第22話 超奇跡たる理由
耐え難い傷と痛みだった。
多分だが、人生で一番だった。
最初に両手が無くなって、次に脇腹、頬と耳、左足……
傷口から血が出る前に肉が焼けていく。
悪夢でも見たことのないくらいの絶望で、絶対に逃げられない。
不可避の死、そのはずだった。
真っ暗になった世界で、頭の後ろにゴツゴツとした感覚。
岩や石にしては温かいし、細かな振動を感じる。
だんだんと頭から上に身体を引っ張られる感覚。
視界に一筋の光が入り、それは段々と大きくなっていき、まだ自分が瞳を開けることに気がついた。
ここは、天国?いや──
「大丈夫かい?サイゴ君!」
天使がこんなゴリラなわけがない。
眼前に広がった、つるっぱげの、影のできた満面の笑み。
目を覚ますと筋肉を纏った男の膝の上。
俺の顔を見つめている細めた目には何故か母性の宿っているように感じがした。
人生で二番目の恐怖だった。
「ぎゃぁぁぁああああああ!!!!???」
「おいおい、命の恩人に対してそのリアクションは酷いじゃないか!?」
思わず人生で一番の悲鳴を上げて立ち上がる。
周りを見渡すとヘラクの他にラーちゃと、ラルミラ、フィロン。
そして、キョウヤもいた。
全員が無事生還している。
「サイゴさん……本当に生きててよがっだ……俺のせいで死んだと思って……」
キョウヤはボロボロに涙を流して俺の肩を掴んだ。
「そんなことより、お前ひどい怪我だっただろ!?大丈夫か?」
「僕もへラクさんに治してもらいました。サイゴさんほど酷くはなかったし……」
僕もということは俺もへラクの修復の超奇跡で治療してもらったのだろう。
(というか、全身から血が出まくってたキョウヤよりもひどい怪我だったのか?)
「爆発に巻き込まれて全身バラバラだった……生きてるのが不思議」
「本当にはらわたとか全部出てるのグロすぎて、キョウちとミラちゃんめちゃくちゃ泣いてたかんねー」
「それは、言わなくていいのに……」
ラルミラの顔をよく見てみると目尻が赤く泣いたような跡が見える。
キョウヤはともかく、ついさっき会ったばかりのラルミラもショックを受けるとなるとかなり凄惨な状況だったのだろう。
それに比べてずっと冷静なラーちゃは冒険者の仕事でこういうのに慣れているのだろうか。
「まずはナイスファイトだった!君たちのお陰で無事魔獣を討伐できたよ!あれが街に到達していれば確実に死人が大勢出ていただろうね」
ヘラクが笑顔で話す。
「魔法も効かないクソでかい魔獣が歩くだけでも台風とか地震レベルの災害と同じだろう。あんなのが頻繁に湧いて出るとしたら相当ヤバいだろ、この世界」
「いや、流石に今回のはイレギュラーだ。モリントワームは結構前に絶滅してたって話だったがあれほど凶暴な魔獣なんて情報は無かった。そもそも魔法が通用しない魔獣なんてのは聞いたことがない。」
フィロンは手を横に振って否定のジェスチャーをする。
話を聞くと異界騎士団とやらの主力が不在の状況で、即席の魔法部隊を仕方なく編成して見事返り討ちにあっている。
どうやら彼らも本意ではなく、間違いなく非常事態だったらしい。
「魔法って魔獣を倒すために生まれたモンだからねー。あんなのはウチも冒険者やってて初めて見た!」
「本当にこんな調子で大丈夫なのか?異界騎士団ってのは」
「今回編成した部隊はいわゆる魔王討伐の残り物で編成してるから戦闘向きじゃなかったというのはあるだろうね。
討伐隊メンバーの異界人ならもっとうまくやれたかもしれないが、今回はこれがベストだと判断したんだ。結果的に君たちに会えたから正解ではだったね。
それにしても現地で新たな異界人に会えるとは本当に私たちは恵まれているね!」
「他の異界人がお前らより強いってどんだけヤバい奴らなんだよ……」
HAHAHA!と愉快そうに笑うヘラク。
こいつは出会ってからずっと笑顔を崩していない。
目的のためであれば味方であろうと容赦なくナイフで刺す男であるというのはさっきの戦闘で見ているが、肉体を治療してもらったというのも事実だ。
間違いなく命の恩人ではあるのだが、そもそもコイツらと出会わなければこんな危険な目に遭うこともなかったのでは。
色々文句は言いたいが、このヘラクという男に突っかかると更に面倒ごとに巻き込まれそうだ。
ここはぐっと飲み込む。
「そういえば、ヘラクの治療って寿命を対価にするんだったよな。俺らの寿命ってどんだけ減ったんだ?」
「キョウヤ君が3年、サイゴ君が15年ってところかな?ああ、でも安心してくれ。
今回は緊急の依頼だったから特別サービスでストックから消費している。」
「ストック?」
「私の治療で消費する寿命はストックできるんだ。」
「は?」
本人の寿命があるから無制限に治療できるものではないと思っていたが、そうなると話は変わってくる。
「ストックというのは【他人の寿命を別の人の治療のために貯めておける】ということですか……?」
「ああ!キョウヤ君の認識で間違いない。私が他人を治療するときのルールとして、必要な分の寿命に追加で3割の寿命をストックとしてもらうことにしているんだ。
3年必要な人間に対しては追加で約1年、合計4年分の寿命だね。
私の能力は怪我も病気も直せてしまうから、こうしないと治療する人間が殺到してしまうんだ。致し方ない措置なんだよ!」
だんだんヘラクのやっていることが見えてきた。
寿命という制約こそあれど、四肢が吹き飛んだ死にかけの人間を蘇生できるくらいの治療能力だ。元の世界の医学を超えたカミサマみたいな力。
それを”異界騎士団”という組織でくくりつけて国が管理する。
凄く納得できる話だ。
筋肉ゴリゴリの武闘派に見えるヘラクが戦闘向きでないという意味がわかる。
こいつが万が一死んでしまえば国にとってとんでもない損失だろう。
だから魔王討伐とやらにも戦闘にも参加していないし、寿命をストックさせてヘラク自身を修復できるようにしている。
いざ戦争になれば絶対に倒れない不死身の兵隊だって作れるかもしれない切り札だ。
こいつは最強の医療インフラであり、最強の兵器になりうる。
どんな国だって欲しがるし、持っているなら死ぬほど手放したくはないだろう。
「……そういうことか」
「今回のモリントワーム討伐もかなり国に引き止められたんだが、同盟国の危機となっては意地でも止めないといけないからね。説得が本当に大変だったよ!」
異界人ってのは相当特別扱いされるらしい。
修復の他にもラルミラの読心、フィロンの操風。
これらの能力が本物であるのはモリントワームのときに見せつけられた。
ちょっとした特技とかのレベルではなく、超奇跡というのはそれぞれが文字通りに人知を超越して、社会に強大な影響を与えているかもしれない。
それを集団として国が管理しているのだから、異界騎士団というのはとんでもない組織なのではないだろうか。
そんな想像が膨らむ。
「ここは比較的安全なエリアと聞いて入るが、まぁこんな森中で話していたらまた魔獣に会うかもわからない。君たちもトライデアに向かうだろう?
私たちも報告のために行くつもりだから一緒にどうだい?」
「討伐の報酬も渡さなきゃいけないしな。どうせなら街の案内でもさせてくれ。」
「……というか拒否権はないよ。一緒に来て……」
何だかこいつらの思惑通りに物事が進んでいるようで気味が悪いが、俺とキョウヤはこの世界についてまだ何も知らない。
異界人の先輩と話をするのは普通に合理的ではある、気がする。
それでもやっぱり面倒ごとに巻き込まれそうな──
「……サイゴさん、気持ちは分かりますが多分一緒に行ったほうがいいですよね。
元の世界に帰るための手がかりだって見つかるかもしれませんし」
「異界人と話す機会ってメッタにないからウチもお話したいなー、なんて……」
どうやら俺の顔に”行きたくない”と出ていたらしい。
キョウヤの言っていることは筋が通っているし、恩人であるラーちゃの意見も尊重したい。
「……分かったよ。トライデアまで案内してくれ」
****
当初の目的通り、川沿いの街道を下り続けてトライデアへ徒歩で移動を続ける。
モリントワームに敗れて治療を受けていた4人の魔法使いも合流していた。
トライデアまではここから2時間ほどかかるらしく、現代人にとってはなかなかハードな道のりだ。
俺から”フィロンの操風でみんな移動したらいいのでは”と提案したところ、
「俺の超奇跡は立体的に軌道をイメージするから集中力が必要なんだよ。
行きもしんどかったのに3人も増えたらゲロ吐くわ!てかもう無理、寝る」
とのことでそのまま眠ってしまった。
大の大人が居眠りして、部下っぽい人に運ばれている姿は少しシュールだ。
「ああ、あなたが異界の方でありますか!ご協力、誠に感謝します!」
お辞儀して感謝を深々と述べたのは、ヘラクたちと一緒に来ていた魔法使いの男。
魔法使いといってもよくイメージするようなトンガリ帽子のローブ姿ではなく、きちんとした騎士団の制服だ。
魔法使いたちは三銃士の映画で見たようなマント姿で、胸には鷲のような金の刺繍がされている。
腰にはレイピアの代わりに魔法の杖をぶら下げていて、兵として訓練されているのか全身にバランスよく筋肉がついており、体つきもがっちりしている。
野盗のような適当な集団ではなく、統率が取れた組織であるというのは間違いなさそうだ。
「礼ならキョウヤとラーちゃに言ってくれ。俺は何もしてない……」
「いえ、あなたの爆発する魔法でモリントワームを討伐されたと伺いました!
異界の方は魔法の扱えないとのことでしたが、あの魔獣に通じるほどの威力だ。
かなりの鍛錬を積まれたとお見受けする。素晴らしい技術をお持ちでしょう!」
どうやらモリントワームを葬るほどの魔法を俺が使えると勘違いしているらしい。
魔導書に魔力を流し込んで魔法を使ったのはモリントワームのほうだ。
「……俺が使ったのは魔法じゃない。超奇跡の力だ。」
念のため魔導書のことは伏せておく。
魔導書制作者のバァバいわく”今の世には残っていない技術”なので、変な広まり方をしたら面倒になりそうだからだ。
それに”魔導書を他人に使わせたり、じっくり見せたりしない”というのをバァバとも約束している。
ヘラクたちには既に読心の力でバレてしまっているのは少し気がかりではあるが、「魔導書のことは秘密にしてくれ!」なんて馬鹿正直に言ってしまえばやすやすと彼らに弱みを握られてしまう。
今後の取引も考えてここは魔導書には言及せず黙っておくほうが懸命だと思った。
まぁ、この考えが読まれてたら終わりなんだが。
「なるほど、遠くで戦いを見ていたときに強い魔力反応を感じたのですが、超奇跡の力だったのですね!
魔導に干渉できる超奇跡があるとは興味深い!
ぜひ良ければ今度──」
「ああ、考えておくよ」
予想以上の食いつき方だったので早めにはぐらかす。
墓穴を掘ったかもしれない。
「色々かんがえてるんだね」
一番いてほしくないやつが俺の後ろにいた。
「……ラルミラ、もしかして見てたか?」
「ふふ、今は黙っておくよ……!」
今まで全部隠してたのが全部台無しになった。
なんてやつだ。
「あ、ラルミラ殿も討伐お疲れ様でした!獅子奮迅の活躍とお聞きしております!」
「うむ、よきにはからえ~!」
(どちらかというと獅子身中の虫だったけどな。本当に迷惑な……)
「むぅ……」
ラルミラがこちらをじっと睨みつけて無言の圧力を放つ。
声にはしないものの「バラすぞ」と目で訴えかけているように見えた。
「あーそうです!彼女は大変活躍しておりました!
まさに唯我独尊、自信過剰、傍若無人、付和雷同、猫に小判の八方美人!
すばらしい性格の持ち主ですよ、ホント」
「美人じゃなくて、カワイイっていってほしい」
どこまでも気に入らない。
秘密であるはずの心を勝手に覗いてきては、ちょっかいをかけてくる。
ゴミ袋を漁るカラスのような女だ。
小さくて白いウサギのような見た目とフワフワした雰囲気に騙されてはいけない。
「……今更なんだが、この世界の人は全員日本語が分かるんだな。獅子奮迅とか、ことわざっぽいものまで知ってるとは。」
「いえ、我々はニホンゴは話せませんよ。今話しているのはアークデア語です」
「へ?」
今まで疑問に感じる暇さえなかったが、俺たち日本人がこの世界に来てから言語によるコミュニケーションに困ったことがなかった。
魔導書などの本に書いてある文字でさえ日本語で書かれていたのでそもそも公用語が日本語なものと思っていたが、そもそも全く別の言語で会話していた?
「私が今話してるのもロシア語。この世界ではどんな言葉でも自分のわかる言語で勝手に翻訳される。声はもちろん、口の動きや文字の形まで調整されて認識される。」
「超奇跡といい、マジでどんな仕組みなんだよこの世界は……!」
「そのお陰で我々と異界人が出会えたのですから、この仕組みを考えた人には感謝しなくてはいけませんな!ははは!」
あきらかに常識から外れた情報の数々に圧倒されて街道を歩いているいるうちに、川の終端──海が見えてきた。
川と海の境には城壁によって四方を囲まれた巨大都市、トライデアが遂に見えてきた。
俺たちが異世界に来て初めて訪れる人の住む街に胸を踊らせていたのは多分キョウヤも同じだろう。
異世界から戻るための冒険が遂に始まる。




