第16話 1週間の準備
オサガオを倒して夕飯を食べたあと、ラーちゃが『元の世界の話をして欲しい』というので全員がリビングで集まることにした。
「──って感じで、俺は28年ぼーっと生きてたわけ。」
「クレぴーの話、地味!!てか童貞なんだ笑」
どうやらこっちの世界でもこの年齢まではいくのは珍しいことらしい。
「俺だって努力はしてたぞ!?それにキョウヤだって──」
「あ、僕は違いますよ。」
「チクショォオォォォ!!!」
どうやら味方はいないらしい。
ラーちゃはソファーに寝転びながら話す。
「やっぱりそっちの世界、面白そう──」
「そーでもねぇぞ!電車は人に挟まれて苦しいし、会社で働くのはしんどいし、しかも行き過ぎた情報社会が──」
「でも、帰りたいんでしょ?」
こいつは時々核心を突く。
「キョウちは家族のためって言ってたけど、クレぴーは大切な人がいなくても帰りたいくらいな良い世界なんしょ?」
「……まぁな。好きなアニメの2期がまだ観れてないし、ラーメンガイドのお店は半分しか行けてないし、マッチングアプリが負けっぱなしってのがモヤモヤするしな。」
「僕も折角勉強してたのに大学いけなくなるのは嫌です。卒業まであと少しなのに、友達とも話し足りていない。」
バァバは羨むラーちゃの顔を覗き、眉をひそめる。
「いいなぁ──」
溶けるように囁いた言葉は暖炉の薪が弾ける音にかき消された。
****
翌朝。
「俺たち、そろそろ街に向かいます。短い間ですがありがとうございました。」
「もういくのかい。」
「はい、できるだけ早く元の世界に戻りたいので。」
「2人とも急ぐのはいいんだけどサ、そのままで行ったらまた魔獣に襲われるくね?」
「「……確かに。」」
当たり前のことを思い出した。
「バァバさ、レガシーすぎワロタって感じだけど、魔導書ってまだ残ってたよね?この人たち杖は使えなくても、あれ使えば──」
「あれは渡せないよ。1点物だからね。」
「魔導書?」
魔法は杖で唱えるものと思い込んでいた。
「うん、今は全然バズってないけど魔導書使えばパンピーでも魔法は使えるらしーよ☆」
「魔力は必要だがね。それに魔導書は使い切りだ。」
「あーそういえばジィジとのラブメモリーっていってたもんね。渡せないか。」
「魔導書なんてものがあるなら街に行って買えば良さそうだけど──」
「売ってないだろうね、原料がもうないんだから。」
「まじか……」
非力な俺たちでも何とか戦闘できるものかと思ったが肩透かしを食らった。
(いや待てよ、魔導書ってことは……?)
「バァバさん、もしかしてその魔導書って手書きで作ってるのか?」
「ああ、死んだ夫との共同著書だよ。」
「魔導書を譲らなくてもいいから、実物を読ませてくれませんか?」
****
「間違っても魔力流すんじゃないよ。」
2階の書斎に入り、バァバに魔導書の実物を取り出してもらう。
魔導書の隅々を確認して頭の中にイメージをインプットする。
「よし、【魔導ノート】!」
唱えた瞬間、バァバの魔導書と同じ形をした本が手元に現出した。
「これは、複製かい?」
「そんな大したもんじゃないですよ、ほら中身は白紙だ。」
創り出したノートのページをペラペラと開いて見せるとすべてのページが白紙だが、ノート自体の形や紙質は本物の魔導書と同じものができている。
「……こりゃ驚いたね。本当に魔導書そのものだ。」
どうやら俺は元の世界のノートだけでなく、この世界のノートも創ることができるらしい。
「バァバさん、もしよろしければこの魔導書、俺に写させて貰ってもいいですか?」
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1泊で出発する予定だったところ、魔導書の複写のため追加で1周間の期間を設けることになった。
その間、キョウヤはラーちゃと庭で『魔動カカシ』と呼ばれる道具を使って戦闘訓練を行う事になっている。
魔導書は右ページに『魔法陣』、左ページに『前のページの魔法陣の詳細』が記載されており、それぞれを見比べながら複写していく。
15ページ程度しか無いのですぐに終わるかもと思ったが魔法陣の紋様は想像以上に細かく、1日あたり5ページが限界だった。
「何で魔導書が消えてったか分かるかい?」
書斎でバァバの問いかけに答える。
「原料がなくなったからって言ってたじゃないですか。」
「あれはね、私が滅ぼしたんだ。」
「……そりゃなんで。誰でも魔法が使える道具なんて便利じゃないですか。」
「誰でも魔法が使えるから問題だったんだよ。今から15年前、『魔導戦争』って戦いがあった。あれは異界人も巻き込んだ最悪の戦いだった……」
「15年前……?」
「国々が3つの勢力に分かれてそれぞれ領土と権利のために戦った。魔法と異界人を全力で使った戦争はこれが初めてで、史上で最も多くの人が死んだ。そこで最も人を殺したのが、魔導書だった。」
「兵器として優秀すぎた?」
「その逆さ、効率は最悪だったんだよ。だけどね、敗戦直前まで追い詰められた国は魔導書を兵隊どころか、『子ども』や『足の折れた怪我人』、『老人』、『妊婦』までに持たせて戦わせた。」
「……そういうことか。」
「魔力さえ流せれば何でも良かったのが失敗したのさ、私たちは最悪の罪人だ。」
非戦闘員が戦闘に参加する、元の世界でも最悪の結果になることは容易に想像できた。
「私たちは最初、特殊な技術を持たなかったとしても魔獣から身を守り、魔法で生活を豊かにできると理想を抱いて開発していた。あの頃は幸せだった……!」
「……俺がそれを使おうとしてることはどう思うんですか?」
「正直、今すぐにでも魔導書を破り捨てたい。これ以上私を苦しめないで欲しいと思っているよ。」
「それなら何で──」
「魔導書を使うにあたって条件がある。」
静かに、押しつぶすような声だ。
「まず、魔導書は他人に対して使わせないこと。じっくり見せるのもなしだ。」
「それは問題ないです。俺が人にノートを渡そうとすると燃えるようになってるし、好きなタイミングでしまうことができる。」
「……2つ目は魔導書をラーちゃのために使うこと。」
「え?」
「3つ目はラーちゃをお前たちの旅に連れて行くこと。」
「なんでそうなる!?ラーちゃは俺たちの旅に関係ないでしょ!?」
「ラーちゃはね、ずっと異界に憧れてたんだ。昔に会った異界人に影響されて言葉遣いまで真似するくらいにはね。」
(やっぱりあれ、異界人の影響か……)
「でもバァバと2人暮らししてるんでしょ?アイツが行きたいと言えるとは思えない。」
「こんな老いぼれに付き合わせて、年頃の女が外に出られないってのは酷いだろう?それにさっきの戦争の話の続きだけど──」
大きく息を吸い、頬に涙が伝う。
「ラーちゃの両親を殺したのは私だ。私の兵器で殺したんだ!!」
「でもここまで育ててきたんだろ?だったら──」
「もう、私を解放してくれ。耐えられないんだ……」
短い間だが、一緒に過ごしてバァバの愛が本物だったことは伝わっていただけに、胸が苦しい。
「分かった。ラーちゃも俺達と一緒に連れて行くよ。」
「……ありがとう。」
俺の右手を両手で強く握る。その震えからは悲しみと少しの安堵の感情を感じた。
「……こんなこと尋ねるのもどうかとは思うんだけど、年頃の女の子が男2人のパーティーに入るのってどうなんだ?」
「ラーちゃはお前らより数段強いから心配ないよ!」
「そりゃそうか!」
緊張が解けた2人は大笑いした。




