第15話 炎と逆境
焼いた魚を左手に持ち、キッチンに戻る。
「おー焼けた!?てかキョウちは?」
「……アイツなら出ていったよ。」
「え?どこに?」
「多分街の方。」
「えー!!!この辺夕方になるとオサガオが降臨してパネぇから止めないとダメだよ!」
「アイツって朝顔だから朝が活動時間じゃないのか?」
「オサガオは朝顔、昼顔、夕顔、夜顔をオール・インした顔族の長、ハイブリッド・デリシャス・デンジャラス・プンプン・ドリーム・モンスターだから夕方も動けるの!」
意味不明の説明だ。
「何じゃそりゃ。夕顔はウリ科だろ。」
「アイツ夕方が1番バリ盛れてるつよぴだから早く行こ!」
「……放っておけよ。あいつ、この家のモン奪って逃げようとしてたんだぜ。」
エプロンを脱いで扉を開けようとする彼女を呼び止める。
「え、そうなの?てかもしかして、クレぴーケンカした?」
「……そりゃそうだ、ラーちょたちを襲って早く元の世界に帰りたいとかふざけたこと言い出すから。」
「多分、それだけじゃなくない?」
全て見透かされているようだった。
「アイツ、俺がいらないって言ったんだ。役立たずのくせに仕切りだそうとするなって。それに言ってることが矛盾してて、お前のせいで死にそうにもなったって……」
ついさっき言われたことを話すたびに声の震えが大きくなる。
「全部本当のことで言い返せなかった……俺は、俺の自己満足にアイツを巻き込んでたんだ……」
自分の不甲斐なさに耐えきれず、溢れる涙を抑えられなかった。
「……でもさ、一緒に元の世界に帰りたいってマニフェストはマジだったんでしょ?」
「あぁ……」
「だったら間に合うっしょ!クレぴーとキョウちズッ友だし!」
「ズッ友って、出会って2日だぞ……!」
「よく言うじゃん!『出会って5分は初見、それ以外はすべてズッ友』って!」
「何じゃそりゃぁ……」
すべてが無茶苦茶だが、理屈で示せない説得力があった。
****
「またこいつか……」
街を目指して川沿いを歩いていたキョウヤは夕顔の顔をもつ魔物、オサガオと再び相対していた。
「流石に2度もやられるほど間抜けじゃない!」
体に向かって飛んできたツタを左右に躱し、伸び切ったところ斧を叩きつけて次々と切断していく。
次のツタを用意する隙をついてオサガオとの距離を即座に詰める。
(お前が植物だとしたら、エネルギー源は根っこだよな!)
オサガオの足に当たる部位に照準を定めて斧を振り下ろす。
全体重を乗せて勢いをつけた一撃は、狙い通り根っこと分離させることに成功した。
「これで……って、うおっ!」
根っこを切断されたはずの魔物だったが、体内に残るエネルギーを使って最後の抵抗とばかりにキョウヤの首を締め付ける。
「ぐぅぅうう!舐めるなぁぁぁぁあああ!!!!!!」
首に巻き付いたツタを両手で力強く引きちぎる。
魔獣の抵抗を『逆境』と判定したキョウヤの能力が限界以上の筋力を発揮した。
「はぁ、はぁ。僕だけでも、やれる……!」
オサガオは完全に停止、初の魔獣討伐に成功し、安堵の表情を浮かべる。
その瞬間──
「え!?」
キョウヤの背後から伸びたツタが両手両足に力強く巻き付く。
「もう1匹いたのか……!」
逆さ吊りになりながらも、無傷のオサガオが立っている姿を視認。
巻き付いたツタはオサガオ本体を中心にするようにしてキョウヤをグルグル巻きにしていく。
(僕の怪力を見て、体の自由を奪うことを学習してたのか……?)
完全に身動きが取れなくなったキョウヤの首にとどめのツタが巻き付いた。
****
「キョウヤ!!!」
オサガオに捕らえられたキョウヤを発見し、急いで走り出す。
「クレぴーストップ!ツタに捕まる!」
「ぐっ!」
足元に伸びていたツタを飛び跳ねて躱す。
「アイツ、魔法で何とかできないか!?」
「あの距離で密着してたらウチの炸裂破片魔法に巻き込まれて爆死っしょ!」
オサガオはキョウヤにを捉えるのに大半のツタを使っているが、数本は自身の周りに漂わせ迎撃の体制をとっている。
「でも、あの本数なら……」
覚悟を決める。
「【ノートブック】!!!」
手元に現出したノートを右手で抱え、オサガオに向かって全力で走り出す。
「クレぴー!!!」
予想通りツタが迎撃を行い、左手に巻き付くも構わずに接近する。
(俺のノートは魔物に譲渡しても燃えることは無い──)
「けど、キョウヤなら!!!!」
オサガオに密着し、ノートを夕顔の顔に押し付けて本体ごと倒れ込む!
「このノート、キョウヤにやるよ!!!!!!!」
オサガオの柱頭に押し付けられたノートが炎上し、苦しむようにツタが暴れまわる。
引き剥がそうとするムチに抵抗し、全力で燃えるノートを押し付ける。
「あちぃいぃぃ……!」
辛うじて呼吸できるキョウヤの口が開く。
「どうして……」
「確かに俺はお前の言う通り、何もできないくせに偉そうで、元の世界には大切な人もいないチビで、ダブスタかますクズ野郎で、マッチングアプリは15戦15敗の童貞だ……!」
焼け付く手が離れないよう、両手で更に強く抑え込む。
「けどな、お前と一緒に帰りたいって気持ちは嘘じゃねぇ!キョウヤは俺の命を救ってくれたヒーローだから、俺もヒーローとして助けたいって背伸びしちまった!!!!」
「……サイゴさん」
「しかも年長者の俺がお前の気持ちを甘く見てしまった!!!どんだけ不安だったか想像できたはずなのに──」
サイゴに巻き付くツタの数が増え、徐々に腕を引き離されていく。
「俺、頑張るからさぁ!!キョウヤと一緒にこの世界と戦わせてくれ!!!」
「ぐぅ、おおおおおぉぉぉぉ!」
巻き付くツタの本数が分散した隙をついて、キョウヤが腕に巻き付いたツタを振りほどく!
「サイゴさん!一緒に!!!」
燃えるノートを押さえつけたサイゴの手の上にキョウヤの手が重なる。
「「おおおおおぉぉぉぉ!!!!!」」
花弁に燃え移った炎がバケモノの体を包みこんだ。
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灰になったオサガオを見届け、2人の手に火傷は負ったものの何とか無事に屋敷までついた。
屋敷についた瞬間、俺はキョウヤに向かって深々と土下座をする。
「まず【約束ノート】に書いた約束を破って命乞いしまったこと、誠に申し訳ございませんでした……」
「あれは僕もすみませんでした、隠し事はしないはずだったのに『逆境』のこと隠してしまって……」
キョウヤも合わせるように土下座をする。
「そして一番問題なのはキョウヤの元の世界に帰りたい気持ちを軽視してしまったこと、こちらも謝罪させていただきたい。」
「でもサイゴさんの言ってたことも間違ってないです。これは僕の勝手な事情ですから。」
「受験生なんだろ?」
「はい、僕が転移する前の記憶だと6月なので受験まで半年くらいしか時間がないんです。第一志望は無理でも大学には行きたいし、家族や僕の彼女がもしかしたら僕を探して迷惑がかかってるかもしれませんから……」
あまりにも真っ当な理由だった。
「……それに僕はサイゴさん、ラーちょさんにも酷いことを言いました。」
「うん、ウチは別にノープロって感じ☆フツーに考えたら家族に会いたいって当たり前だし、焦っちゃうのも当たり前ね。それにウチも似たことあったからマジ共感できるっていうか──」
「極限の状態に追い詰められたときの感情を本物だなんて思わないよ。」
そうじゃないと俺が立ち直れないからな。
「サイゴさん──」
「あんたらどこに行ってたんだい!!冷めちまうだろ?早く飯にしな!」
キッチンの扉を開けたバァバがおたまを持って大声で呼びかける。




