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④一本足の影

 クリスマスといえばなにを思い浮かべるか、と聞かれて、諸君はなんと答えるだろう。

 僕が大学の講義でそう質問を振った際、「クリスマスツリー」「サンタクロース」「チキンとケーキ」など様々な意見が上がったが、生徒の多くが「イエス・キリストの誕生日だ」と答えた。しかしその答えは正確ではない。

 というのも、イエスの誕生日について明確に特定した文献は今のところ発見されていないのだ。クリスマスとはあくまでイエス・キリストの誕生――降誕を記念して祝う日なのである。

 ついでに言えば、全ての教会が十二月二十五日にクリスマスを祝うわけではない。これには使用している暦の違いが関係している。十六世紀後半から現代にいたるまで使われているのは時のローマ教皇グレゴリウス十三世が改良を命じた〝グレゴリオ暦〟であり、それ以前まで使われていたのはユリウス・カエサルが定めた〝ユリウス暦〟で、十六世紀当時は二つの暦で約十日もずれている状態だった。二一〇〇年にはそのずれが十四日にまで広がるというのだから、新暦では十二月二十五日に祝われるクリスマスも、旧暦では一月八日に祝われることになる。

 現在でも教会の行事に限ってはユリウス暦に従っている教派があり、そのあたりが――クリスマスに限らず――祝祭日が異なる事情にもなっている。

 とはいえ日本人の多くは十二月二十五日=クリスマスだと感じているだろうし、かくいう僕もキリスト教のあれこれを知識として得るまではそうだった。宗教というのはなかなか奥が深い。


 話が少しそれてしまった。冒頭の問いに戻そう。

 クリスマスといえばなにを思い浮かべるか、と問われれば、僕の場合、数年前に生徒の一人から受けた相談を思い出す。

 先に少し触れたが、僕は准教授として大学で教壇に立っている。専門分野は民俗学で、主に日本各地の習俗や文化・信仰について研究し、それを多くの生徒たちにも教えているわけだが、そのなかで隠れキリシタンから発展してキリスト教およびクリスマスの話題に及んだことがあった。

 その日の講義が終わって間もなく、生徒の一人――仮にAさんとする――が僕に近づいてきた。Aさんは少々小柄な上に普段から猫背気味なのもあって僕より頭二つ分ほど背が低く感じられるのだが、この日はより一層小ぢんまりして見えた。要するに、ただでさえ丸い背中がより丸まっていたわけだ。

「先生に少し聞いてほしいことがあるんですけど、お時間って大丈夫ですか」

 声はか細く震え、両腕は寒さを堪えるように自身の体を抱きしめている。伏せられた目で神経質に左右を見やっては、その合間の一瞬で掠めるように僕を見る。なにやら事情がありそうだと察して、僕はAさんに軽くうなずいた。

 僕は常日頃から生徒たちに「身の回りで興味深い風習や信仰があれば、どんなものでも教えてほしい」と宣言している。それもあって僕のもとには生徒たちが見聞きした各地の民俗学的な話題が持ち込まれるのだが、単純に話しやすい相手とも思われているのだろう、時には関係のない相談や世間話をされることもある。

 さて、Aさんの「聞いてほしいこと」とはなんだろう。想像を巡らせながら僕は構内にある適当なベンチに腰かけ、Aさんは僕からほどほどの距離を空けて座るなり意を決したように口を開いた。

「クリスマス・キャロルって、先生はご存知ですか。クリスマス・イブの夜に幽霊が現れる話なんですけど」

 僕はそれに対して曖昧にうなずいた。翻訳された絵本を子どもの頃に読んだことはあるし、クリスマス・キャロルをテーマにした海外のアニメも見た気がするが、大人になってから読み返した記憶はない。なんとなく知っているが詳しくはない、そんな状態だった。

 記憶の片隅に朧げに残っているあらすじとしては以下の通りだ。

 とある街にスクルージという名の老人が住んでいる。スクルージは冷酷な金の亡者で、クリスマスは〝なんの得にもならないのに浮かれ騒ぐ人間が増える日〟なのでくだらなくて大嫌いだった。

 あるクリスマス・イブの晩、スクルージの前に一人の亡霊が現れる。その亡霊は七年前のこの日に亡くなったマーレイといい、かつてスクルージの仕事仲間だった。マーレイの腰には生前の強欲と罪の象徴のごとき重く長い鎖が巻き付いており、スクルージが死後に自分と同じ目に遭わないようチャンスを与えるために現れたという。マーレイは「これからお前のところに三人の幽霊が現れる」と伝えて消えてしまった。

 果たしてスクルージの前にはマーレイが言った通り、過去・現在・未来をそれぞれ司る幽霊たちが現れる。過去の幽霊はスクルージが忘れ去っていた少年時代から七年前までの過去の景色を見せ、現在の幽霊はクリスマスの準備を楽しむ街の人々やスクルージの甥、そしてスクルージが薄給で雇っている事務員の家庭を見せる。事務員は妻や子どもたちと暮らしており、生活は貧しく慎ましいものだったが幸せそうで、しかしどうやら子どもの一人は病を患っている。ここまでの温かな光景に心動かされていたスクルージは幽霊に「あの子は長生きしますか」と訊ねるが「この光景が将来も変わらないのなら死ぬだろう」と返されてしまう。

 最後に未来の幽霊に連れていかれたのは寂しい墓地だった。墓石にはスクルージの名が刻まれており、現在の行いを改めなければ誰にも悼まれることなく死ぬと予言されたも同然だった。

 スクルージが目覚めるとクリスマスの朝だった。「まだ間に合う」――心を入れ替えた彼はさっそく七面鳥を買い、道行人々とクリスマスを祝う言葉をかけ合い、恵まれない人々へ惜しみなく寄付をし、甥一家とクリスマスの食事をし、事務員の給料を上げるだけでなく彼の家族への援助も約束する。こうしてスクルージは以前までの強欲守銭奴(じじい)とは全く異なる、誰からも愛される慈愛に満ちた人になった――というのが大まかな流れだ。

 僕が語ってみせたあらすじにAさんは「結構知ってるじゃないですか」と苦笑してから、風が吹いたわけでもないのに寒そうに二の腕をしきりに擦る。

「自分のところにも現れてるんです。枕元に、毎晩」

 現れるとは、いったいなにが。話の流れである程度察しはついたが、念のためそう聞いた。

「幽霊です。クリスマス・キャロルに出てくるクリスマスの幽霊と同じかは分かりませんけど」

 幽霊の外見を聞いてみると、首から上は霧がかったように曖昧ではっきり見えないものの、纏っているのは継ぎの当たった着物で、胸の下までぱさついた白髪がひと房垂れているという。話しかけてくるでも、触れてくるでもなく、ただ枕元の畳に正座してじっと寝顔を覗きこんでくるのだそうだ。

「いつもなら一度眠ると朝まで起きないことが多いんです。多少の物音がしても地震でも起きないから、家族に『あんたはどれだけ大きな災害が起きても眠りこけたままでいそう』ってからかわれたこともあります。でも二、三日前から急に夜中に目が覚めるようになって」

 時刻はだいたい二時過ぎで、いわゆる〝丑三つ時〟――幽霊が現れるとされる時間帯である。

 いつも通り眠ったAさんは、普段と違ってふと夜中に目を覚ましてしまう。スマホで時間を確認すれば夜明けにはほど遠く、寝つきが甘かったのかもと結論付けて再び眠ろうとした。

「スマホは目覚ましのアラームを設定して、いつも枕の右側に置いてるんです。だからその日も時間を見てからそこに戻そうとしたら、ふわってなにかが光った気がして」

 スマホの画面が明るくなったのかと感じて置き直したばかりのそれを手に取ってみたが、画面は真っ暗でなにも映し出していない。しかしぼんやりとした光はまだ頭の右側から発されている。

 間接照明は設置しておらず、就寝時に部屋の電気は消灯している。カーテンを閉め忘れて外の光が入りこんだのだろうか。Aさんは光を感じる方へゆるゆると顔を向けたところ、謎の人影が布団の傍らに座っていることと、光は人影から発されていることに気づいたそうだ。

「もちろん最初は夢だと思いました。確かに自分が住んでるアパートは古いし家賃も安いけど事故物件じゃないし、幽霊が出るなんて話も、大家さんや他の住民から聞いたこともありません」

 Aさんは人影の視線から逃れるように布団に潜りこみ、かたく目を閉じるうちに再び眠りに落ちた。しかし待っていたのは安寧では無かったという。

「夢を見たんです。幼稚園の頃から小学六年生までピアノ教室に通ってたんですけど、そこで毎年クリスマスの時期に、同じコースの子たちとプレゼント交換をするのが恒例だったんです。それが目の前に広がってました」

 防音素材の分厚い壁と、ずらりと並んだピアノ、煌びやかなツリーと扉にかけられたリース、先生が軽やかに弾くジングルベル。どれもAさんにとって見覚えのある懐かしい光景だった。

 Aさんはピアノのレッスンがあまり好きではなかったそうだ。どちらかというと不真面目で、練習もサボりがちで腕前が立派とは言えない。けれどクリスマスのプレゼント交換だけは楽しみで、今年はなにを貰えるか想像して胸が弾んだらしい。

 やがてAさんはあらかじめ設定してあったアラームで目を覚まし、夜中のことを思い出して慌てて枕元を確認したが、そこに人影はなかった。窓や玄関の戸締りも怠っておらず、何者かが侵入した形跡はどこにもない。

 変な夢を見たのだ、夜中に見た人影だって寝ぼけ眼が見せた幻覚に違いない――そう結論付けてなにごともなく一日を過ごしたのだが、人影は日付を越えて二時間後の丑三つ時にまた姿を現した。

「ぐっすり眠れるようにってアイマスクも付けて、安眠効果のあるドリンクを飲んだりもしたんです。でもまた同じ時間に目が覚めて、寝てるうちにアイマスクもずれちゃってて。うわ、なんか光ってる気がするって薄っすら目を開けたのがダメでした。昨日と同じ人が、昨日と同じ姿勢で座ってこっちを見下ろしてるのと目が合ったんです」

 昨晩は朧気だった顔が、この晩はいくらか分かるようになっていたらしい。

 年齢は六十代から七十代で、顔には染みと皺が目立って性別が判然とせず、ほつれた着物の袖から伸びる腕は肉を削ぎ落されたように細かった。はだけた前身ごろから覗く胸も骨に皮が張り付いているかのように薄っぺらい。手入れされている気配が無い白髪は相変わらずぞろりと垂れ、そこまで確認したところでAさんは悲鳴を上げかけたという。

「目が合ったって言ったじゃないですか。その目が……見間違いじゃなかったら、一つしかなかったんです」

 このあたりに、とAさんは両手の人差し指と中指を合わせてひし形を作り、自身の眉間の前にかざした。

「びっくりしすぎて声が出そうだったんですけど、その前に怖すぎて気絶しちゃったみたいで。気が付いたら布団の中じゃなくて、実家に居ました。現在のじゃなくて、過去の」

 過去のだとひと目で分かったのは、Aさんの実家は高校生の頃に区画整理のために一度引っ越しており、もとの家はすでに取り壊されて存在しない。その家でAさんは両親、祖父母、兄弟とともにクリスマスの食事を楽しんでいたため、夢だとすぐ得心がいったのだ。

「あの頃の自分はもうサンタクロースなんて信じてませんでした。でもクリスマスの時期になると両親が『特別な日に変わりはないから』って毎年プレゼントを子どもに買ってくれたんです。夢ではちょうどプレゼントを貰うシーンでした」

 なにを貰ったのかと聞けば、Aさんは少しだけ照れくさそうに微笑んだ。

「バックパックです。父は登山やハイキングが好きで色んな山に出かけるんですけど、その血を引いてるからか、自分もそういうアウトドアが好きで中学の時にはワンダーフォーゲル部に入りました」

 中学校でワンダーフォーゲル部があるとは珍しい。Aさんが入部したそこは創設されて三年目と新しく、部員数は多くなかったけれど活動は楽しかったそうだ。

 部活動の様子を日々聞いていたAさんの父は、子どもにもっとアウトドアを楽しんでほしい、一緒に山を登りたいという思いから、バックパックを贈ってくれたのだろうとAさんは語った。実際、Aさんはそのあと他の装備を整えて父と二人で様々な山を巡ったそうだ。

 過去の景色は遠ざかり、Aさんが目を覚ますとやはり人影は無かった。しかし目が合ったことでより一層存在感が増してしまい、さらに目が一つだった恐ろしさも相まって「あの人影はやはり幽霊なのでは」と疑いも強まった。

 人影は三日目の晩にも現れた。気配はさらに濃くなり、乾いて血の気が無い唇が薄く開き、その奥から不揃いな黄色い歯が覗いているのすら分かるほどだった。口の端は弓のごとく吊り上がり、ひぇ、ひぇ、と奇妙な笑い声も鼓膜を叩いている。

 もはや幽霊というより怪物ではないか。Aさんは慌てて立ち上がり逃げようとしたが、どうにも体が動かず視線も逸らせない。金縛りである。

「最終的にまた気絶したんだと思います。いつの間にか大学のサークルでよく行く居酒屋に立ってました」

 Aさんは大学でも登山サークルに入り、仲間たちとの活動を楽しんでいるそうだ。居酒屋に足を運ぶのはコミュニケーションの一環で、夢の中で訪れていたのも安くて美味いと評判のチェーン店だった。

 しばらく仲間たちのあとについて歩いたAさんだったが、やがて気が付いた。

 飲み会のメンバーに自分だけがいない。席に着いた仲間たちは各々が「まずはこれを飲む」と決めているドリンクを注文していたが、Aさんのぶんだけ無かった。

「だからまあ、自分がバイトとかで不在だった日の飲み会なんだろうなって思ったんです。今までにやった飲み会全てに参加してるわけじゃないから、夢で見てるこれもそうなんだろうって」

 話題は大学の課題やバイト先の面倒くさい同僚、次に行きたい場所など目まぐるしく変わる。その中でAさんは「そういえばさ」と仲間の一人が切り出した名前に反応した。

「……悪口を言ってたんです」

 誰の、とは言わなかったが、暗く沈んだ横顔から仲間が口にしたのはAさんの名前だっただろうことは容易に想像がついた。

 アイツは理想が高すぎる、楽しく活動したいだけの奴もいるのに熱心過ぎてついていけない、全員のレベルが自分と同じだと思っている節がある、この前の登山でも一人で進むものだから置いていかれた、そのほか諸々。酒で気分が良くなっている影響もあってか、仲間たちは顔を赤くして笑いながらAさんの悪い点をあげつらった。

「衝撃でした。自分がそんな風に思われていたことも、それを仲間たちの話のネタにされていることも。『そんなつもりはない』って否定したところで夢だから声が届かないし、話は盛り上がってあることないこと言われ始めるし……最悪としか言えませんでした」

 Aさんはアラームで目覚めたものの、気分は最低だった。

「でも夢ってあくまで幻覚でしょう? サークルのみんなが悪口を言っていたのは自分が深層心理のどこかで『みんなにこう思われているかもしれない』と感じていたのが具現化しただけのはずだって。でもよくよく考えてみたら、みんなの着てる服が昼間に大学で見た時と同じだった気もしてきて、ひょっとしてとか思って」

 寝不足で思考があやふやなまま大学に到着したAさんは、講義で顔を合わせたサークルのメンバーになにげなく「昨日って飲み会やってた?」と訊ねてみた。

「……やってたんです。夢で見たメンバーそのままで」

 メンバー曰く「お前も誘ったんだぞ。けどなんか上の空っていうか、考え事してるみたいで返事しなかっただろ。だからお前以外のみんなで行った感じ」。

「それで思ったんです。自分が見たのはただの夢じゃなくて、現実の光景だったんじゃないかって」

 クリスマス・キャロルの作中では、スクルージが現在の幽霊に導かれて行った先は確かに彼が生きる現実で起きている――夢であって夢ではない一場面だった。

 Aさんは、自分が見たのもそれだったのではないかと考えているようだ。

「これまで三回見てきた夢は全部、きっと枕元の幽霊に見せられてるんです。あいつは過去も現在も未来も、全部思いのままに見せられるんだ。クリスマス・キャロル通りなら今度の晩には未来の一場面に……墓場に連れていかれるはずなんです!」

 喋っているうちに恐ろしくなってきたのか、Aさんの語りはどんどん早口になり、声も大きくなっていった。前を通りかかった生徒がそれに驚いて目を丸くし、こちらに関わるまいと足早に去っていく。

 ひとまず僕はAさんに落ち着くよう声をかけて、冷静に思考を整理した。

 まずクリスマス・キャロルとAさんに起きていることでは、異なる点がいくつかある。

 スクルージの前に初めに現れたのは商売仲間の亡きマーレイだが、Aさんの枕元に現れているのは目玉が一つしかない性別不詳の幽霊あるいは怪物である。さらにクリスマス・キャロルでは過去・現在・未来はそれぞれ別の幽霊が司っているが、Aさんの前に現れているのは一人だけだ。

 またスクルージがマーレイの亡霊に出会ったのはクリスマス・イブの夜だ。そのあと過去・現在・未来へ導かれ、目が覚めるとクリスマスの朝になっている。要するにスクルージの体験はたった一晩のうちに起こったことなのだが、Aさんの場合は現時点で三日間に及んでおり、過去の光景に至っては――場面は違うが――二度も見せられている。

 ここで僕はふと疑問を覚えた。今日は十二月二十四日、つまりクリスマス・イブなわけだが、Aさんの枕元に謎の幽霊が現れたのはその三日前――十二月二十一日である。そしてAさんが見た夢の中での仲間の「この前の登山でも」という一言。

 僕はAさんに一つ訊ねてみることにした。十二月二十日はどこかに出かけていたか、と。

 Aさんは特に考える様子もなく、あっさりうなずいた。

「その日はサークルの仲間数人と登山してました。といっても高い山じゃないですよ。標高が低くて、雪も全然積もってませんでしたし、登りやすくていいところなんですけど。冬の山って道が凍ってそうとか危ないイメージがあるかもしれませんが、装備をしっかり整えていけば、空気も澄んでて景色もきれいに見えるし楽しいんです」

 先生も登山に興味がおありですか、との問いには否定を返して、僕はAさんに起きている現象に仮説を立てた。

〝果ての二十日〟という言葉がある。一年の終わりである十二月を一年の最後を意味する〝果て〟といい、その二十日を〝よくない日〟として捉え、仕事も外出もしないで静かに過ごすよう伝えられている地域があるのだ。

「果ての二十日にしてはいけない」と言われている行為は種々あるが、その一つに登山がある。近畿地方にあるH山脈には妖怪が住んでおり、この妖怪が十二月二十日のみ人間を襲って食らうとされているのである。妖怪は〝一本だたら〟と呼ばれ、多くの地域でその外見は一つ目で一本足と伝わっている。

 奇しくもAさんが登山したのは〝果ての二十日〟にあたる十二月二十日であり、枕元に現れる幽霊も一つ目とくれば、「Aさんのところに現れているのは一本だたらではないか?」と推察できよう。ただ、座っているため足の本数が正確に分からないうえ、僕が文献や現地で見聞きした情報の中に一本だたらが登山者に憑りつくというような話は無い。人を食うと伝わっているのに今のところAさんを見下ろしているだけなのも引っかかる。一本だたらにクリスマス・キャロルの幽霊のごとき能力が備わっているとも聞いた覚えがない。

 一応Aさんに登った山の名前も聞いてみたが、大学から公共交通機関を乗り継いで二時間ほどの場所で、一本だたらが住むとされるH山脈からは遠く離れている。念のため後日にネットおよび新聞記事も可能な範囲で確認したところ、Aさんが登った山では過去に遭難事故が何件か起きていて、二、三人の死者も出ているようだが、一本だたらに襲われたような記述は見当たらなかった――仮に襲われていたとしても、信憑性の薄さから記事がそのまま掲載されない可能性が高いが。

 そういえばAさんは「クリスマス・キャロルって、先生はご存知ですか」と相談を切り出し、僕があらすじを述べれば「結構知ってるじゃないですか」と苦笑していた。つまりAさんもそれなりにクリスマス・キャロルを知っているのではないか。

 僕がAさんにクリスマス・キャロルをどの程度知っているのか訊ねてみると「先生と同じくらいですよ」と答えが返された。

「うちの母が洋書好きなんです。だから家に外国の本が翻訳されたものもそうでないのも色々あって、クリスマス・キャロルもその一つです」

 Aさんの母は子どもたちが幼かった頃、クリスマスの時期になるとクリスマス・キャロルを読みきかせるのが恒例だったそうだ。

 ということは、だ。Aさんは枕元に現れた幽霊を見て、無意識のうちに連想したのではないだろうか。クリスマスの時期に現れる幽霊=クリスマス・キャロルに出てくる幽霊、といった具合にだ。

 先ほどAさんが少し言っていたように、夢とは深層心理の表れであったり、脳が過去の経験を整理整頓する過程で再生されるものとする説がある。Aさんが三日間で見た夢はそれらに当てはまりそうだ。

 残念ながら僕には霊感が無く、これまで全国各地に足を運んで行った調査の中で一度も幽霊だの妖怪だのは見たことがない。ゆえに仮にAさんの自宅に赴いたとしても、その枕元に現れる一本だたらと思しき幽霊を見ることは叶わないだろう。

 とりあえずAさんには〝果ての二十日〟に山に立ち入る禁忌に触れた可能性があること、その結果なにかよくないものを連れ帰ってきたのかも知れないこと、クリスマス・キャロルを多少なりとも知っているがゆえに幽霊とそれを関連付け、過去や現在の夢を見ているかもしれないことを説明し、もし望むのであれば簡単な魔除けの手段だとか、伝手を使って信用の出来る神主か住職も紹介すると付け加えた。

 Aさんは「その神主とかって胡散臭い人だったりしませんよね? お祓いで法外な料金を吹っかけてくるとか」とあまりいい顔はしなかった――過去に身内がインチキ霊能者に引っかかったらしい――が、ほっと表情を緩めて僕に頭を下げた。

「話を聞いてもらって少し楽になりました。確かにクリスマスの時期の幽霊と言えば……って考えたのは否めませんし、とりあえずクリスマスが過ぎても幽霊が現れたらまた相談させてもらいます。お時間を割いてくださってありがとうございました」

 その後、Aさんから声をかけられたのは年が明けてからだった。講義の後に「ちょっといいですか」と近づいてきたその顔はいくらか晴れやかで、気のせいか背筋もしゃんと伸びているように見えた。

「幽霊、もう出なくなりました」

 にかっと白い歯を見せて笑い、Aさんは上着のポケットからお守りを取り出した。

「先生に相談した日の帰りに、『神主さんに声をかけるのはハードル高いけど、神頼みくらいなら楽かも』って友だちと神社に立ち寄って買ってきたんです。その友だちが教えてくれたんですけど、十二月二十一日は〝使徒聖トマスの日〟って言われてるらしくて『あなたにちょうどいい聖人だと思う』ってすすめられたので、毎晩お守りを握って聖トマスに『幽霊が出ませんように』って祈ってたら、いつの間にか幽霊も見えなくなりましたし、夢も見なくなりました」

 使徒聖トマスはイエスの弟子である十二使徒の一人で、処刑されたイエスが復活し姿を現した場に居合わせなかったため、初めはそれを信じずにいたことから「不信のトマス」「疑り深いトマス」と呼ばれている。彼を描いた絵画にはイエスの脇腹に刻まれた槍による刺し傷に指を入れる描写もある。聖トマスはのちにイエスの復活を信じるわけだが、こういった出来事から彼はキリスト教で〝疑念の中にある人の守護者〟とも言われている。確かに幽霊の存在を疑っていたAさんには良いのかもしれない。

 とはいえ神社で買ったお守りを握ってキリスト教の聖人に祈るとは、いくらなんでも宗教がごちゃごちゃである。なんとなくAさんに信仰している宗教を聞いてみると「自分は無宗教ですね。特に信じてる神さまとか仏さまはいません」と首を振ったあとに「あ、でも祖父のお葬式はお坊さんが来てたので仏教です。宗派は知りませんけど」と締めくくられた。話しているうちに頭が痛くなってきたのは気候や体調が原因ではないと思う。

「あと夢の中でサークルのメンバーに悪口言われてたって話したでしょう? あのあと自分の言動を見直したりしたんです。ここがいけなかったなあとか、もっと周りを見るようにしようとか考えるきっかけになったので、結果的に幽霊が現れたのは良かったのかもしれません。あの幽霊は自分にとって、スクルージに行いを改めるよう忠告しに現れたマーレイみたいなものだったに違いありません!」

 というわけでコレ、とAさんが手のひらサイズの紙袋を差し出してくる。表面には神社の名前が書かれていた。

「年は明けちゃいましたけど、旧暦だったらギリギリまだクリスマスですよね? 相談を聞いてくださったお礼に、ささやかですがちょっとしたクリスマスプレゼントということで、どうぞ」

 開けてくれと言わんばかりの視線に押されて中を見れば、先ほど見せられたのと色違いのお守りが入っていた。

 Aさんは満足そうに自分のお守りをポケットにしまうと、最後に「ありがとうございました! メリークリスマス!」と頭を下げ、次の講義に向かうべく友人のもとへ駆け寄っていく。

 そのあとを追うように、Aさんが通った床の上にすうっと黒い影が落ちた。楕円形で縦に長く、左の辺は真ん中に向かってやや凹んでいる。上部には数ミリの間を開けて黒い点が横に五つ並んでいた。

 あれはなんだ、と思っているうちに影は消え、またすぐにAさんが歩いた後に現れた。まるで片足でひょいひょいと跳びながら追いかけているように。

 Aさんがそれに気づいている様子はない。影は音もなくAさんを追いかけ、つかず離れずの距離を保っていた。

 ――ふと思ったことがある。Aさんの枕元に現れたのが一本だたらと仮定して、なぜただ見つめるだけで襲わなかったのか?

 一本だたらが人を襲って食らうのは十二月二十日とされている。逆に言えば、その日以外は襲えない、食えないという〝ルール〟があるのではないか。Aさんに目を付けたものの、仲間たちと登っていたために隙が無かった等なんらかの理由で当日に襲うことが叶わず、そうこうしているうちに日付が変わってしまった。けれど一本だたらにとってAさんは魅力的な獲物で諦めきれず、憑りついて姿を現したのが二十一日の深夜だった、ということはないだろうか。

 もしや一本だたらは待っているのではないか。十二月二十日が再び巡ってくるのを。

 本人に伝えるべきか悩んだが、あくまで僕の想像であって確証はない。せっかく安心と安眠を獲得したであろうAさんに、再び不安を与えるのもいかがなものか。

 ひとまずお守りを手に入れ、聖人に祈るようになってから幽霊が出なくなったのなら、どちらかの、もしくはどちらも効果があるのだと思われる。お守りの所持も、祈りも継続しているうちは、幽霊も手を出せないのかもしれない。

 あれから何年か経つ間に、Aさんは大学を卒業していった。わざわざ僕のところにも挨拶に来てくれたが、その際にもあの影は彼女の後ろにあった。

 Aさんが今どうしているのか、影はまだ現れるのか、そしてあの影の正体はなんなのか。いまだにどれも判明していない。

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