第23話 勝利の宴とこの世界の構造
かれこれ異世界に来て8日目、遂に人の住む都市にたどり着くことができた。
山賊に襲われたり、魔獣に襲われたり、騎士団に絡まれたり、クソでかい魔獣に襲われたり……
長い山ごもりだった。
”トライデア”という都市は港町であり、海を見てみると木製のボートで漁業をしている影が見える。
騎士団とともに城壁の門をくぐるとレンガ造りの建物が一面に広がり、石畳の道が張り巡らされていた。
入口から道なりに進んだ先には他の建物と比べて抜きん出た大きさの王城があり、そこに至るまでの道沿いには青果、アクセサリー、食器、書物などを取り扱う露天が数多く立ち並んでいる。
市場を行き交う人々は活気に満ちた表情をしており、手渡しで硬貨や紙幣のやり取りをしている。
街の中の隅々を見渡しても元の世界では当たり前にあった”自動車”や”携帯電話”といった工業製品は見当たらない。
かわりに馬車で荷物を引く商人、大量の手紙を抱えた配達員が目に入り、この世界が元の世界よりも前の時代、映画や本で見たような15~16世紀くらいのヨーロッパのような文明であることを確信した。
ひとつ違いがあるとしたら、火の玉を自在に曲げてウサギやヘビといった動物をかたどって子供たちに見せてまわる、魔法の大道芸人がいたことだ。
魔法は魔獣との戦いだけでなく、民衆の暮らしにも根付いているらしい。
「どうみても映画のセットなんかじゃない。今更なんですが本当に異世界に来てたんですね……」
「確かに、才伍とキョウヤはずっと森の中だったもんな。」
森の中にいた間はあくまで話を聞いただけだったものが、実物を見せつけられて元の世界とは全く別の世界に来てしまったということを思い知らされる。
「騎士団名義で宿を貸し切っていて部屋も余っているから、今日は君たちもそこに泊まると良い。
これから私たちは王城に行って報告してくるが、君たちはここで休んでいて構わないよ。
我々の用事が終わったら盛大に祝勝会をしようじゃないか!!」
「……期待しとくよ」
ヘラクに何か思惑があるのは感じ取りつつも、提案通り宿屋の中に入って待つことにした。
二階建ての宿屋は一人に一部屋ずつ割り当てられており、部屋の中には椅子と机、清潔なシーツの敷かれた大きめのベッドまで用意されていた。
シャワールームまでついていて、1人用の部屋にしてはスペースが十分すぎるほどだ。
異様に快適な空間。さすが騎士団、相当いい部屋を準備している。
持ってきたリュックから着替えと水筒の残りを確認した後、【DDノート】を能力で取り出して今日あったことを書き記そうとしたところ、いつも胸元に入れていたペンが無いことに気がついた。
「あれ、どこに置いてきたっけ……」
今日のできごとを思い返し、ノートを使っていた時の記憶をたどる。
「モリントワームの時の爆発か……!」
モリントワームとの戦闘で俺が魔法の爆発に巻き込まれたあの時にペンをなくしていた。
「新しいペン買わないとなぁ……」
ペンがないのは俺にとって死活問題だ。
異世界でのできごとをノートに記録することもできないし、俺が魔法を使うのに必要な魔法陣を書き写すことも出来ない。
しかも魔導書のストックは全てモリントワームに投げ込んでしまった。
正確に言えば魔導書の”原本”は手元にあるが、それを使ってしまうと二度と魔法陣を用意することができない。
魔法陣は書き写すのに時間がかかるから隙間の時間でできるだけ用意しておきたいのだが、肝心の筆記用具がなければそれできない。
ああ、面倒だ。
外の市場に行ってペンを買おうと思ったが、その前に今日は動きすぎた。
全身の疲労感がピークに達している。
あいつらが戻ってくるまで昼寝をしていたほうが良さそうだ。
****
「いやいや意外と報告が長くなってしまった、待たせたね君たち!まずは今回の報酬だ」
3時間ほど経ってから帰ってきたヘラクたちは報酬の5000ムルド分の紙幣を手渡してきた。
この世界の通貨であるムルド。1、5ムルドは硬貨、10、50、100ムルドは紙幣で用意されている。
紙幣には湖や山、ムルドと呼ばれる謎の男が描かれており、偽造防止のための魔力認識機構(原理は非公開)と個別の番号が記されていて、元の世界にある最新の紙幣と比べても機能的にあまり遜色がない。
馬車で移動するような時代なのに通貨は結構ハイテクだ。
話を聞くと1ムルドの価値はだいたい1アメリカ・ドルと同じくらいらしい。
(あくまでヘラクが元の世界にいたときのレートだが)
さっき市場を通ったときにパン一つが3ムルドだったので、日本円にしてざっくり50万円くらいだろうか。
命懸けの戦いだったとはいえ、結構な報酬額である。
「話には聞いてたけど異界騎士団チョー金持ちジャンね!こんだけあったらスイーツ食べ放題ぢゃん!マジ助かる~!」
ラーちゃは報酬の金額を確認してかなり舞い上がってる。
「ラーちゃ、一応確認しとくけどこれ3人分だからな……?」
「ダイジョブダイジョブ、例えばの話っしょ!てか装備とかも揃えなきゃだねー」
「何だかもう僕らと魔獣と戦うの前提みたいになってますね……」
俺とキョウヤは超奇跡の能力を除けば普通の人間だ。
命をかけた戦いをやりたいわけじゃない。
「何も敵は魔獣だけじゃあないぜ。異界人に対して全員が友好的とは限らないからな。
元の世界ほど警察組織がしっかりしてるわけじゃないから、夜道で襲われても文句は言えねぞ」
フィロンの言う通り、俺たちは初っ端から異界人を標的にした山賊たちに襲われている。
ヘラクたちのように国が運営している騎士団ならともかく、超奇跡の能力をよく思わない者や逆に利用してやろうという者もいておかしくはないだろう。
「そんなことより……おなか減った……!」
つい考え込んでしまった俺を見かねたのかラルミラが服の裾を引っ張って抗議してきた。
「そうだね!こんなところよりも店の中で話そうか!!」
俺とキョウヤ、ラーちゃに加えて異界騎士団7人が木造の酒場に入っていく。
酒場の中は大工っぽい労働者や仕事終わりの冒険者など、男女関係なく様々な大人たちで賑わっている。
きっちりとした制服を着た異界騎士団は他の客に比べるといささか目立つ姿をしている。
「ここを今日一日貸し切りたいんだが、構わないかね?」
ヘラクが切り出したのはいきなりの貸し切りのお願いだ。
そんなことをすれば──
「おい、見ねぇ顔だと思ったら騎士団様かぁ!? その鷲のエンブレム、セカンドル王国の異界騎士団だな。
トライデアの同盟国とはいえ、よそから来て庶民の店でデカイ顔するとは随分じゃねぇか!」
顔に傷の入った男の冒険者がそう言うと、周りの客が一斉にこちらに注目して静まり返った。
せっかく楽しい時間だったのに邪魔者が来た。そんな雰囲気だ。
「まあ話は最後まで聞くものだよ、君たち!別に他の客を追い出せとは言ってない。
今日ここにいる客は全員私の奢りだ!」
ヘラクの一声で今までの訝しむ視線が一気に熱狂へ反転した。
ウオォォォォォォ!と言う歓声が店の外まで突き抜けていく。
****
ヘラクはたった一声で客全員を味方につけた。
お金に糸目をつけないパワープレイではあるが、ここに至るまでの段取りが良い。
ここまでの流れがすべて見えていたようだ。
それぞれのテーブルに切り分けられたステーキ肉やソーセージ、チーズ、葉野菜のサラダに木製のグラスに注がれたビールが行き渡った。
「モリントワームの討伐成功、そして今日という日にキョウヤ君とサイゴ君、ラーちゃ君に出会えた幸運に乾杯!!」
関係ない周りの客も騎士団たちに合わせて乾杯の声が響き渡る。
タダ酒を飲めると聞きつけた客で店の中は満席になりお祭り騒ぎとなった。
完全に心を開いたのか、席を離れて騎士団と意気投合するものまで現れ始め店内は混沌としている。
「マジで同盟国の税金で飲む酒はサイコーだぜ!!!!」
「ああ!異界人ってのはどいつもエラソーで気に食わなかったが、お前らは話のわかるやつだな!」
「トライデアの異界人もお前らみたいだった良かったのにねぇ!」
「そうでしょう!我が国の異界人たちはどなたも素晴らしい方ばかりだ!
特にヘラク殿は騎士団で将来一番になるお方でしょう!」
ヘラクたちを称賛する声が辺りに聞こえる。
そんな話をする人を尻目に俺とヘラクの2人は同じ机に腰掛ける。
皿に載せられたステーキ肉にフォークを刺して口に運び、ビールで流し込む。
「どうだい?この世界の料理も結構うまいだろう!」
「ああ、想像よりもずっとうまい……」
よく焼かれた赤身肉にはしっかりと塩で下味がついており、臭み消しのコショウも充分な量が振られている。
ビールはあまり冷えているとは言えなかったものの、芳醇な香りは元の世界と大きな違いはないように思えるほどだ。
「異界人がこの世界に与える影響は何も、超奇跡だけじゃない。
例えばこのビールは60年ほど前に来た酒狂いのドイツ人が効率的な製造法を確立してこの大陸に広めたものだ。
それに昔のヨーロッパじゃ高級品だったコショウもこうして庶民の店に惜しみなく使われるほど身近なものになっている。これも異界人が魔法を利用した栽培方法を発見して、農場を作ったからだね」
「……なるほど」
「食べ物に限った話じゃあないぞ。あのウエイトレスが着ている──やたら胸元が見える服もドイツの民族衣装のディアンドルを元にデザインしたもので、支払いに使う通貨はインド人の学者であるムルドという男が作り上げたものだ」
「……もはや異界人はこの世界は文化レベルで密接に関わってるってことか……?」
「そうだね、全体の文明レベルとしては15~16世紀のヨーロッパに近いが、部分的に突出しているのは異界人のものと考えて間違いない」
だんだんこの世界の輪郭みたいなものが見えてきた。
異界人は超奇跡と現代知識の両軸で文明に影響を与えている。
「この世界──正確に把握しているのはこの大陸、ヴァース大陸だけなんだが、120年前までは元の世界のヨーロッパと同じような歴史を辿っていた。
ドイツとかイタリアの要素が一番近いかな。石炭による第一次産業革命が起こる直前までは来ていた。」
ヘラクはこの世界の歴史を語り始める。
「しかしその120年前に異変が起きた。魔獣の出現さ、ヤツらは魔力と呼ばれるエネルギーによって身体が異常発達していて、普通の動植物とは一線を画した生命力と知性を持っている。
当時の国は魔獣によって全てが崩壊してしまった。
今までの剣とか大砲みたいな武器じゃ全然対抗できなかったみたいだね。」
「そうして追い詰められた人間が発明したのが魔獣と同じ、魔力を利用した技術──魔法さ。
一度は住処を亡くした人類は魔法によって20年かけて街の一部を取り戻し、新しい6つの国ができた。
ちょうど今から100年前のことだね。」
「……魔法の始まり自体は異界人の出現と関係なさそうだな」
「そう。文明も少しリセットはかかってしまったが、異界人なしでもある程度の暮らしは確保できていたみたいだ。それでも領地も人口に対して全然足りていなかったようだけどね」
魔法の始まりが魔獣を討伐するためのものというのはラーちゃが話していたことだ。
「それぞれの国同士は魔獣のせいでまともに連絡を取り合うことすら困難だったのもあって、文明の進みは遅くなっていった。ほぼ詰みかけていたと言ってもいいだろうね。
そこで、今から80年前現れたのが異界人。現れた当初は言葉すらまともに通じなかったらしいが、いつからか言語によるコミュニケーションができるようなり、異界人は超奇跡と異界の知識による恩恵を授けたと言われてる。
そして彼らは魔獣の討伐にも貢献して、それぞれの国の発展に大きく発展したんだね」
「……それで”異界騎士団”みたいな組織ができたのか」
「まあ騎士団じゃない異界人もいるにはいるがね。今生きている異界人の多くは何かしら組織に所属していると思っていい」
ヘラクの話す内容の真偽はともかく、俺が今までこの異世界で見てきたものと比べて矛盾がないのは確かだ。
俺たちに今更嘘をつく理由もなさそうなので、ある程度信用できる情報だろう。
「お前らがこの世界に来たのはいつだ?」
「私は6年前、フィロンとラルミラは5年前だね。君たちが来るまでは私たちが最新の異界人だった。」
「……異界人が来る周期とか、法則性はあるのか?」
「分からないね。異界人は不定期に現れるが僕らの世代までは結構な頻度で来ていたみたいだ。
最近は新しい異界人が現れなくなったのでもう来ないものと思われてたらしいが、あいにく君たちが来たというわけだ」
皿の上にあったステーキ肉とソーセージを手づかみで一気に平らげ、一通り話し終えたヘラクはビールを一気に飲み干す。
もともと眩しい笑顔が一層輝きを増したように見えた。
「……お前がこんなに丁寧に説明してくれるのは──」
「そう!君たちにも是非我々の異界騎士団に入団して欲しいということさ!」
こいつの話の持っていき方は鮮やかだ。
俺たちが異界人と分かってから超奇跡の実力だけではなく、上質な宿の提供、充分な討伐報酬、民衆を味方につけるカリスマ、それを実現できるだけの資金的な余裕を、これまでの流れで見せつけられている。
こいつは言葉だけでなく、これまでの行動すべてで俺たちを説得しようとしている。
すべて計算済みのようで気持ち悪いくらいだ。
それでも引っかかるところはある。
「1つ聞きたいんだが、今までこの世界から元の世界に戻ったヤツはいるのか?」
「……少なくとも私は聞いたことがない。例え帰りたいと思っても手がかりがないからね」
「……そうか」
「まあ、たいていの異界人は帰還を諦めてヴァース大陸に永住することを選んでいるはずだ。
さっきも言った通り知識の持ち込みで生活は豊かになりつつあるから意外とギャップなく暮らせるはずだよ」
俺たちの目的は”元の世界に帰還すること”だ。キョウヤには元の世界に家族や彼女が待っている。
それを放棄してここに永住するというのは、今のところあまり考えたくない。
そうなると俺達の目的と異界騎士団の”国に繁栄をもたらす”という目的とはズレているような気がする。
「……それと異界騎士団ってのは具体的に何をする組織なんだ?キョウヤの逆境の超奇跡ならともかく、俺のノート創りの能力じゃ魔獣の討伐なんて出来たもんじゃないぞ」
「目的は魔獣の討伐による資源と領地の確保、異界人の知識による特定分野の発展だね。
言ってしまえば異界人とこの世界の原住民であるヴァース人による何でも屋といってもおかしくない。
基本は国からの指示で異界人とヴァース人を組み合わせて割り当て、
適切な仕事をしてもらうと言った感じさ。戦闘力がすべてじゃない」
「なるほどな……」
キョウヤだけでなく俺も勧誘の対象になっているという話も納得できる。
しかし正直ここまで体制が整備されているなら、俺みたいな一般人はさして必要のない人材ではないだろうか。
やはり本命はキョウヤの強力な超奇跡が目当てなような気もする。
「それと時々話に出てきた”魔王討伐”ってのはなんだ?この世界には魔王がいるのか?」
「ざっくり話すと”魔王討伐”というのは魔獣から奪われた土地を一気に取り返すための、同盟国による一大プロジェクトのことさ。一説によるとこの大陸の中央部には”魔獣を統一する存在がいる”ということで、それを同盟国の異界人を出し合って探し出そうとしているところだね。
”魔獣を統一する存在”のことの通称として”魔王”と呼んでいるのさ」
「話を聞く限りだと想像以上にしっかりしてる組織だが、お前は俺たち──というかキョウヤに何をさせたいんだ?」
「絶対に魔獣討伐をさせたいわけじゃないよ。さっきも言った通り人には適した仕事がある。
それは騎士団に入ってから見極めればいいことさ!」
確かに”入団してから自分にあった仕事をすればいい”というの筋が通っている。
しかし、キョウヤの場合はどうしても超奇跡の特性を見て、戦闘向きだと判断されてしまうだろう。
そうなれば流れで魔獣討伐に駆り出されてもおかしくない。
そうなったら、この世界からの脱出から遠のいてしまうのではないか。
考えてみるとこいつの理論には穴はある。しかし、”異界騎士団に入るべき”と思わせるだけの説得力もある。
しかし、一番の疑問は──
「何故、俺にだけこの話をするんだ?勧誘するならキョウヤにも一緒に話すべきだろう」
「それは、サイゴ君自身がよく分かっているんじゃないかな?」
「……」
ああ、恐らくだがヘラクはキョウヤが一番欲しいと思っていて、それを実現するにはキョウヤ本人に直接話すよりも信頼されている才伍に説得させたほうがいいという判断なのだろう。
つまりキョウヤのバーターとしてついでに俺を入団させるつもりなのだ。
本当に計算高い、こいつは……
「おい隊長さん、お前良い筋肉してんじゃねぇかよ……」
酒を手にした大男がヘラクの後ろから肩を掴んだ。
「何だい君は、今は大事な話を……」
「今そこでアームレスリングしてんだがよ、アンタならあの豚の連勝止められるかなって思ったんだが、期待違いだったか……?」
「何!?筋肉で私が遅れを取るわけがないだろう!今すぐ勝負させたまえ!!!」
ヘラクは安っぽい挑発に乗せられて自分より体格の大きい大巨漢の待ち受ける樽のテーブルに向かっていく。
「私は魔力なしでやるが、君は魔力強化ありの全力でやってもらって構わないよ!!」
「なんだと……!」
大巨漢はこめかみに血管を浮かべて興奮が高まっていく。
両者ががっしりと手を握り樽の上に肘を乗せて構え、開始の掛け声。
決着は一瞬でついた。
大巨漢は魔力なしで最初は抵抗していたが、びくともしないヘラクを見て顔色を変え、全力で魔力を込めるも状況は逆転せず一方的に倒されてしまった。
へラクの圧勝に周りにいた客が湧き上がる。
「アメリカ軍仕込みの筋肉とアームレスリングスキルだ!私は無敵だよ。次の挑戦者は誰だい!?」
どうやら筋肉のことには絶対の自信があり、そのことになると周りが見えなくなってしまうらしい。
ヘラクはさっきの勧誘の話など忘れて次の試合に夢中になっていた。
「それで、俺の勧誘の話は……」
ヘラクに話しかけようと思ったが、次の試合が始まってしまった。
「まあ、明日でいいか」
面倒そうになってしまったので答えを出すのはあとに回して、キョウヤたちの様子を見に行くことにした。




