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幕間 お守り

 リビングのヒーターが、低い音を立てて唸っている。

 窓の外では、白い息が溶けるような晩秋の朝。

 ケンジが淹れたコーヒーの香りが、ゆっくりと部屋を満たしていった。


「……あまね、寒くないか?」

「んー、へいき。ぼく、冬けっこう好きだし」


 毛布にくるまったまま、あまねはマグカップを両手で包みながら答えた。

 ケンジが隣に腰を下ろすと、彼女は何か言いたげに視線を泳がせる。


「ねえ、ケンジ」

「ん?」

「……ぼくたちってさ、どういう関係?」


 唐突すぎる問いに、ケンジは思わずむせた。


「ど、どういうって……友達みたいな、だろ?」

「あはは、そう言うと思った」


 あまねは笑ってみせるけれど、その瞳の奥は少しだけ寂しそうだった。

 彼女はマスクの端をいじりながら、ぽつりと呟く。


「ね、もしさ……“おそろい”のもの持ってたら、ちょっとは特別に見えるかな」

「おそろい?」

「うん、例えば……リングとか」


 ケンジは固まった。

 照れくさいとか、そういう次元じゃない。

 あまねの声はいつもより少しだけ真剣で、けれど不器用に震えていた。


「ほら、指輪ってさ、恋人の象徴っていうけど……」

「ぼくはそういうの、誰かとつけたことないんだ。

でもケンジとなら、なんか、つけてもいいかもって思った」


「それに……“お守り”みたいな感じ。

ぼくがまた壊れそうになっても、ケンジとちゃんと“繋がってる”って思えるように」


 しばらく沈黙。

 ヒーターの音と、二人の鼓動だけが部屋に響いていた。


 ケンジは息を吐き、少し笑う。


「……あまね、それ、ねだってる?」

「ねだってるよ」

「正直だな」

「ぼく、嘘つけないから」


 そう言ってあまねは頬を染め、マスクの下で小さく笑った。

 ケンジは立ち上がり、スマホを手に取る。


「じゃあ、探してみるか。おそろいのやつ」

「ほんとに?」

「ほんとに。あまねが言い出したことだしな」


 その後あまねは自室からノートパソコンを持ってきて、リビングのローテーブルに広げた。


「あまね、どれがいい?」

「……これ。ちょっと、見てほしいの」


 ケンジが近づくと、画面には小さなペアリングのページが開かれていた。

 シルバーの地に、細く「To live again(もう一度生きる)」と刻まれたデザイン。


 画面越しに映るリングを、あまねは両手で包むように見つめていた。

 その表情は、どこか祈るようでもあった。


「……いいじゃん。これ、買おう。俺の分も」

「ほんと?」

「あぁ。ペアリングなんて初めてだけど、あまねが選んだやつなら間違いない」


 あまねは嬉しそうに小さく頷いた。

「じゃあ、注文するね……」


 購入ボタンを押すその指先が、わずかに震えていた。


「届いたら、一緒に開けような」

「うん。……楽しみだね」


 画面を閉じた後も、あまねは少しだけマウスを握ったまま、静かに呟いた。


「外の世界は、まだ怖いけど……

この小さな世界の中でなら、ぼくはちゃんと生きていける気がする」


 ケンジはその言葉にそっと笑みを返した。

「大丈夫だよ。

世界が狭くたって、灯は消えない」


 部屋の中に、PCの電源ランプが淡く光っていた。

 それは、ふたりの心の中に灯った“小さな約束”のように優しく瞬いていた。



 仕事帰りに郵便受けを見ると白い封筒が一通。

 宛名には、二人の名前が並んでいた。


「届いたんだな」


 部屋に戻り、封を切ると、小さな銀の箱が二つ。

 中には、シンプルなシルバーリング。

 派手ではないけど、静かに光をたたえている。


 その瞬間、背後からふわっと毛布が触れた。

 あまねが、眠そうに目をこすりながら立っていた。


「ん……なに、それ」

「届いた。ほら」

「え……ほんとに、来たんだ」


 あまねの声が、一気に目を覚ましたみたいに柔らかく弾んだ。

 小箱を開けたまま見せると、彼女は口元を押さえて笑った。


「わぁ……思ってたより、きれい」

「ネットの写真より本物がいいな」

「ね、やっぱり実物のほうがいいね」


 あまねは小さく息を呑み、そっと指輪を手に取った。

 少し震える指先。

 指輪を光にかざすように見つめながら、ぽつりとつぶやく。


「ねえ、ケンジ。つけてくれる?」


 その言葉に、ケンジの胸がちくりと熱くなる。

 軽く頷き、あまねの左手を取る。

 冷たい指先に触れると、彼女の肩がびくっと揺れた。


「ごめん、冷たい」

「ん、平気。ぼくのほうが冷たい」


 そう言って笑う声は、まるでガラスみたいに繊細で、でも少しずつ強くなっていく。


 ケンジはゆっくりと指輪を彼女の薬指に滑らせた。

 シルバーの輪がぴたりと収まる。


「……似合うな」

「ほんと?」

「うん」


 あまねはマスクの下で息を止め、しばらく指輪を見つめたあと、照れたように小さく笑った。


「じゃあ……次、ぼくの番」


 今度は彼女がケンジの手を取る。

 その指は少し冷たいけれど、その温度が不思議と心地よい。

 あまねは慎重に指輪をはめ、そっと息を吐いた。


「よし。これで、ほんとに“おそろい”」


 その瞬間、ケンジの胸の奥で何かが柔らかくほどけていく。

 何も言わなくても、あまねが少しずつ心を開いているのが伝わった。


「なあ、あまね」

「ん?」

「今くらい、マスク外してもいいんじゃないか?」


 あまねは一瞬、動きを止めた。

 そして少しの沈黙のあと――小さくうなずいた。


「……じゃあ、少しだけね」


 彼女はマスクの紐をゆっくり外した。

 頬に冬の光が差し込み、やわらかく笑うあまねの素顔が、初めてまっすぐにケンジの目に映る。


「どう? 変じゃない?」

「全然。……すごく、きれいだよ」


 あまねは顔を赤らめ、マスクを手に握りしめたまま小さく笑った。


「ふふ……ありがとう、ケンジ。

ぼくね、これからも――一緒に指輪、つけてていい?」


「当たり前だろ」


 ケンジの言葉に、あまねは静かに目を細めた。

 その指輪が、やがて二人の日常の一部になっていく。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

今回は彼らの日常を描く「幕間」として投稿してみました。

この幕間では、まだ外に出るのが怖いあまねと、そんな彼女をそっと支えるケンジの小さな日常を描いています。

ペアリングという“形”に込められた想いは、ふたりにとって「約束」でもあり「希望」でもあります。

派手な出来事はなくても、こうした穏やかな時間こそが、彼らの心を少しずつ照らしていくのかもしれません。


次章もどうぞよろしくお願いします。

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