また次の暇つぶし探そうーっと
また朝が来た。
智也は目を開け、天井を見つめた。
木目が歪んで見えた。
何度も繰り返した朝。何度も繰り返した絶望。
理性も、感情も、すり減りきっていた。
その目に、光はなく、笑みだけが張り付いていた。
(……そうだ。今日は……壊してやる。
人も、世界も、全部……全部……)
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智也はゆっくり街を歩いた。
道行く人々の顔を、無表情に見つめた。
声をかける者に、無言で突き飛ばした。
驚く顔、怯える目、走り去る背中。
その全てが、智也の胸の奥を冷たい快感で満たした。
智也は店に入り、商品を次々と叩き落とした。
店員が止めに入ると、ゆっくりとその目を見据え、言った。
「君のその顔……いいな……もっと見せてよ……」
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智也は駅前の広場に立った。
人々の視線を集め、ゆっくりと両手を広げた。
「みんな……俺を見ろよ……
この世界を、今壊してやるから……」
その声は静かで、しかし底知れない狂気に満ちていた。
人々がざわめき、離れていくその様を、智也は微笑んで見つめた。
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夜。
智也は凛の前に立った。
凛は変わらぬ笑顔で声をかけた。
「橘くん、今日も一緒に……」
その声に、智也の笑みはさらに深く歪んだ。
「凛……見てくれよ……
俺が何をしたって、また朝が来る。
壊したって、奪ったって、燃やしたって……何も残らないんだ……」
凛の笑顔が凍りつき、震えが走った。
「……やだよ……橘くん……怖いよ……」
智也は凛の髪を撫で、涙を拭った。
「その顔……もっと見せてくれ……
信じたまま、壊れてくれ……」
凛の目に、深い絶望と恐怖が滲んだ。
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朝が来る
智也はまた目を覚ました。
天井の木目が、もう何の形も持たない模様に見えた。
(まただ……また、朝だ……
そしてまた……壊せる……)
その笑みは、もはや人のものではなかった。
神の声が静かに智也の耳を満たした。
「ねぇ、智也くん……
君、もう神と同じじゃない?
壊して、嗤って、絶望で満たされて……
こっちに来なよ。私と一緒に、この世界で遊ぼうよ……」
智也はわずかに俯き、口元に笑みを浮かべた。
「……それも、いいなぁ……」
その声は、どこまでも静かで、どこまでも冷たかった。
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その時だった。
智也の手を、温かな小さな手が強く掴んだ。
「……駄目えええっ!!」
振り返った智也の目に、涙で顔を濡らした凛がいた。
その目は、恐怖でも絶望でもなく、ただただ必死な光で智也を見ていた。
「橘くん……戻って……お願い……
私、橘くんが……壊れていくの、見たくない……!」
智也の胸に、何かが強く突き刺さった。
凛の声、凛の涙、その温もり。
忘れかけていたものが、一瞬で蘇った。
(……俺は……何を……してた……?)
智也の笑みが消え、目の奥に色が戻った。
「……凛……俺……」
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神の声が響いた。
その声は静かで、そして心底満足そうだった。
「……あはは……いいねぇ……最高だよ、智也くん……
そうだよ、その顔が見たかったんだ……
君が壊れて、救われる寸前で戻るその顔……
ああ、楽しかった……くふふ……本当に楽しかった……」
空が割れ、光が満ちた。
神の声は遠ざかっていった。
「またね、智也くん……また退屈になったら、遊ぼうよ……」
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智也は凛の手を強く握りしめ、涙をこぼした。
「……ありがとう……凛……」
凛は泣きながら微笑んだ。
二人はただ静かに、壊れた世界の中で寄り添った。
すべてが静かに終わりを告げた。