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あーあ、壊れちゃった

また朝が来た。

智也は目を開け、天井の木目を見つめた。


(同じ日……同じ光景……同じ結末……)


心は冷たく乾いていた。

足元に転がる道徳の破片を、智也は踏みつけて立ち上がった。



犯罪に手を染める日々


智也は、街に出た。

店に入り、商品を奪い、逃げた。

警官の制止を嘲笑い、暴力でねじ伏せた。


金品を奪う必要はなかった。

ただ、人の恐怖の表情が、智也の虚ろな胸にわずかな熱を与えた。


街灯を壊し、窓ガラスを割り、無意味な破壊に耽った。


(どうせ、また朝が来る……)



凛との時間の歪み


夜、智也は凛を見つけた。

無邪気に笑い、何も知らない凛のその笑顔に、智也の中で歪んだ感情が芽を出した。


(この子も、何もかも、リセットされる……

なら……何をしたって……)


智也は凛の手を取った。

穏やかな声で誘った。


「今日は……俺の家に来ないか」


凛は少し頬を赤らめ、微笑んだ。


「……うん」


智也の部屋で、智也は凛を前にした。

凛は少し不安げな顔をしながらも、智也を信じた目を向けていた。


智也は手を伸ばした。

その手は冷たく震えていた。

理性の声が、どこかでかすかに響いていた。


(やめろ……こんなことをしても……何も救われない……)


だが、欲望と絶望がその声を飲み込んだ。


智也は凛の頬に触れ、その唇を奪った。

凛の体がわずかに震えた。


「……橘、くん……?」


戸惑い、怯え、泣き出しそうな声。

だが智也は止まらなかった。


服を乱し、その体を抱いた。

凛は抵抗した。小さな体で必死に拒んだ。

けれど智也の腕の力は、その声も、涙も、振りほどけなかった。


智也の耳に、凛の嗚咽が届いた。

その声が、胸に突き刺さった。


(……俺は、何を……)



虚無


全てが終わったあと、智也は凛の涙に濡れた顔を見た。


凛は震えながら、ただ泣いていた。


智也の胸に、冷たい虚無だけが残った。

どんな快楽も、どんな支配感も、心を満たすことはなかった。


(……また、朝が来る……

これも、リセットされる……

でも……俺は……俺は……)



また朝が来た。

智也は目を開けた。


木目を見つめるその瞳に、理性も感情も灯っていなかった。

ただ空虚と、冷たい興奮だけが残っていた。


(今日は……何を壊そうか)


智也の口元が、音もなく吊り上がった。



智也は街に出た。

歩行者にぶつかり、老人を突き飛ばし、子どもの泣き声に嗤った。

石を手に、車の窓ガラスを叩き割り、その音に酔った。


追いかけてきた警官の顔を殴り、その目に浮かんだ恐怖に胸を震わせた。


(この顔だ……この顔をもっと見たい……)


智也は笑っていた。音のない、歪んだ笑みを。



夜、智也は凛を見つけた。

凛は怯えも疑いもなく、笑顔で声をかけた。


「橘くん、今日も……一緒にいよう?」


その笑顔に、智也は寒気に似た快感を覚えた。

(この純粋さ……この信頼……どんな風に壊れるのか……見てみたい……)


智也は凛の手を取った。

静かに、どこまでも優しげに。


そして人気のない場所へと連れていった。

暗く、誰の目も届かない場所へ。


凛は少しだけ不安げに笑った。


「……橘くん……? こんなところで、どうしたの……?」


智也の手が凛の肩に触れた。

優しく、しかし冷たく。


「大丈夫だよ……凛」


凛の目に、ほんの少しだけ怯えの色が浮かんだ。

その色を、智也は貪るように見つめた。


(もっと見たい……この顔……この壊れる瞬間を……)


智也の声はどこまでも優しかった。

けれどその目は、完全に壊れていた。



暗い人気のない場所。

智也は凛の手を引き、静かに足を止めた。


凛は不安げに、けれど信じるように笑った。


「橘くん……ねぇ、ここで何を……?」


智也は無言でその肩に手を置いた。

優しげに、しかしその目に理性の光はなかった。


凛の目がかすかに揺れた。


「……橘くん……?」


智也は微笑んだ。優しさを装った、壊れた笑みだった。


「大丈夫……何も怖くない……凛」


そしてその手が、凛の頬に触れ、髪を撫でた。

凛は小さく身を引いた。だが智也の腕がその動きを封じた。


「……やだよ……橘くん……やめて……」


凛の声は震えていた。

泣き出しそうで、必死に笑おうとしていた。


「怖い……私、橘くんと、こんなの……望んでない……」


智也はその声に耳を塞ぐように、凛を抱き寄せた。

凛の体が小さく震え、腕の中で抵抗した。


「信じてるのに……どうして……どうしてこんなことするの……!」


その声は、痛みと悲しみが滲んでいた。


「お願い……橘くん……やだよ……! やめてよ……!」


智也はその声を、どこか遠いもののように聞いていた。

ただ、抱きしめ、支配し、壊れていく凛の表情を貪るように見ていた。


凛の涙が頬を流れた。

震える声が、夜の闇に消えていった。


「橘くん……私……信じてたのに……」


その言葉が、智也の胸の奥をひどく冷たくした。

快感はなく、ただ虚無と寒さだけが残った。


(……これが、俺の選んだ道……?)


凛の涙が智也の指に落ちた。

その感触に、智也は静かに目を閉じた。



朝が来る


光が差し、智也はまた目を開けた。

天井の木目。

乾いた頬、汗のにじむ額。


(……また朝だ……また……俺は……)


智也の口元が、静かに歪んだ笑みを刻んだ。


(何度でも……壊せる……何度でも……)


その笑みは、もはや人のものではなかった。

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