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理想郷の通行証  作者: 御砂垣 赤
嘘偽の宣誓文
4/6

nice to meet you 2

「……はっ、はぁ。──酷い目にあった」

 つい先ほど幼馴染を酷い目に合わせた奴が言うセリフではないが。

 リスタレク表街の端で、一人の男が息を整えていた。

 ここの表街は港から始まり、東西に伸びる形をしている。男が立ち止っているのは西端、裏街に続く路地の入口だった。

 黒いロングコートのフードを目深にかぶり、手袋と軍用のブーツを備える。手荷物、背負い荷物らしきものは一切見えなかった。

 どう考えても一般家庭に住まう人間ではなく、かといって装備の薄さから旅人にも見えない。宿の人間が一番信用できないこの世の中で荷物を置いてくることなどありえなく、旅の道連れがいるという訳でもなさそうに見える。何より若いのだ。

 彼の名はギルヴィート、呼び名はギル。

 見目は十八前後だが不明確であり、目元まで隠れているため人相もわからない。そのうえで動きやすいように選ばれた服装、抜かりなく顔を隠す格好。

 全身全霊で怪しい者だった。

「しっかし、よく釣れるな。元は俺が餌になるつもりだったが……」

 存外に適役がいたか。

 これからの計画は見直さねばなるまい。

 ギルは誰ともなしに呟いて寄りかかった状態から背を浮かせ、表街に歩を向けた。

 何の重量もないような独特の軽々しい歩調に、厚底のブーツが殊更大きく高く鳴る。水晶と紅い紐を組み合わせた首飾りが鈴のような音を立てる。彼の知り合いが聞けば十人中十人がギルの音であると判断できる、彼たらしめる音だった。

 コートの右ポケットの中には紙片がいくつか入っている。ギルはそれを手触りで判別し、一枚を取り出して確認した。

「えーっと? ……"異形"のノルマは八十か。カウンター、カウンター……」

 数字の確認の次は現状確認。

 ギルは懐から黒布張りの手のひらサイズの分厚い本を取り出した。

 木造の表紙に布が貼ってあるので高級そうに見えるが、中身はどこにでもある一般的な"カウンター"である。無駄に高級感を出したのはライブラリの悪ふざけなのだ。

 ギルはそのなかで青い付箋のついた一ページへ器用に飛ぶと、そこに浮かんだ数字を見て安堵した。

 題目は『港街リスタレクに入ってからの"異形"の討伐数』

 筆記体で綺麗に綴られたその文字の下には、同じく流麗に描かれた『六十二』の文字。

 表街の大通りに差し掛かり、ギルは九十度進行方針を変えて街の中心に向かう。

 くるりと踵を返したときに、コートが大きく揺れた。

「あと十八か。上々」

 あの時は確認する前に限界がきて倒れてしまったが、どうやら自分が想像していたよりは片づけていたらしい。

 この分なら出会う"異形"を片っ端から始末すれば日を跨がずこの街を離れられるかもしれない。山育ちのギルにとって、四六時中潮の香りのするこの街はあまり気分的によろしくないのだ。

 それでもこの仕事を引き受けたのは、この街に"ライブラリの喫茶店の支店"があったことと、始末しなければならない"異形"の数の割に報酬が大きい事が大きい。そうでもなければ、ライブラリ程でないにしろ仕事は選ぶ質のギルがこんなところに来るわけもないのだ。

 “やりたいことはやり、やりたくないことはやらないが判別はつくと言う面倒な奴”とはライブラリの評。

 大通りの想像以上の人垣の中を進む。

 ギルの出立は異常であり、真正面から対峙したら数秒は首を傾げながら見つめてしまうだろう。器用に立ち回り人の間を縫いながら、異常ながら彼が人の目に留まることはなかった。

「簡単じゃねぇか。あのやろう」

 ギルは依頼を受ける前に止めに入った幼馴染を思い出す。

 あの時はお互いさして切羽詰る事もなかったのと、ライブラリが俄かに笑みを抑えていたのに腹が立ったので引き受けたが、案外簡単だ。寧ろ拍子抜けだ。

 この程度に苦労すると思ったのだろうか? 他に何か嫌がらせでもあるのか?

 どちらにせよあの仕事嫌いに言われたことが心底苛つく。自分はいくら積まれても何も引き受けないくせに、人のやるこのにばっかり口出しやがって。

 悔しいが、あいつの実力はギル以上だ。真面目に仕事を受けさえすれば確実に"一文字"になれるだろう。しかもギル一個人だけの見解でなく、噂のかけらを知る人間であれば全員がそういう。

 ライブラリは何故かそういう奴なのだ。

 が、やらない。

 こうなればあいつの想像以上の働きをして個人的に見返す他ないだろう。

 相も変わらない仏頂面を前面に出して報復を誓う。

 その見返し方が餓鬼らしいなどと、ギル自身が気付くことはないだろう。


 すれ違うたくさんの人々の中で、白い日よけをさした優雅な貴婦人。

 人ごみの中で綺麗な喫茶店が目に留まり、顔をほころばせたときに──、

 ふっと香った蜜柑の香りに足を止め、振り返った先に黒いロングコートを見た。

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