001『懲役千年のエルフ』
そっと椅子に腰掛け、目を閉じ、風の声に耳を傾ける。
万日を超え、繰り返されてきた、朝の儀式。
王城の敷地内に建てられた、塔の最上部。
そこに、その男はいた。
名は、エイダン。
疾の昔に齢を数えることもやめた、古のエルフである。
遠い遠い過去、時の王ファーグスを焼き殺した大罪人。本来であれば、即刻死を賜る罪。であったが、彼は極刑を免れた。ファーグスの後を継ぎ、王となった賢王ブレンの計らいによって。ブレンとエイダンは親友の間柄にあった。
エルフの寿命は、およそ四百~五百年ほどとされている。当時まだ若々しかったとはいえ、すでに百の齢を超えていたエイダンにとって、寿命の倍に価する千年の懲役は、実質的な終身刑の宣告でもあった。―― ところが、まだ彼は生きていた。ファーグスの死から、ちょうど千年の節目を迎える、この春を目前にしても。
「……そうか」
風の囁きに応えるように、エイダンが呟いた。そして、看守役の男に告げた。―― もうしばらくすると王が訪ねてくる。房内を整えよ、と。
適正を持たぬ者からは見えぬが、風の妖精であるリーヴたちが、彼に外部の情報を逐一報告してくるという。そのため、彼は千年近くも外界との交信を断ちながら、今なお、周辺諸国の情勢などにも明るかった。
◇
「―― 偉大なる知のエルフ、エイダンよ。此度、正式に貴方の釈放の期日が決定いたしました」
当代の若き王ルーガスが、丁重にエイダンに告げた。
ルーガスはブレンから数え、ちょうど四十代目にあたる彼の子孫であり、幼少の頃より、非常にエイダンを慕ってもいた。護衛を伴わず、単独で塔を訪れるのも、これが初めてではなかった。それは歴代の王たちにしても、同様の話ではあったが。
「このミレ=ブレン王国が、千年の時を超える繁栄を維持することが出来たのも、ひとえに貴方様の御助言あってのこと。ひいては刑の満了後も、何卒この王国にご滞在いただければと、切に願う次第です」
エイダンの幽閉は、名ばかりのものとも言えた。
看守とする男も、実のところ、彼の世話係に過ぎなかった。塔には鍵のひとつもかけられてはいなかった。しかし、彼は粛々と刑に服し、そして遂には、千年の罰を終えようとしていた。
「すまぬがルーガスよ。私はこの刑が明け次第、森へと還るであろう。そして時を経ずして、私のこの肉体は無残に朽ち果てることがすでに決定している。春には灰となり、風と共に此の世を去ることとなるであろう」
「なっ……!」
―― ルーガスは、絶句した。
見た目には、まだ壮年ほどにも思えるエイダンであった。しかし、彼が纏う空気には、鈍き者にでも感じ取れるほどの時の重力が絡みついていた。そのため、彼の言葉に偽りがないことは、ルーガスにも直観的に理解ができた。
「……この悠久の千年。先祖代々、貴方様には大変お世話になり申した……来世では、安らかなる生をお過ごし出来ますよう、心よりお祈り申し上げます」
絞り出すように述べられたルーガスの言葉に、エイダンは静かに頷いた。そして、また虚空を見つめるように、リーヴたちの声に耳を傾けるのであった。
Google Geminiによるイメージ
【エルフ考】エルフは、いかなる理をもって、その長命を維持しているのか?
現実的に考察するのであれば、基礎代謝の低さ、細胞の修復力、テロメアの強度などが、まず考えられる。「森の民」として、肉などはあまり食さず、野菜や果物ばかりを食べるという描写も、良好な腸内環境の維持や抗酸化物質の摂取という観点から、一定の合理性が認められる。
おそらくエイダンは、その生命活動を極限にまで低下させ、食事も最低限度にすることによって、千年の時を超えたと考えられる。無論、それ以外にも「超常的な力の制御」があったことは、容易に想像される。
余談ではあるが、ミレ=ブレン王国の名は、千年の繁栄を約束されたブレンの王国を意味する。これはブレンの死の後に付けられた名だが、千年はちょうどエイダンの懲役期間とも一致する。




