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3話「ようこそ、メアードバーへ!」

これまでのあらすじ

 銀林沙穂はトイレに行きたかった。


 月のない夜だった。いつもならば夜空を彩っている無数の星も、今は薄い雲の向こうに隠れている。

 外は慄くくらい静かだった。時折思い出したように、蛙や虫の鳴き声が聞こえてくるくらいのもので、無音の暗闇が辺りを支配している。

 沙穂はライバルに連れられて、あの灰色の空が広がる異空間を抜け出し、部屋を出て、アパートさえも背後に残し、夜道をひたすらに歩いていた。道に沿って並んだ外灯をたどるようにすると、5分も経たないうちに農道に入る。夜に沈む畑には、どこかおどろおどろしい雰囲気が漂っていた。流れていく景色はどこも昼間とは違う顔をしていて、同じ場所だとは到底思えない。。

「あの……ねぇ、一体どこまで行くバル?」

 歩幅を狭めて歩きながら、沙穂はライバルの背中に尋ねる。しかしライバルはスキップをしながら鼻歌を口ずさむだけで、その問いに応じてはくれない。

 沙穂は頭を掻く。風呂には大分前に入り、外出の予定もなかったので、いつもは後頭部でシニヨンにしている髪の毛も今は下ろしていた。服装はもちろん上下ともパジャマだ。サンダルは部屋から外に出るときに慌てて突っかけてこれたものの、衣服の着替えまでは不可能だった。

 怪人に手を引かれ、寝巻きのまま外を出歩いているなんて、傍からみればただのおかしい人だな――沙穂は薄灰色の空を見上げながら、ぼんやりと思う。

 6月の夜風は、薄着では少し肌寒い。今夜のような曇り空ではそれも尚更だった。そしてこの気候は、沙穂の切迫した状態に拍車をかけていく。

「あの、ごめん。ちょっと……」

 ぶるりと体を震わせ、おずおずと声を発すると、ライバルは急に足を止めた。ようやく沙穂の話に耳を傾けてくれる気になったのかと期待したが、そうではなかった。立ち止まった場所はキャベツ畑の側で、周囲にはビニールハウスと貸し倉庫があった。

「バルバル」

 ライバルは沙穂の手をようやく離すと、こちらに向き直った。沙穂の顔をその赤い瞳で見つめながら、貸し倉庫の方を指差す。沙穂は首だけを動かし、そちらに視線を移した。

「……一体、こっちに何かがあるのかバルか?」

 沙穂は眉間に皺を寄せる。彼が指を向けたのは、具体的に示すならば緑青色の倉庫と、飴色の倉庫との間だった。倉庫にはそれぞれ、白く2と3という数字が振られている。二つの間に生じているわずか30センチほどの隙間は、まるでこの世とあの世を隔てる裂け目であるかのようだ。

 困惑するばかりの沙穂に対し、ライバルはなにやら自信ありげに胸の前で拳を固める。それから一歩、倉庫に足を踏み出すと、その拳を隙間に対して突き出した。

 そして次の瞬間、あまりに不思議な現象が沙穂の前で引き起こされた。

 ライバルの拳が倉庫同士の隙間に近づいたその時、白い電流が、蜘蛛の巣のように空間を伝い、広がり始めたのである。

「バッルバル!」

 ライバルはその腕を真横に勢いよく振りぬくようにする。それはちょうど、力強く襖を開けるときと似たような格好だった。するとライバルの腕の動きに合わせて、電撃の走ったところからまるでシールを剥がすように“空間”が、めくり上がり――宙にぽかんと、空洞が生じた。

「えっ……えー」

 ぽかんと口を開けたのは、沙穂も同様だった。それも無理はない。何もない場所に突然、屈めば人が何とか侵入することのできるサイズの窓が出現したのだ。空洞の周囲はまるで蹴破られた障子のように歪で、ぎざぎざになっている。

「バッルバルー」

 ライバルはその空洞に手をかけると、足を載せ、沙穂を置いてさっさと中に飛び込んでいってしまった。沙穂は数秒、その場で呆然と立ち尽くしていたが、慌てて彼の後を追った。沙穂が空洞の向こう側に着地したのと同時に、背後で空洞はしゅんと縮まり、消え失せてしまう。

 心に不安が過ぎったのは、一瞬だった。すぐに驚愕が胸に殺到する。目をぱちくりさせ、呆然とする。そういえばここ最近、立ち尽くしたり呆然したりばかりだな、と沙穂は場違いに思う。

 目の前に広がっていたのは、拍子抜けするほどに長閑な風景だった。

 取り囲むのは背の高い木々だ。広葉樹で、青々とした葉を茂らせている。足元には小石と雑草の混じった地面があり、日の照りつける青空にはぷかりぷかりと白い雲が浮いている。沙穂が立っているのは、どう考えようとも明らかに、静かな森の中だった。

 何か軽いものをはたくような音をたてて、沙穂の背後を何かが過ぎる。空に向かって昇っていくその小さな姿は、純白の鳩だった。気付けば鳩は一羽だけではなく、空を集団になって飛び交い、木々のあちこちからはその鳴き声が大合唱となって聞こえてくる。

 この場所は少なくとも、指場町のどこかではないようだった。日本であるかどうかも怪しい。むしろライバルと共にやってくる、あの飴玉が宙を浮き、サンマが土に刺さった珍妙な世界にどことなく近いような気がした。非現実的、という意味ではどちらも共通している。

 目の前に落ちてくる鳩の白い羽を掌で受け止めると、沙穂はライバルの姿を探した。お守りの発する鈴の音を求めて、周囲を見渡すと、彼は沙穂の数十メートルほど前を歩いていた。向かうその足の先には、赤い屋根の小さな建物がある。

「お家……?」

 疑問を覚えながらも、沙穂は早足でライバルの後を追った。足元の地面はほどよい固さでひどく歩きやすく、走りやすかった。まるで跳ねるように移動ができる。だからライバルの背中にはほんの5歩ほどでたどり着くことができる。彼は沙穂の事を振り返ると、「バァルッ!」と弾んだ声を発し、親指をぐっと立てた。

「バルサン!」

 沙穂も親指を立てて返した。するとライバルは嬉しそうに「バルバルバル」と笑い声をたてた。

 かくして、沙穂とライバルは赤い屋根の建物の前にたどり着いた。白く塗られた壁面と、玄関の扉から生えたザリガニの頭部がなんとも目を引くその建物は、民家でも小屋でもなく、小規模な店のようだった。

「バー、ええっと……ゆう、あかるい……あける、てい?」

 ドアの脇に置かれた、立方体の看板にはゴシック体で『メアードBAR 幽明開亭』と書かれていた。看板の前で腰を屈めながら、何とも耳に馴染みのない単語の羅列に、沙穂は眉を顰める。

「あの、これ、なんて読むの」

 尋ねようと顔をあげたのと重なって、ドアを閉める音が聞こえ、ライバルは店の中に消えていった。沙穂は店の前に取り残される。ふぅ、とため息を吐き出した。

 明らかに人里離れているであろう森の中に、何かの象徴であるかのようにぽつんと建っているその家は、入るのを躊躇するには十分すぎるくらい怪しい要素が散りばめられている。しかし、ここで引き返すことはもはや沙穂にはできなかった。ライバルに連れられ、こんな辺鄙な場所まで来てしまったのだ。ならば最後まで彼に付き合うのが流れというものだろう。それに店があるというのは、沙穂にとっても実に都合が良かった。

 鳩の大合唱を背に受けながら、沙穂は店の前に立った。ドアノブを握ると、それを手前に引こうとする。だがその時、手に力をこめるまでもなく、ドアは勢いよく内側から開かれた。

 沙穂は素早く後ろに飛び退いたので、ドアに体をぶつけずに済んだ。横に避けると、店内から出てきた怪人が、目の前を通り過ぎていった。バナナのような顔をした怪人で、目が縦に5つ並んでいる。体の色は青く、背中からはカブトムシが生えていた。怪人はひどく慌て、焦っている様子で、ドアの陰に立っている沙穂には全く気付かず、森の中に立ち去っていく。

「バナナが歩いてる……」

 さらに続けて店の中から現われたのは、あまりに大きなカマキリだった。大型犬くらいのサイズはある。それが後足と、鎌と一体になった前足とを動かし、地面を這うように進んでいく。体色は深い紫で、そのせいかひどく毒々しい外観に映る。

 沙穂は思わず息を呑んだ。昆虫がそのままの外見で巨大化しているというのは、これほどまでにおぞましいものなのかと身を震わせる。その怪人の頭が、カマキリというよりも、むしろコアラに近いということが、せめてもの救いだった。

 カマキリ怪人は「ひーやこーら、ひーやこーら」と意味の分からない声をあげながら、足早に店を去っていく。沙穂はドアの縁を強く掴み、生唾を飲み込んだ。

「カマキリがコアラだ……」

 さらにその後に連なるようにして、新たな怪人が現われる。全身をメタリックな装甲で包んでおり、顔はヒトデのような形をしていた。目に当たる部分には3ミリほどの切れ込みが入っており、そこがうっすらと光っている。両肩にはライフル銃が銃口を前方に向けて備わっていた。その怪人もまた何かに恐怖を抱いている様子だった。その姿はまるでライオンに見つかったシマウマのように、または暴漢に追われている人間のように、沙穂の目には映る。

「イッツ、メタリック……!」

 さらにその金属製の怪人が、がちゃがちゃとけたたましい足音を響かせながら去っていったあとも、途切れることなく、次々と怪人たちは店から出てきた。沙穂は息をひそめて、多種多様な姿をもつ彼らが通り過ぎていくのを待つ。

 やがて6体目のエビフライのような怪人が外に飛び出し、後ろ手にドアを閉めると、そこでようやく店の前は落ち着いたようだった。怪人の姿が森の中に消えていくのを見届けると、沙穂は改めてドアの前に立った。

 怪人が大勢出てきた建物の中に正面から入っていくというのは、少し勇気がいることだった。深呼吸をし、それから下っ腹に力をこめる。あの中に自分が救世主と信じたライバルがいるのだということと、腹部に漂う緊迫感だけを救いにして、沙穂はドアノブに手をかけた。

 ゆっくりとノブを捻ると、あっけなく店は侵入を沙穂に許してくれた。息を吸い込み、緊張をほぐすとドアをさらに開き、思い切って入店を果たした。

 少し温い空気とともに、軽やかなピアノの旋律が沙穂を迎え入れる。腰を捻り、ドアを閉めると、沙穂は前に向き直った。

「……まったく、坊主が来ると仕事が楽になっていいぜ。見ろよ、一瞬でこの有様だ」

 男の声が聞こえてくる。その語調は呆れている風にも、楽しんでいる風にも聞こえた。

「今までがてんやわんや過ぎたんですよー。たまには休憩も、必要です」

 今度は少女の甲高い声が店内の空気を伝う。少し困ったような口ぶりだった。

「バッルバル!」

 聞き慣れた声が耳に届く。目をやると、ライバルはすでにカウンター席に腰を下ろしていた。沙穂は店の中を見渡しながら、恐る恐る足を進めていく。

「これはどうも、いらっしゃいませ」

「えどぅ!」

 突然声をかけられ、沙穂はおかしな悲鳴をあげながら、その場で飛び上がった。心臓の動悸が収まらぬままに視線を移すと、カウンターの内側に立つ怪人が、沙穂に恭しく会釈をしてきた。

 西洋の甲冑を軋ませ、歪ませ、変形させたような外見だ。全身を染めている色は紫だが、右半身は黒に近く、左半身はそれよりも少し明るい色合いになっている。顔には左右合わせて八本のスリットが入っており、口元からは機械じみた鋭利な牙が覗いていた。

「ようこそ、メアードバー、ゆうめいかいていへ」

「ゆう、めい……?」

 混乱していて、頭がうまく回らない。沙穂があたふたとしていると、今度は左手の方から声があがった。

「あっ!」

 それは先ほど聞こえた男の声だった。沙穂はまたびくりと体を奮わせる。下唇を噛みながら目線だけを左に動かすと、全身を包帯で包み、その上に白装束を羽織り、さらに顔にはコオロギのような仮面を付けた、いかにも怪しい人型の何かがこちらを見ていた。

「いらっしゃい……こりゃあ珍しいじゃないの。おい、ホー。人間のお客様だ」

「あらあら。本当です。しかも女の人じゃないですか」

 沙穂はひっ、と短い悲鳴をあげて、自分の足元に素早く視線を移した。すると、そこで小柄な怪人が沙穂のことを見上げていた。薄汚い布の上にヘリコプターを載せた外見のそれは、小型の犬か、それともようやく歩くことを覚えた赤ん坊くらいのサイズしかなかった。布から覗く灰色の太い手足は、どことなくは虫類を彷彿とさせる。

「珍しいですねぇー素晴らしいですねー、こんなの10日ぶりぐらいじゃないでしょうか」

「喋った……ヘリコプターが女の子の声で……」

 沙穂は小声で呟く。予想こそしていたが、少女の声がこの小さな怪人から発せられたものであることが明らかになると、やはり胸がざわめく程度には驚いた。

「人間? 女の子? マジで! どこどこ!」

 どすん、と店が大きく揺れたので、沙穂は地震か何かだと一瞬思った。だがそれが一定の間隔を置いて、少しずつ大きくなっていることが分かると、すぐにその考えを改めた。

 左手の方から巨漢が迫ってくるのが、視界の隅に映りこんだ。そちらを振り向くと、全身を固そうな甲羅で包んだ、いかにも厳つい怪人が沙穂の前でちょうど立ち止まったところだった。

 沙穂は忙しく今度は首を上向かせて、その怪人を呆然と見上げた。

何しろ、それはとにかく巨大だった。身長は確実に2メートル以上ある。体つきはがっしりとしており、あちこちに角のような突起が生えていて、全体的に刺々しいシルエットをもっていた。その尋常ではない迫力は、立ちはだかる何もかもを踏みつぶす戦車をどこか思い起こさせた。

同時にその怪人の外観は、もし人型の何かが恐竜の皮膚をそのまま頭から被ったら、おそらくこうなるだろうという想像の具現でもあった。ただし、その厚い皮膚に包まれている顔や体は人というより、むしろ猫に近い。顔のパーツや、腹部にもさもさと生えた柔らそうな白い毛などが、その特徴を的確に表していた。

その“巨漢”もまた、沙穂のことを見下ろしていた。その大きな体で前に立たれると、視界がそれだけで埋め尽くされてしまう。怪人は俯きながら両手を慌ただしく組み替え、自分の指を撫で回していた。そのどこか煮えきらない態度は、どっしりとした体格には余程似つかわしくないものだった。

「あ、あの……」

 巨漢が声を発する。その声が意外と高く、細い男のものだったので、沙穂は何だか拍子抜けした。心なしか、その鼻息が荒いような気がする。何だかひどく興奮しているようだ。

「はい?」

 沙穂の反応に、巨漢は意を決したように顔を上げた。それから片手を前に差し出すと――はっきりとした口調で言った。

「ちょっと、触らせてください。その……色々なところを」

「嫌です」

 沙穂が即答すると、巨漢はそのエメラルドグリーンの瞳を大きくした。

「じゃあちょっと舐めさせて」

「もっと嫌です」

「なら耳たぶ」

「ウルトラ嫌です」

 沙穂は嫌なことは真っ向から、きっぱりと断れる女だった。巨漢は目を見開くと、大きな衝撃を受けたように後ずさり、両膝を床に落としながら「ウルトラの嫌だなんて、あんまりだ!」と天を仰いだ。

「おい、ユーゴ。大切なお客様にちょっかい出すんじゃないと、いつも言ってるだろうが」

 その人の心を掴み、惹きつけるような魅力に満ちた低い声は、カウンターの内側から聞こえてきた。沙穂に挨拶を投げかけてきた、あの“甲冑”だ。右手には色のついた大瓶が握られている。その声音には怒りが滲み、迫力があった。先ほど沙穂に挨拶してきたときとは、態度が一変している。

「お前、俺の店で問題を起こしたらどうなるか……分かってないわけじゃないだろ?」

 甲冑がぎろりと睨み、凄むと、巨漢は目に見えて狼狽した。

「す、すみません。マスター。俺、そんなつもりじゃ……」

「謝ることだけなら馬鹿にだってできる。お前は馬鹿でも間抜けでもないだろ、ユーゴ。大切なのはこれからどうするかということだ」

「はい……」

 巨漢は俯き、その大きな体を縮こまらせる。沙穂は甲冑の怪人と、ライバルと、巨漢と、背後でそのやり取りを眺めている2人の怪人とを順々に見渡し、それから「あの……」と決まりの悪い思いで挙手をした。

「お取り込み中、申し訳ないんですけど」

 沙穂はおずおずと言葉を紡ぐ。顔が火を吹くように熱かった。頬が紅潮していることだろうということは、鏡を見ずとも明白だった。

「トイレ、貸してもらってもいいですか?」


「鰤、鮭、もひとつおまけに、鯖味噌ドーナッツ~」

 ようやくこの苦行から脱することができた沙穂は、小粋な鼻息を口ずさみながらトイレを出た。こんなに清々しい気持ちは、生まれて始めてかもしれないと本気で思う。ずっと背負ってきた鉄の塊を、ようやく取り除くことができたような気分だった。

「バッルバルー!」

 店のフロアに戻ってくると、カウンター席のライバルがこちらを見ながら、隣の椅子をしきりに叩いていた。彼の前に立つ、甲冑がその凶暴な口から苦笑を漏らす。

「座れって言ってます。やはり、ライバルのお連れ様でしたか」

 巨漢を叱っていた時とはまるで違う、柔らかな敬語で甲冑は沙穂を迎える。沙穂は「ははぁ」と曖昧な返事をすると、パジャマの裾で濡れた手を軽く拭きながら、カウンターに近づいた。

「よく分からないけど、連れてこられちゃいました。どうも、連れてこられ様です」

「なるほど。よくある話ですよ。そもそも人間が単独でこの店に来ることはできませんからね。私は一応この店の主人をやっていまして。気軽にマスターとお呼びください」

 ほうほう、と相づちを打ちながら、沙穂はライバルの隣の席に腰を下ろした。その態度からは沙穂に危害を加えようとする素振りはみられない。「バッルバル!」と自信ありげな声を上げ、ライバルはウィンクを寄越してくる。沙穂は間近の彼にブイサインを返した。

「あなたの名前、やっぱり、ライバルっていうんだったんだね」

「バルバル」

「合ってて良かったよ」

「ライライ」

「申し訳ないですね、先ほどは」

 沙穂とライバルが話していると、マスターがグラスを布で拭きながら謝罪をしてきた。

「彼は優秀な店員なのですが、女性、特に人間の若いのを見ると、どうも我を失ってしまうらしい。注意をしておきましたので、ここは一つ、お許しをいただけませんか?」

 グラスをシンクに置きながら、マスターは軽く頭を下げてくる。沙穂は顔の前で手を振った。苦行を終えた今の清清しい気分ならば、大抵のことは許せそうな気がした。

「いえいえ、あの、はい。大丈夫です!」

「そうですか……ならば、良かった」

 マスターはホッとしたような笑みを浮かべる。それから「ところで」と話題を変えた。

「それはそうと失礼ですが、お客様はおいくつでいらっしゃいますか?」

 あまりに突然の質問に、沙穂は小首を傾げた。こめかみのあたりを掻きながら、口を開く。

「今年で19になりますけど」

「じゃあお酒はダメですね。来年にならないと。では、ソフトドリンクをご用意いたしますが」

 なるほどそういうことか、と安堵に似た思いを抱きながら、沙穂はカウンターの上に、メニューの書かれた板が置かれていることに気づいた。手にとってその内容を見やり、それから眉を寄せて、マスターを見やった。

「でも私、お金持ってないんですけど。というかパジャマなんですけど」

「心配はご無用。今日はライバルからの奢りだそうです」

「へへぇ」

 沙穂はライバルを見た。彼は誇らしげに親指を立て、またウィンクをした。沙穂は頭を下げ、「どうもありがとうバル」と感謝の気持ちを告げる。彼の前には橙色の液体の注がれたグラスが置かれている。おそらくオレンジジュースだろうと沙穂は思った、

「そういうことならじゃあお言葉に甘えて……りんごジュースを、お願いします」

「承りました」

 マスターは振り返ると、瓶のたくさん並んだ戸棚に手を伸ばした。カウンターの内側にある戸棚には瓶の他にも、色々な形をした時計がずらりと、何かの展示品のように置かれていた。その全てが同じ時を刻み、重なり合った針の音が太く、大きく、店の中に打ち響いている。そのことについ先ほどまで、沙穂は全く気が付かなかった。

 重荷がなくなると、ようやく冷静に周囲を観察できるようになる。尻のところに寄ったパジャマの皺を指先で伸ばしながら、沙穂は腰を捻り、首を捩って店内を見回した。

 5人座れば満席であろうカウンター席と、二人掛けのテーブル席が3つ、ソファー席が2つある。外観の割にはなかなか広いように沙穂は感じた。だが、あれほどの数の怪人が出てきたのだから、これくらいのスペースがあるのは当然だろうとすぐに納得する。落ち着いたピアノの音色が流れる少し薄暗い店内には、現実離れした空気が漂っていた。

 ソファーには、沙穂に詰め寄ってきたあの巨漢がぐったりと寝そべっている。うつ伏せになり、ソファーに突っ伏している格好だ。先の一件で絞られ、どうやら落ち込んでいるらしい。マスターは彼のことをユーゴと呼んでいた。それがあの怪人に付けられた名前なのだろう。

 ソファー席の正面には薄型テレビが置かれているものの、今は電源が入っていないようだった。テレビ台にはガラス戸が設けられ、中に何かの機材がしまわれている。

 そのままぐるりと視線を巡らせ、すぐ真後ろの壁に顔を向ける。 そこには高校生が制服として用いるような、紺のブレザーがハンガーに掛けられてぶら下がっていた。飾り物とは思えないので、おそらく客の忘れ物か何かなのだろう。ブレザーの隣にはコアラが焼き鳥を貪り食っている絵画が展示されていたが、それはあえて意識の外に追いやった。それから沙穂はさらに、少し体をそらすようにしてライバルの背後に目を移す。

 カウンター席の奥の方には、おでん用の丸い大根に割り箸を四つ刺して、その先に手袋と靴を履かせたような、珍妙な姿の怪人が座っていた。何だかトンネルの中で大声を発した時のような、やけにくぐもった声で「ぷるーぷるー」としきりに話している。相手をしているのは、あのヘリコプター頭の小柄な怪人だった。

「あははっ。確かにそうですよねー。おはぎはやっぱり、塩キャラメルですよー」

 “ヘリコプター頭”は少女の声で談笑しながら、自分の体よりも大きな一升瓶を抱え、大根みたいな怪人の持つグラスに酒を注いでいる。今になってよく注視をしてみれば、その怪人には左目しか存在せず、そこが車のテールランプのように赤く光っているのだった。右目に当たる部分には銅版が敷かれ、ビスで固く締められている。口は自動販売機の釣銭取り出し口のようになっていた。

「はい、お待たせいたしました。りんごジュースでございます」

「あ、どうも」

 沙穂が前に向き直ると、マスターがジュースの入ったグラスをカウンターに置いてくれた。それと同時に、横でライバルが自分のグラスを大きく掲げる。

「バルッ!」

 ライバルがグラスを持った腕を前に突き出す。その意図を理解し、沙穂もまたグラスを持ち上げた。

「ライラーイ」

「乾杯!」

 カツン、とグラス同士が軽く触れ合う。沙穂はグラスを傾けると、その黄色い液体を半分程度まで喉に流し込んだ。舌の上に甘ったるい味が広がっていく。

「ライライ、ラライライライ、バルバルッ!」

 ライバルは椅子を半回転させ、沙穂の方に体を向けると、改まったように頭を下げた。そのかしこまった態度が何だか可笑しく、沙穂は思わず笑みを零した。

「いいよいいよ、そんなにかしこまらなくても。でも良かった、お守りがちゃんと届けられて。大事なものじゃないかって、思ってたから」

 ライバルは目元を拭う動作をし、それから沙穂の手を取った。相変わらず生物らしくない、しかし陽だまりのような温もりをもった手だった。

「ライライ、バルバル~」

「うんうん。バルバル。良かった良かった。こちらこそ、2回も助けてもらってありがとう。あなたが来てくれなかったら、どうなってたことか」

 沙穂は彼の手を握り返す。それは本心だった。絶望を希望に変え、暗闇に光を射す救世主。初めて会ったときに、ライバルに対して覚えたそんな感想は、今でも沙穂の中で確固たるものとして根付いていた。

「それにしても、珍しいこともあったもんだ。まさか坊主が客を連れてくるなんてよ」

 沙穂は顔を上げた。ライバルも振り返る。そこにはコオロギの仮面を被り、白装束を羽織った怪人が立っていた。先ほどは咄嗟のことで気付かなかったのだが、その左腰にはベルトに引っかかる形で、鞘に収まった刀がぶら下がっていた。“白装束”はライバルの頭に手を乗せながら、沙穂に向けて言った。

「まぁ、お嬢ちゃん。こんな化け物が仰山いる、ビックリハウスだけどよ。楽しんでいってくれよ。みんな気の良い奴らだから。リラックスしてさ」

「はぁ、はい」

「バルバル」

「それはそうとおい、坊主。久々に格ゲーしようぜ」

 白装束がライバルに向き直り、不適に微笑む。ライバルは沙穂を振り返ると、首を傾げた。「君はどうする?」と尋ねている目だった。

「あ、私はいいよ。まだここの雰囲気に慣れないし……ここで見てるから、遊んでくるといいバル」

 沙穂は顔の前で手を振り、掌を上にしてライバルの方に差し出した。はじめライバルは戸惑っていたが、やがて頷き、中に入った液体が飛び散るほどに力強く、グラスをカウンターに叩きつけた。

「バッルバル!」

 そして立ち上がり、白装束と向き合う彼の目には、溢れ出さんばかりの闘志が漲っている。白装束はへへっ、と愉悦を帯びた笑みを浮かべた。

「よし、いい目だ。手加減なしでいこうぜ。死ぬ気でかかってこい」

 睨みあい、相対する二人を沙穂は少し引いた視線で見つめる。もはや自分は蚊帳の外のようだった。グラスに口を付けて唇を湿らせ、ふっと息を吐いた。

「ちょっとチーフ! 遊んでないでくださいよー。なに仕事中にゲームなんかしようとしてるんですか!」

 その背の小ささゆえにカウンターの上に直接座り込んだ、ヘリコプター頭が、二人の姿を目ざとく見つけて抗議する。白装束は刀の鍔を親指で弾いていじりながら、彼女を振り返った。

「いいじゃねぇか。どうせ坊主のおかげで客はみんな帰ったんだからよ。ブンさんの相手はお前に任せるよ。俺っちみてねぇな暑苦しいのよりも、お前みたいな、ぷりちーなのが相手したほうが喜ぶだろ。なー、ブンさん?」

 白装束が尋ねると、あの丸い大根のような怪人が「ぷーん」と可愛らしい声をあげた。どうやら笑っているらしい。ブンさん、というのがその珍妙な怪人の名前らしかった。

「それにお嬢ちゃんも了承済みだ。何も問題ないだろ。客とのコミュニケーションも仕事の一環なんだぜ?」

 そんなつもりで了承したわけではない、と胸の内で反論するが口には出さず、沙穂はジュースを喉に流し込んだ。ヘリコプター頭は、がっくりと肩を落とし、深いため息をつく。沙穂は苦労人であろう彼女に同情を覚えた。

「おい、ユーゴ。いつまでふて腐れてやがる。お前もやるぞ。3人プレーだ」

 ソファーの方に視線を戻すと、白装束が巨漢、ユーゴに声をかけていた。彼は寝そべったまま角の生えた頭をあげると、その大きな目を細めた。

「そんなことより俺はあの女の子の靴下を食べたい。から揚げにして」

「うるせぇなぁ。あのお嬢ちゃんはな、坊主の連れなんだぜ? 下手なことすりゃ、坊主が黙ってねぇだろ、なぁ?」

 白装束は親指で、肩越しに背後の沙穂を指差す。沙穂は「私?」と自分を指差した。ライバルは「バルッ!」と頷き、ユーゴを睨むようにした。

「……マジで?」

 するとユーゴは途端に表情を凍らせ、がばりと身を起こした。ソファーから立ち上がり、慌てた様子で後ずさる。沙穂とライバルを交互に見比べ、それから両手を挙げた。

「分かった。もうあの子のことは話さない。エビフライよりどうでもいい。さぁ、チーフ、ゲームでもなんでもやりましょう。さぁ、早く!」

 早口で捲し立て、ユーゴはライバルから己の身を隠すように、白装束の背後に回りこんだ。自分の腕を掴む太い手に、白装束はやれやれとばかりに、肩をすくめる。

「騒がしくて、どうもすみませんね。いきなりこんなところに来て、戸惑っているところでしょうに」

 マスターが苦笑しつつ、瓶を傾けてくる。沙穂はその声にハッとなり、正面に向き直ると、飲みかけのグラスを彼のほうに差し出した。

「まぁ、びっくりハウスですよね」

「あなたはライバルのお友達だ。せっかくだから、うちのものたちを紹介しましょう」

 マスターは瓶を棚に戻すと「まずは」と切り出し、先ほどから声を張り上げている白装束に手の先を向けた。

「彼の名前はジノ。この店のチーフをやらせている男です。喧嘩っ早いが、面倒見が良い。あの男とはもう2年の付き合いになる」

「2年」

 沙穂はその言葉の響きを噛み締めるようにした。そこには、そんな前からこんな怪物たちが存在していたのか、という驚きも少なからず含まれていた。

「そして先ほど、お客さんに失礼を働いたあのでかいのが、ユーゴです。体は大きいが、気持ちは軽い。まぁ、悪い男ではないんですがね」

 沙穂はライバルに怯えるユーゴを見つめる。重そうなソファーを片手で持ち上げ、ライバルの背後にすかさず運んでいた。なぜ彼があれほどまで、ライバルに対して腰が低いのか、そしてあれほどまで恐怖しているのか、沙穂は疑問に思った。

 だがその質問を発する間もなく、マスターは「それから」と、カウンターの左側に手を向けた。沙穂は疑問を呑み込み、手の差し出された先を視線で追う。

「あそこで接待をしている小さいのが、ホーといいます。か弱そうだが真面目です。融通の利かないところが玉に傷ですけどね」

 プロペラ頭は相変わらず笑い声をたて、ブンさんと談笑している。沙穂の耳にはブンさんの言葉は「ぷるーんぷるーん」としか聞き取れないので、どうやって彼女が相手の話を受け、理解しているのかとても不思議だった。

「あとここにいない3人を含めて、以上がこの店、幽明開亭のメンバーです」

 マスターの口元がわずかに笑みを形作る。ほほう、と沙穂は適当な相槌を打った。

 急に活気のある音楽が、大きく店内に響き渡る。ソファー席の方を見やると、いつの間にかそこにあるテレビにゲーム機が繋がれており、その画面にはゲームのスタートメニューが映し出されていた。

 かちり、かちり。

 時計の針が音を刻む。まるで沙穂がこの店にいる時間を数えているかのように。

 マスターが、スナック菓子やチョコレート等を載せた皿をカウンターに出してくれた。沙穂はどうも、と礼を言い、隅のほうに置かれている煮干を手に取った。

「おっとマスター、この俺を忘れてもらっては困る」

 あまりに唐突に聞こえてきた新たな声に、沙穂は煮干を膝の上に落とした。それはこれまで耳にした覚えのない声だった。沙穂は振り返り、店内を見回す。

「あぁ、悪い。そうか。お前のことも紹介しなくてはならないな」

 マスターが微笑みを浮かべる。するとまたどこかから「当然だ。この俺抜きに紹介を終えるなど、色のないルービックキューブのようなものだ」と、先ほどと同じ声が返ってきた。一体マスターが誰と話しているのか分からず、沙穂は戸惑う。

「迷える少女よ。真実を知りたくば、己の背後を見るがいい」

 やけに横柄な振る舞いで、その声は導く。沙穂はソファー席に顔を向けた。3人の怪人がソファーに上に並んで座り、喧しく叫びながらテレビゲームを楽しんでいる姿は、異様と呼ぶ以外にない。

「そっちではない、背後だ!」

 謎の声に叱られ、菜穂は釈然としない思いで、後ろを振り返る。

 そこで、沙穂は思わず「あっ」と大声を出してしまった。

その視線の先には――テレビ脇の壁に、ハンガーで吊り下げられた紺のブレザーがある。厚手のそれが風もないのに、激しく前後に揺れ、壁と擦れあって音をたてていた。

 まさか、と沙穂は困惑しながらも予感を覚える。するとその予想を裏付けるように、ブレザーは大きく左右に振れ始めた。

「はじめましてだな、闇の少女。ようやくこちらに顔を向けてくれたようだな」

「……ブレザーが、喋ってる」

 ぽかんと口を開け、沙穂は目の前で起きていることをそのまま言葉にする。ブレザーは「くくっ」と舌と歯の隙間から空気を漏らすような笑い声をたてた。

「そうとも。これが呪われし俺の姿。俺の名前はダークブレイダー」

 ハンガーに掛かったブレザーが、その声が喋るのに合わせて激しくガチャガチャと音を立てる。目や口はおろか、顔も体もどこだか全く分からないが、とにかくそのブレザーが沙穂に話しかけているというのは状況的に見て明らかだった。

「またの名を、究極の闇を司る――子犬だ」

 再びあの「くくっ」という笑いを挟みながら、ブレザーは抑揚をつけながら自分の通り名を告げる。沙穂は驚き、慄きつつも眉をひそませ、たまらずこう返した。

「い、一体、こいつは何者なの……!」


同時刻。指場町、南地区にあるコンビニエンスストアにて。

深沈と更けていく夜の中でも、店内には煌々と光が灯っている。深夜だけあって客足も少ない。1人、2人とレジをこなすと、それだけですぐに客の姿はなくなった。レジに立つ店員は他の仕事もひと段落してしまったのか、タバコの陳列棚に寄りかかりながら、大あくびをする。その指が手元の台を小突く。やけに活気のある有線放送の音だけが、店内を無感動に流れていく。

軽やかな音とともに、入り口の自動ドアが開いた。店員はいかにも眠たげな、気の抜けた声で来客に挨拶をする。

だがその顔がドアの方に向けられた瞬間――店員の体は固まった。さらに目を見開き、ぎょっとした表情をみせる。陳列棚から背中を引き剥がした衝撃で、赤いパッケージのタバコが床に落ち、大きく跳ねて転がった。

 客がその白い毛に覆われた足を、一歩前に、踏み出す。コンビニのドアをくぐってやってきたのは、明らかに人間とは一線を介した生き物だった。二足歩行し、両腕を使い、背筋をぴんと伸ばしたそのシルエットだけを見るならば、人間そのものであったが、逆に言う、ならば、それ以外の要素には人間らしさなど一つも含まれていなかった。

 白い毛が生えているのは両足首と首周り、鼻の下の髭ぐらいのもので、その全身は枯れ木のような色をしている。胴体には角ばった機械が埋め込まれ、胸には鉄製のドアのようなものが取り付けられていた。腰にはパイプが回り、肩からは煙突が飛び出している。

 顔に目を向ければ、その頭頂部には真っ赤なモヒカンが揺れている。濁った茶色をした顔面に、緑色の瞳が光っていた。

「からあげをいただこう」

 怪人は生い茂る髭の下に隠れた口元を動かし、落ち着き払った声でそう呟いた。

 あまりに奇怪すぎる客の登場に、店員は唖然と立ち尽くす。もとより、こんな深夜まで揚げ物を作っている店は少ない。それでなくとも人気商品であるから揚げは、もう9時前には売り切れていた。

 だが、怪人にそんな常識は通用しないらしい。そしていつになっても店員が動き出そうとしないので、ついに痺れを切らしてしまったようだった。

「まさか、ないというのか? 世界を救うあの揚げ物が」

 怪人の眼光が鋭くなる。店員はぶるりと体を震わせた。

「も、申し訳ござ」

「……そうか。ないなら仕方ない。それならば、俺がからあげとなるしかないようだな!」

 怪人は店員の謝罪を遮って突然声を荒らげると、いきなり走り出し、つま先を立ててレジの前で急停止すると、腰を捩り、肩を捻って、店員の頬を拳で殴りつけた。

まるでバットで木を殴ったときのような、激しい、鈍い音が店の中に響いた。

その音から一拍遅れて吹き飛ばされた店員は、その勢いのままにタバコの陳列棚に激突した。派手に転げたその体の上に、色鮮やかなパッケージのタバコが、まるで雨のように降り注いでいく。店員の唇の隙間から、苦痛に掠れた声が漏れる。

 静寂に包まれていたコンビニが、一瞬で、惨劇の舞台と化す。仰向けに倒れこんだまま、怯えた目をする店員に怪人はにやりと笑みを浮かべ、レジ台の上に片足を乗せた。

「今日から俺がこの店のからあげだ。お前は俺のことを、からあげ様と呼ぶのだ。敬意をこめてなぁ。分かったか、小童!」

 さらに怪人は腕を大きく振り上げると、レジを真上から殴りつけた。雷が落ちるような轟音とともに機械はひしゃげ、破片が周囲に飛び散っていく。潰れ、お金を吐き出したレジを前にして、怪人は口角を上げ、勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 店員は赤く腫れた頬を押さえながら、ようやく体を起こす。床に座り込み、怪人を見上げるその表情には、怯えと同じくらいの色濃く、困惑が滲み出ていた。

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