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理想郷の通行証  作者: 御砂垣 赤
嘘偽の宣誓文
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nice to meet you

 1,nice to meet you



 東端の港街、リスタレク。

 王都よりはるか東に位置し、入り組んだ街路と河路で有名な街だ。

 昼間は市場が大通りを占めるが、日が落ちると霧が立ち込める為外を歩くものは殆どいない。両極端な街だった。

「だぁからさぁ。もうちょっと、せめてもう二、三十分は休んでいけよ。まだ本調子じゃないでしょ?」

「だあっとけ。俺は何処ぞのMr,ボイコットとは違って忙しいんだよっ」

 そんなリスタレクの長閑な昼下がり。

 市場、店の多い表街に対し住宅の多い裏街においての異色、小さな喫茶店内に二人の男がいた。

 片や言葉に似合わず必死の形相で引き止めにかかる男と、片や青筋を立てて引きずりつつも扉に手を伸ばす隻腕の男。

 馬力が勝るのか、優勢なのは出ていこうとする方だった。

「Mr,ボイコットとはなんだ! 僕は仕事を選んでるだけだよ」

「それを言って片っ端から断ってんだ。大差ないだろ、Mr,ボイコット」

「そんな不名誉な敬称御免被る!」

「じゃあ仕事をしろぉ!」

 見目十八前後に見える彼等はずるずる音を立てながら、会話と言う名の言い合いを続ける。

 コートのフードが落ちるのを気にしながら進もうとする男と、コートを掴んで踏ん張る男。机に手をかけて進む足掛かりにする男と、柱に手を回して行かすまいとする男。

 そして終いには軍用ブーツを真後ろに振り上げて腸を抉るように踵で蹴りあげる始末。

「ふげぇいっ?!」

 無様な声をあげた男は敢え無くコートから手を離し、腹を抱えて床に伏すのだった。

「ったく。面倒な事しやがって」

「……ほんちょーしじゃないのはほんとだろーに」

 眼下で肉塊が鳴く。

 コートの男はフードをかぶり直し、肉塊を一瞥してそそくさとドアノブに手をかけた。

 そんな男の対応になれきってしまった元肉塊は、丸くなって転げた状態で目だけでコートの男を見上げ、──疑問符を浮かべた。

 常時の彼であれば、Mr,ボイコットを始末すれば真冬だろうがなんだろうが床に転がして放置してお怒り文句たらたら流してサヨナラだろう。

 だが、彼は身支度を整えた上で触れたドアを開くことはせず、どころか振り向き更にこう言ったのだ。疑問符も出よう。

「……世話になった。悪かったな」

「悪かったと思うなら蹴らないでよ。え? どうした?」

 疑問符より先に切実な要望が出た。誰しも自分に嘘などつけないものなのだ。

 コートの男は期限が悪そうに、訝し気に顔を顰める。失言を悟った男は、しかし訂正する気はおきなかった。

 床に胡座をかいてキャスケット帽を拾って言う。

「え。だってお前の口から謝礼が出て謝罪がでるなんてさ、」

 有り得ないでしょ。ホントにもう少し寝ていきなよ。と、言おうとして言えなかった。

 キャスケット帽の男はぴしりと音を立てて固まる。

 何故なら、滅多に笑わないその男の顔に苦笑が浮かんでいたから。

 何故なら、嫌な予感がしたから。

 何故なら、……開け放たれた扉いっぱいに見える筈のリスタレク裏街の街並みは、大小の黒い異形に埋め尽くされていたから。

「引き連れてきちまったみたいだからな」

「……うっそぉ」

 さーっと音を立てて二人の血が引いていく。

 轟音が響き始めた数分の後、幼馴染みの姿が消えたことに気付いたMr,ボイコットは、“掃除”の途中であるに関わらず手を止め、仰ぎ立ってその名を叫んでいた。

「──ギルの馬鹿ーっ!」

 瞬間、あるべき質量のない左袖がはためくのが視界を掠る。

 追いかけて文句を言いたいのは山々だったが、泣く泣く諦めて“掃除”を続ける他無かった。

「悪いな、ライブラリ」

 悪びれた様子もなく呟いて、男は路地に消える。


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