第31話 正当な評価
トライデアの前夜祭、それは国王の誕生日の訪れを祝うもの。
国民は【ヴァース人の王】が過去に魔獣を退け、この地に【トライデアを建国した栄誉を称える日】だ。
【中央通り】には夜通しで屋台が立ち並び、好き勝手に食事をし、この日だけは周りの迷惑を考えずバカでかい声で【どれだけ騒いでも誰も気にしない】。
ラーちゃとへラクはその熱狂の渦の中心にいるが、その2人の溝は10歩では届かないほど広く、石畳を歩く人々によって隔てられている。
民衆の誰もが気づかないところで戦いの火蓋が切られていた。
このまま衝突すれば絶対に民間人を巻き込むはずだが、へラクは【問題ない】と言い放つ。
「『騎士団が民間人を巻き込んでも問題ない』って、どういうこと?
アンタたち、セカンドルの異界騎士団しょ!?
他所の国の騎士が暴れるのなんてジョーダンでしょ!」
「それは【私が責任を取れる】からね、問題ないんだ」
ラーちゃには理解できない。しかし彼が嘘を言っている気配は微塵もない。
次の言葉を探すまでの間に顔を真っ赤にして肩を組んだ酔っ払いたちや、綿菓子を舐めた子どもの手を繋いで歩く母親がラーちゃのたちのそばを通り過ぎていく。
ラーちゃの言葉が出てくる前にへラクは大きく腕を広げ、喧騒の中でもしっかりと通るほどの声でラーちゃに問いかける。
「折角の機会だから、後学のために【ヴァース人の君】にぜひ聞かせて欲しいことがある。
私もヴァース人のことは”理解したい”と思っているからね。
何故、君たちは我々異界人を”能力で正当に評価”しないんだい?」
「アンタ、【魔導戦争】って知ってる?10年前に終わった戦争なんだけど」
「ああ、知っているとも。大陸全土を巻き込んだ6カ国の戦争のことだろう。
【異界人と協力した3つの国が勝った】、これは異界人の実力の証明じゃないか?
それなのに【異界騎士団】という限られた特権で縛り付けておくなんて、不当な評価なだと思わないかい?」
へラクの言う通り、異界人のやれることを真っ直ぐ見てあげてないのかもしれない……
だけどね、ヴァースの人も【意味もなく怖がってるわけじゃない】よ!
「でもいちばん最初に負けたのは【異界人が支配した国】、全部を敵に回したウチの故郷だったよ!」
「ああ、ソレはお気の毒様。だけどね、それは彼らに国を統べる能力が無かったからだ。
だから滅びた。自然な歴史だ。
それともアレかい?自分の故郷を滅ぼした無能の異界人のせいで、君は憎んでいるんだね?」
「違う!私は異界人を愛してるもん!ウチを救ってくれた命の恩人だっている!
辛いときも一緒にいて、ご飯も一緒に食べて、あったかくて、素敵な歌とか楽しくなる話し方も私に教えてくれたよ!」
ウチに辛くても明るくなれる喋り方に変えてくれた。
ずっと忘れられない、ウチの大好きな親友。
「それでも彼女は国を変えられずに滅んだんだろう?やはり意味がない、評価されない人間だ」
「”ウチ”は異界人のお陰で変わったよ!アンタがヴァースの人をしっかり見てないんじゃない?」
「ズレているな、ヴァース人が異界人の功績から目を逸らしているんだ。
【適材適所】だよ。人の役に立てる力があるなら、それに見合った正当な立場を用意するほうが合理的、ヴァース人のためになるじゃないか!」
ヘラクは遠くにいるラーちゃに聞こえるような大声を出しているが、通り過ぎる人々はその話し合いを全く気にしない。
それよりも屋台に並ぶ料理に目を奪われ、”今を楽しむことに夢中”で2人の存在すら見えていない。
2人の問いかけは民衆の誰にも届いていない。
「ヴァースの人だって異界人のやってくれたことにはちゃんと感謝してるよ、ウチだけじゃない。
この国も、セカンドルの人たちもね、異界人のお陰で美味しいご飯が食べられて、いろんな本が読めて、良かったって思ってる。
それでもね、いきなり居場所が無くなりそうになったら誰だって怖いじゃん!」
「ならばその居場所も、力を持つものが与えれば解決する!
人には能力の向き不向きがあるのはしょうがない、だから【見定める者が適切な居場所】を作ってあげれば、本人も含めて多くの人が救われるじゃあないか。
私は、それでより多くの体や心の傷を【修復】できる。皆を助けてあげたいんだよ!」
「それじゃあその【見定める人】の居場所を奪ったら、その人はどうなるの?
今まで頑張って、居場所を与えてきた人から奪ったらどうなっちゃうの?」
「【見定められた者は最終的に、それが正しかったと気づく】ものだ」
「それは理不尽でしょ!理不尽で奪われたら納得できないよ!」
「必要な過程だ。そのときは苦しむが、最終的には救われたことに気がつくはずなんだ。
最も人を救える力を持った正しい管理者の秩序によってね、それが自然な歴史だ!」
「アンタのワガママでしょ、それじゃあ伝わらない人もいるよ!」
「そうか、結局君にも理解できなったか。残念だ」
笑顔はもう必要がなくなった、表情から温度が消えている。
呑気に中央通りを歩く人を剛腕で掻き出しながらラーちゃのもとへ近づいていく。
人の流れに埋もれてうまく後ろに下がることは出来ず、3歩、4歩と距離が縮まる。
「ウチらのせいで巻き込んで、ごめんなさい……絶対傷つけないようにするから!」
ウチの得意魔法は皆を巻き込むから使えない、けどね別に他の魔法も使えないわけじゃない。
あんまり強くないけど、調整して【修復】の動きを止める!
「【水球魔法】」
手のひらサイズの冷たい水の球。
当たれば痛いけど、万が一流れ弾が皆に当たっても大怪我はしないはず。
それと、体が治るらしいから単に当てるだけじゃ意味がない。
更に加速させてぶつけて、衝撃で体を引き離す!
「【風球魔法】!!」
魔法の水に風の球が重なった瞬間、杖の先端からそれが消える。
その球は人混みの隙間を、糸を通すよう繊細に通り、ヘラクの胴体に目掛けて縫い付けられるように飛んでいく。
魔法の合成による弾丸。
「へ?」
ヘラクは人混みの中から一人、傘を取り出すかのように若い女の肩を掴んでぐっと自分の手前に引き寄せる。
抵抗する暇もなかった彼女は何が起こっているか理解できない、ポカンとした表情のままヘラクに向かって当たるはずだった弾丸を破裂させた。
「いやぁああぁぁぁぁあああ!!!痛い、痛い……!!」
本来当たるはずのなかった女性から、耳をつんざくような悲鳴。
今まで異変に気が付かなかった民衆が、それを聞いてやっと【異常だった】ことに気がついた。
共鳴するように絶叫する女性、人を押しのけながらその場から逃れようとする男たち、繋いでいた手を離してしまった子ども、転んで立ち上がれない老婆。
すべてが狂乱に反転する。
「アンタ……ど、どういうつもり?ありえないんですけど!!」
許せない、無関係な人を勝手に盾にするなんて。
「気持ちは分かるよ、ラーちゃ君。どれだけ強力な武器を持っていても無関係な市民は巻き込めない。
私が転移する前、軍人だったころもよく経験してね。少しでも傷つけたら国際問題だったよ!」
「何言ってるの?この世界でもそんなの変わんないよ!」
「違うんだ、これは元の世界と違って【責任を取れる】んだ」
肩を掴んだ女性の耳元に、優しく囁くように呟く。
「大丈夫だ、ほら【修復】った!」
「あ、あ……何が、え?」
涙を流し、苦痛で歪んでいた女性の顔が安らかに、しかし何が起こっているか全く分かっていない。
恐怖の表情に変わった。絶叫が助けを乞う声になる。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……!」
ヘラクの耳に、それは聞こえていない。
震えを強引に押さえつけて1歩ずつ近づいてくる。
「待ってて、今助ける!!」
女性と目が合ったラーちゃはこれ以上怯えないよう、笑いかける。
決意を決め、体中に魔力を巡らせる。
魔力による肉体強化、普通は魔獣から身を守る技術。
今は目の前の人を巻き込んだ責任を取るために使う。
許してもらえなくてもいい。謝らなきゃ。
混乱で人が入り乱れる中、ヘラクに向かって真っ直ぐ走り出す。
「逃げて!」
恐怖から女性の体を力づくで引き剥がし、側面に押し倒す。
へラクは離した肩の代わりに、左手で金色の髪束を握りしめる。
「ふん!」
右の拳は捉えられた顔面の顎を正確に貫いた。
迷いや躊躇のない、真っ直ぐな鉄の拳。
握りしめられていた髪が引きちぎられる。
石畳に叩きつけられた女性は地面を這いずりながら離れて人混みの中へ消えていく。
「殺す気で殴ったんだが、意外と丈夫だね。まあ、顎は砕けたから魔法は使えないか」
屋台のテーブルに吹き飛ばされたラーちゃの顎の流血量を確認して、満足げにナイフを取り出した。
別れの言葉を告げに行く。
「がぁあ……」
ごめん、バァバ。
ウチね、関係ない人巻き込んじゃった。
それにクレぴーとキョウちの役に立てなかった。
見てみたかったなぁ、クレぴーたちとあの人の世界。
「君にも私の正しい世界を見せてあげたかった。
だけど君が間違った歴史を信じ続けるなら私の邪魔だ」
対話をする気はもう無い。
銀の刃が喉の位置を捉え、無機質に振り下ろされる。
「【辞書】!!」
ラーちゃとナイフの間に割り込む分厚い本。
それは投げ込まれたものではなく、急に目の前に現れた。
刃は軌道を保ったまま紙の束に吸い込まれる。殺意を殺した。
「邪魔だ!!」
横から割って入った男がナイフが刺さった本を蹴り飛ばしながら、勢いをすべて乗せてヘラクを押し離す。
鍛えられたはずの大男は想定外の方向からの奇襲に思わずよろめく。
吹き飛ばした男も反動を受けて倒れる。
背中が少し丸まり、華奢な体とメガネをかけた男。知っている姿だ。
「クレ、ぴー……」
「ラルミラ!ラーちゃを連れてここから逃げてキョウヤと合流しろ!」
「でもサイゴは……」
「読めば分かるだろ!俺がへラクを倒して止める!」
「……分かった」
何かを感じ取ったラルミラはこくんと頷き、ナイフの刺さったノートとラーちゃの背中を持つ。
小さい体で必死に引きずりながら人混みの中に向かって消えていく。
「今、私を倒すと言ったように聞こえたんだが聞き間違いかな?サイゴ君にしては論理的じゃない」
「間違っていないぜ、へラク。俺が勝つ。だけど俺もお前をできるだけ傷つけたくない!
降参してもらえると助かる」
「……私を傷つける?」
へラクの顔から今まで隠していた感情が徐々に浮き出る。
「まさか、君の紙クズみたいな超奇跡で倒そうと思ってるのかい?
だとしたら残念だ、見れば分かると思うが私は元軍人だ。
それにこの世界に来てからも訓練を怠った日はない!ジョークにしてもセンスがないよ」
「ああ、そう思うか、お前の【修復】の超奇跡は確かに凄いが、俺に勝てるもんじゃない。
まあ、お前が得意の【軍人の格闘術】でも使えば、俺に勝てるかもな……!」
ヘラヘラと笑うサイゴを見て、ヘラクは両拳を強く握りしめ胸の前に構える。
「……そこまで言うなら”実演”をしてあげてもいいよ。君の考え方を変えてみせる」




