で生きていかなければならないのでは? 人の手など借りずに。
少々古めかしい思想の中で育ってきたお嬢様らしい決断を心中で下し、反省会を閉じる。
ともすれば、必要になるものも決まってくるのではないか。方針が決まってくれば、おのずと道は開かれていくものではないだろうか。
が、そんなわけにもいかず、これから窮地に立たされるのだった。
「宿さがしと、仕事探しと、……そういえば、お爺ちゃんが"仲介人"を探せとも言ってましたね。さがさ──」
ないと。
その言葉は出てはこなかった。
意思を決めただけのただの少女の、
その少女の右目をめがけたように何かが飛んできて、その瞬間本能に従って傾げた首の隙の壁に何かが飛来したのだ。
だこんっ!
と大きな音を立てて、肉厚の大ぶりなサバイバルナイフがラキのすぐ隣の壁に刺さる。
ラキは一瞬目を見開いてそれを見た。
煉瓦の筈だ。そこには不自然なほど深々と刺さったナイフが、ラキの目線のすぐ近くで鈍く光っている。慣れない光景だった。
握りこめるように持ち手を工夫された布張りの柄に血が滴る。洗練され、鏡のように磨き上げられたそれは驚くほど軽薄にそこにあった。驚くほどあっさりと視界に入った。
こんなもので人を殺せるのだ。と。
ぽたり、
と鍔にたまった滴が落ちる。
そうだ、血が。誰かが怪我をしている。
ラキは怒涛のような思考回路にはまったことを感じた。
──怪我を、──血が、──人が、──無事か、──誰か、──誰が、──どうにか、──生きて、──死なないで、──私が、──助けに、──?
知らない誰かが怪我をしている。
何があるのかは知らないが、何かがあるのだ。そして、そこに行って手助けをするくらいの力を、今、自分が持っていることを知っているのに──。
いかなきゃ。
どうにか歩くための力を足にいれた、その時。
路地の向こう、裏街の方から信じられないスピードで黒い塊が吹っ飛んでくるのが見え、竦んでしまった。