私の居場所はどこですか?
「私って何だろうね」
飼い猫のクロを抱きしめ、私は呟く。
思い出しているのは、昼間のお茶会だ。
婚約者とのお茶会に、突然割り込んできたのは幼馴染のシルフィーだ。
シルフィーは体が弱くて、日に当たるとすごく赤くなるので、いつも家にいる。
そんな彼女が可哀そうで、遊ぶようになって、大きくなってからも仲がいい。
特に彼女は学校に行けないので、学校の話をすると喜んだ。
カルロスと婚約を結んだのは半年前。
学校で共に学んで、とても気があった。婚約の申し出は向こうから。身分も伯爵で、男爵の私の家からしたら格上なので、両親は喜んで話を受けた。幼馴染のシルフィーにその話をすると喜んでくれて、ぜひ会いたいと言われた。
だから、二か月前に二人を会わせた。
その時はただ、二人の気が合って、嬉しい。
そんな純粋な気持ちだったのだけど、今は違う。
二人は私のことなど眼中にもないように、話をする。
することがないし、二人の話に割って入りたくないから、飼い猫のクロを抱きしめ、心を癒そうとする。
それがここ二か月の私だ。
学校でカルロスと会っても聞かれるのはシルフィーのことだ。
「私が邪魔しているのかな?」
シルフィーは私と違って伯爵令嬢だ。
カルロスと身分も釣り合う。
「ルシーダ。面倒だ。婚約破棄しようじゃないか!」
突然声がした。
きょろきょろ視線を彷徨わせていると、指をぺろりと舐められる。
「クロ?!」
「そうだ。私だ」
「え?話せたの?」
「満月の日だけな」
クロ(猫)が言葉を話すこと、それはそれで驚いたけど、今まで話さなかったのに突然話出したことが一番気になった。
「私は、猫族だ。普段は猫の姿、満月になると話もできる。こうして人間にもなれるぞ!」
クロはそう言うと急に姿を変え始めた。
そして現れたのは……
「きゃあ!」
裸の男性で、私は悲鳴を上げてしまった。
「どうしたのですか?」
扉を激しくノックされて、使用人に聞かれる。
クロはいつの間にか、私のベッドの毛布にくるまっていた。人間の男の人の姿で。
彼は指を唇に当て、静かにと合図している。
「な、なんでもないわ」
「そうですか。何かございましたらお知らせください」
「ええ」
使用人が立ち去る音がして、毛布にくるまったクロが私に近づいてきた。
背は私よりも高く、真っ黒の髪に、真っ黒な目をしている。
「クロ?」
「そうだ。人間になってみたぞ。どうだ」
「……すごいわね。だけど、服は着てほしかった」
「服?そんなものあるわけなかろう」
「そうだよね」
クロは猫だから。
「クロ、わかったから、もう猫の姿に戻ってもいいわ。慰めてくれてありがとう」
「戻るのか?うーん、わからん」
「え?戻り方わからないの?」
「そうだ」
クロは困った様子もなく、頷いた。
困った。どうしよう。この姿を見て、本当の姿は猫なんですとか言っても信じてくれる人はいるのかな?
魔法を使える者が、ごくわずかに世界にもいる。
だけど、それは魔女と呼ばれる人か、賢者だ。
「ルシーダ。お腹空いた。人間の食事がしたい」
「え?」
断りたかったけど、クロがくりくりした目で期待いっぱいに見てくるから断れなかった。
クロには毛布の中に隠れてもらって、使用人にお茶とビスケットを用意させた。
二人分と言いたいところだけど、言えるわけがなく、一人分だ。
クロは美味しそうにお茶を飲んで、ビスケットをかじる。
そうして私のベッドの上で眠ってしまった。
どうすることもできなくて、私はその夜一睡もすることができなかった。
けれども、クロは朝の光を浴びると猫の姿に戻り、ニャーニャーと鳴いた。
私はやっと眠れると、両親が心配するほどその日ずっと寝ていたらしい。
カルロスが来たらしいけど、私に会わず隣の家でシルフィーに会ったらしい。
さすがに両親もそれに関しては目を細めていた。
それから、1か月後。
異変が起きた。
シルフィーが身ごもったのだ。
もちろん、相手はカルロスだ。
カルロスの家からも、シルフィーの家からも謝罪され、私とカルロスの婚約は解消された。
カルロスとシルフィーは一緒に腕を組んでやってきて、私に詫びる。
怒りに震えて、怒鳴らないから心配したけど、私は耐えた。
その代わり、クロがカルロスを思いっきり引っかき、問題になった。
カルロスは伯爵令息だ。
彼を傷つけたとなれば、クロは殺されるかもしれない。
私はカルロスたちが帰った後、すぐにクロを連れて屋敷をでて、近くの森に彼を放った。
「クロなら生きていけるよね。殺されるよりはましだと思う。私も様子を見に来るから」
クロはニャーと鳴き、自分で森に入っていった。
その夜、クロの受け渡しについてカルロスから手紙が届いたけど、私は逃げてしまったと返事を返した。怒りの手紙が届いたけど、その後に冷静な伯爵当主から、婚約破棄の代償として受け入れると手紙が届き、この件は不問にされた。
森へクロを迎えに行ったけど、私はクロを探し出せなかった。
彷徨っていると迷子だと思われ、狩人に家まで連れ戻された。
悪い狩人もいるので気をつけるようにと注意を受けた。
両親は私が婚約解消され、クロまで失い、おかしくなったと思ったらしく、泣かれてしまった。
心配かけてはいけないと、私はクロを諦めた。
一週間後、屋敷に訪問客があった。
それは黒髪に黒い瞳の紳士と、その執事だった。
「ルシーダ。迎えにきた。私の国に来ないか?」
黒髪の紳士はクロで、どうやらあの森が彼の国へ繋がっているようだった。
彼は猫族の国の貴族らしく、私を迎えに来たらしい。
学校でも可哀そうだと同情される。
両親にも腫物として扱われる。
そんな環境が嫌だったので、私はクロの手を取った。
クロの国は猫族の国だけど、人間も住んでいた。
クロたちは、人間の姿が窮屈みたいで、普段は猫の姿になっている。
だから、町中に猫がいっぱいいてとても可愛い。
クロ以外の猫を触ると、クロが滅茶苦茶怒るので、私はいつもクロを抱いて歩いている。
私は必要ないのかな、そんな不安をずっと聞いてくれたクロ。
そして私を最後に必要としてくれたクロ。
私は彼とずっと幸せに暮らせると思う。
Happily Ever After




