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エピローグ 永遠に消えない灯火

初夏の午後。

やわらかな陽光が、丘の上の公園の広場を包んでいた。

花の香りと、遠くのグラウンドから聞こえる歓声が、心地よい風とともに流れ込んでくる。


ケンジは、グラウンドで行われているユースの試合を見つめながら、丘の上に立つ人影へと視線を移した。

そこには、淡いベージュのカーディガンを羽織り、髪をひとつに結んだあまねの姿があった。


マスクはもうしていない。

陽光に透けた頬には、かすかな笑みと、小さなほくろが浮かんでいた。

手に持つスケッチブックの白い紙には、かつて二人で見たグラウンドの風景――あの日の景色が描かれている。


試合が終わり、ケンジは丘の上へと歩き出す。

あまねが気づき、少し照れたように笑った。


「ここに立つとね、あの日の風の匂いがするの。」


「覚えてるよ。

手袋の上から鉛筆の感触を確かめてた、あの冬のスタンドでの君を。」


「……あの頃のわたしは、“生きてるふり”をしてたのかもしれない。」

「でも今は違う。」

「うん。今は、“生きてるから”って思える。」


その言葉に、ケンジの胸の奥があたたかく満たされていく。


広場の方から、ひとりの小さな女の子がスケッチブックを抱えて駆けてきた。

「パパ! ママ! 見て、花描いたの!」


嬉しそうに差し出した紙には、拙い線で描かれたタンポポの絵。

まだ三歳の娘――ゆかり


あまねは膝をついてその絵を受け取り、そっと娘を抱きしめた。

「とっても上手。きっと縁の中にも、“描く魂”が流れてるんだね。」


ケンジは頷き、優しく二人を見つめる。

あの日、スタンドの片隅で震えていた手。

その手はいま、小さな命を包み、未来を描いている。


窓の外――春風がページをめくるようにスケッチブックを揺らした。

かつてのあまねが描けなかった“空の青”が、今はどこまでも広がっている。


「ケンジ。」

「ん?」

「わたし、もう“ぼくのあまね”じゃないけど――」

「わかってるよ。今の君は、“みんなのあまね”だ。」


二人は見つめ合い、静かに笑い合う。

その笑みの中に、あの冬の小さな灯火が、確かに生き続けていた。


「また、描こうかな。」

「次はどんな絵?」

「うーん……家族の絵。」

「そりゃ、俺らのことか?」

「うん。三人で並んでるやつ。」


あまねの笑顔は、春の光みたいだった。

あの日、凍えていた頬には、もう不安の影はない。

ケンジはそっと、その髪を撫でた。


――夜。

娘を寝かしつけたあと、二人はベランダに並んで座っていた。


ケンジはコーヒーのグラスを傾け、

あまねはホットミルクを両手で包みながら、静かに夜空を見上げる。


「ねぇ、ケンジ。」

「ん?」

「わたし、あの頃のわたしに言ってあげたいの。

“ちゃんと生きられたよ”って。」


「うん。」

「そして、ケンジにも言いたい。ありがとう。」

「……何の、ありがとうだよ。」

「“ぼくのあまね”って呼んでくれたでしょ?

 あの言葉が、わたしの灯を守ってくれたの。」


ケンジは笑い、夜空を見上げた。

星が、ゆっくりと滲んでいく。

その光は、あの日ベランダで見た灯火と同じ色をしていた。


「これからも、ちゃんと守るよ。」

「ううん。今度は――一緒に守ろう。」


二人の指先が、そっと重なる。

リングの銀が、静かに月の光を返していた。


――永遠に消えない灯火が、静かに瞬いていた。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

灯火ともしび』はこのエピローグをもって、ひとつの物語として幕を下ろします。


最初は、ただ「生きること」「誰かを信じること」が怖かったあまねが、

少しずつ外の世界へ、そして“誰かと生きる世界”へと歩みを進めていきました。


ケンジとの出会いは偶然ではなく、きっと“再生”のための必然だったのだと思います。

“ぼくのあまね”が“みんなのあまね”へと変わっていくその過程は、

誰かが誰かを支えながら生きていく――そんな優しい光を描きたかった場面です。


書きながら、あまねやケンジの言葉に何度も救われました。

この物語を通して、誰かの心にも小さな灯火がともるような、

そんな作品になっていたら幸いです。


最後まで見守ってくださった読者の皆さまに、心から感謝を込めて。

本当にありがとうございました。


次回作でもまたお会い出来れば幸いです。

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