第25話 操風の超奇跡
どうやら俺は自分の部屋の床で力尽きていたらしい。
高く登った太陽の光がまぶたを照らして深い眠りから叩き起こされる。
昨日の酒まだ残っているのか頭がズキズキと痛む。
それに身体もやたら重く──重すぎないか?
「すぅ……すぅ……」
「何でベッドから降りてんだよ……!」
背中には昨日ベッドに置いていたはずのラルミラが俺を寝具代わりにして眠っていた。
せめてもの慈悲でベッドに寝せてやったのに、あまつさえ俺を下敷きにしようとは。
どこまでも横暴だ。俺の身体に乗ったおもりを叩き下ろす。
「ぐぇ……」
落ちた衝撃でラルミラはうめき声を出すが目を覚ます気配はない。
起きてこれ以上ちょっかいを出されると面倒なので、着替えてから静かに扉を開ける。
「これは……」
俺の部屋の扉に書き置きがあった。
”お疲れのようでしたので僕とラーちゃさんで鍛冶屋に行ってきます。夕方には戻ります。キョウヤ”
どうやら昨日の深酒で昼過ぎまで寝ていたらしい。
昨日の戦闘で壊れてしまった武器を直しに行っているようだ。
かく言う俺も市場でノートに記録するためのペンを買わなければ。
「キョウヤたちが帰ってくるまでに買ってくるか……」
ラルミラを俺の部屋に置いていくのはやや気がかりではあるが、階段を降りて外へ出る。
「お、サイゴか……」
「お、おはようフィロン……」
外で待ち受けていたのは昨日の宴で俺と飲み比べをしていたフィロンだ。
彼も昨日の酔いが残っているのかあまり体調は良くなさそうに見える。
「お前も市場に行くのか?それなら一緒に行こうぜ、へラクさんも王城に行っちまってしばらく暇だったし」
「ああ、いいよ……」
既に2人ともボロボロの状態だが、屋台で買った肉まんを食べながら市場を練り歩く。
「ホントは女持ち帰るつもりだったんだけどなぁ、お前に乗せられて潰れちまった!
なかなか根性あるよなぁお前」
「根性って、無茶して酒飲むことが?」
「それもだけど、お前キョウヤかばってただろ?大切にしてんだな」
「そんなんじゃないさ、見てられなかっただけだ」
「あのモリントワームにノート持って突っ込んでいったときもか?正直あれは見てて引いたぜ」
確かにあのとき、自爆覚悟でモリントワームに突っ込んでいったのは自分でもよくわからない。
魔獣を吹っ飛ばせるくらいの魔法が発動したなら自分も巻き込まれることは分かってたはずだ。
それなのにあの時俺は足を止められなかった。その理由は俺も分からない。
「……俺はただ、思いつく最善を尽くしただけだ。特別な理由なんてない」
「そうか?あの必死さは、そう見えなかったけどな」
「……そうかな」
「キョウヤもそうだが俺はお前のそういう狂ってるところ、嫌いじゃないぜ!」
昼過ぎの市場を見渡すとは人々が活発に動き回っている。
そこでは多様な肌の色と、多様な服装の人間が入り乱れている。
この群れの中では俺たち2人を見た目だけで異界人と見分けるのは難しいだろう。
異界人は現代の知識と超奇跡以外での違いはほとんど無いのかもしれない。
「そういえばこの世界には獣人とかっているのか?」
「ジュウジン?なんだよそれは」
「あーいわゆる人の形をした猫とか犬とか、狼とかだ。それかエルフとか、人間っぽい別の種族」
「そういうことか!この世界にそういう亜人間みたいなやつはいないぜ!
残念だが指輪の支配者の物語とか、ドラゴンとダンジョンのヤツに出てくるような世界を想像してんならお門違いだな」
「そうなのか……?」
俺はこの世界に来て初めて会ったのは狼男だった。
それがこの世界に普通はいないとしたら、山賊のアイツはイレギュラーだったのか……?
「まあ気持ちはわからんでもないぜ、エルフの女とか男のロマンだもんな……!」
「そういうのじゃねぇよ!」
「ははは!一応ゴブリンとかオークって呼ばれるのもいるけどそいつらはベースが猿とか豚の魔獣だ。
社会性のある奴らはいないぜ」
意外となんでも話してくれている。
昨日の魔獣討伐とか、宴のことがあってかフィロンには結構気に入られている気がする。
「そういえば!お前がまさかラルミラに手を出すとは……いくらカワイイからとはいえ中々すげぇよな」
「だからそう言うんじゃねぇって!?」
「でもお前がラルミラと一緒の部屋入ったって聞いたぜ。
アイツ騎士団の誰にも心開いてなかったのにやるなぁ」
「アレは事故だ!俺は手を出してねぇ……!」
「ははは!!まあ、そういうことにしといてやるよ!」
心外だ。
しかしアレは俺の意思じゃないとどれだけ話しても、客観的な証拠がそれを示していないので反論は諦めるしかなかった。
本当にどこまでも邪魔なやつだ。
****
雑貨屋で目的だった20ムルドで鉛筆5本を購入した。
日本円で換算すると2000円と決して安価ではないが、これまでの羽ペンはいちいちインクにつけてから書くのが面倒だったのでそれと比べるとかなり快適だ。
本当であればボールペンとか万年筆があればよかったのだが、この世界にはまだ出来ていないらしい。
鉛筆を削るためのナイフもあわせて購入する。
目的を果たした俺たちは昨日の酔いで未だに気分が良くなかったので途中にあるベンチで少し休憩することにした。
眼の前に見える海から吹く、冷たい潮風が心地が良い。
「ノート創りの超奇跡ってハズレっぽいけど意外と気にしてなさそうだよな~」
「まあ、気にしてもしょうがないからな」
「俺の超奇跡も結構ハズレだからさ、お前にちょっと同情するわ」
「お前がハズレ?冗談だろ」
フィロンの操風は俺から見れば一級品の超能力そのものだ。自由に風を操り、空も飛べる。
「この世界の人間ってさ、風の魔法を使えるヤツがいるだろ?
そのせいで他と比べてって特別感がないんだってさ。それに火力も出せないしな。
流石に魔法と比べたら自由に動かせるが、この世界の人間である程度代用も効くんだ。
そのせいで魔王の討伐隊にも選ばれなかった」
「そんなもんなのか……?」
「言っておくがへラクさんとラルミラは違うぜ?正真正銘の本物だ。貴重すぎて前線に出せない」
薄々感じてはいたが異界人同士でも超奇跡による格差はかなりあるらしい。
「特にへラクさんは明らかに異界騎士団でトップになるべき器だ。
だけどこっちに来るのが他の異界人よりも遅かったせいで割を食ってんだよ……!」
「色々大変なんだな、異界騎士団ってのも」
遠くを見る目つきは鋭く、偽りの気持ちは見えない。
「……よかったら俺の恥ずかしい話、聞いてくれねぇか?
異界人とはいえ他の騎士団のヤツに話しづらくてな。
どうせなら部外者のサイゴに聞いてもらいたい」
「……手短にな」
****
俺は中国のあんまり裕福じゃない地方の家の生まれだ。元の名前はチェン・フェイロン。
俺が7つの頃に親父が死んでから生活は一気に苦しくなって、本当に食べるのもやっとってくらいだった。
それでも俺の母さんは朝6時から夜の10時まで働いて、俺がいい学校に行けるように死ぬ気で働いてくれたんだ。
中国でまともに貧困を抜け出すならいい大学に行くしかなかった。
お前は知ってるかもしれないが、中国の名門大学ってのは倍率20倍をは超える。まさに戦争だ。
トウキョウとかキョウトの大学なんかとは比べ物くらい苛烈だ。
第一志望の大学は1千万人のトップに上り詰めた、特別な人間しか入れない。
それどころか、俺の頭では第二、第三希望の大学に入るなんてのも相当困難だった。
俺は競争に負けた、よくいる若者だった。
進学を諦めてフリーターでやっていこうとした頃に、俺の母さんは過労で腰を痛めた。
そこから母さんは寝たきりになることが増えて、だんだん脳の調子も悪くなって、
今日食べた朝食すら昼には忘れるようになった。しまいにはクソを漏らしながら深夜徘徊だ。
介護施設いれる金なんて無いからな、俺が世話をするしかなかった。
配達とコンビニと居酒屋のバイトを掛け持ちして、6つの鍵を掛けた部屋から母さんが外に逃げないよう祈リながら働いて、仕事の合間を縫って母さんの世話をして、またバイトに戻る。
そんなことを続けてるうち、母さんをベッドに運ぼうとしときに俺は右足を骨折した。
それでも俺はバイトを辞めたら生活が出来なかったから、怪我を隠しながら続けた。
介護も同じように続けた。
知ってるか?骨折したまま歩き回ると、どんどん黒ずんで太くなっていくんだ。
細身な俺だと目立ってしまって、ある時店長にバレてコンビニと居酒屋をクビになった。
今思えば馬鹿だったな。すぐ病院に行くべきだった。
クビになった分は配達のバイトを増やして補ったが、更に足の怪我は悪化した。
母さんの病気もどんどん酷くなっていた。
正直、地獄だった。
何度か──本当に良くないことも考えたけど、大好きな母さんを見捨てるのは考えられなかった。
何で俺たち家族はこんな事になってるだ、何で俺はこんなに不自由なんだろうって、世界を恨んでた。
そんなときだったんだ。この世界、ヴァース大陸に来たのは。
森のど真ん中に捨てられて、まともに歩けなかったせいで魔獣に殺されかけたんだが、俺の超奇跡のお陰で何とか街まで逃げ延びた。
そこでへラクさんに会ったんだ。
修復の超奇跡は壊死していた右足をあっという間に治した!
あの人は国中の怪我人を一手に引き受ける、まさに聖人だった!
それだけじゃない。俺に異界騎士団って居場所を与えてくれて、金も、女も、権利も、全部手に入った!
まともに歩けもしなかった俺が、一番欲しかった自由を手に入れたんだ!!
それでも、元の世界に置いてきた母さんのことは気がかりだった。
帰る手段があるのかと聞いてみたこともあるが、誰も知らなかったから諦めた。
いや、幸せな生活を手放してまで帰る方法を探したいって考えなかったんだ。
そんな母さんを放って俺だけが幸せになってる自分が、今でも許せない……!
****
自分の過去を話し終えたフィロンは唇を噛み締め、少しの沈黙が流れる。
「お前らって元の世界に帰ろうとしてるんだろ?キョウヤに聞いたぜ」
「ああ、半年以内を目標にしてる」
「異界騎士団でも今まで手がかりを見つけたヤツはいないって話だ。
それをお前ら2人で見つけようってのか?
元の世界のことは割り切ってこっちの世界で生きてこうとは思わねぇのかよ」
フィロンの言っていることはある意味正論だ。
異界人が来て80年は経過している今でも手がかりがゼロというのは絶望的としか言えない。
それでも──
「キョウヤには俺が持ってない、大切な人の繋がりをまだ元の世界に残してるんだ。
こんな理不尽で転移させられて一方的に諦めろなんてのは不当に他ならない。
キョウヤには、俺が命を賭けてでも守るべき若者としての未来がある。それだけだ」
「そういうことか!合点がいった。お前アイツのこと好きすぎだろ!!!」
「だからそんなんじゃねぇって!」
フィロンが俺の頭を掴んでくしゃくしゃにしてきた。
今更ながら自分で言ったことが恥ずかしくなってきた。
「俺たちが元の世界に帰る方法見つけたら、フィロンにも教えてやろうか?」
「おいおい!今更どのツラさげて戻れんだよ!母さんだって死んでるだろうし……」
「だとしても、墓ぐらいは建ててやってもいいんじゃねぇか?」
「……そうかもな」
水平線に沈んでいく夕日を眺めながら、更に冷たくなる潮風を肌で強く感じた。
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