流転
毎日、俺は同じ電車に乗る。
そこから山を下ってトンネルを抜け、開けた平地が広がる田舎の駅に降りる。
毎朝閑散とした駅で、一人が好きな俺にとっては好ましいものだ。
駅員も一人か二人いるかくらいで、人の気配はほとんど感じない。
——はずだった。
それは、電車の発車のベルの音と共に現れた。
いや、落ちてきた。
いきなり、駅内に衝撃音が響いた。
駅舎の屋根を突き破って、舞い降りてきた。
その姿はまるで———
俺は思わず口に出していた。
「天使だ…」
白鳥のような可憐な両翼を持ち合わせた、白き一人の少女がそこにいた。
髪は短くボブのような髪型で、日本には慣れ親しみの少ない、異様に白い毛が生え揃っていた。
肌はとても白く、目の色素は薄く、グレーの容態を帯びていた。
肩をすくませ、体を捻り、もがいているように見えた。
きちんと直立不動だが、どこかおぼつかない。
上を見上げると、駅舎の屋根が突き破られている。
だが、少女の体を見ても怪我一つない。
これは俺の妄想なのだろうか…?
「妄想ぢゃないよ」
少女はグレーの瞳で俺に問いかけてきた。その眼差しは優しくもきついもので、畏怖のじみた感情を抱かざるを得ないものだった。
神聖さ、とはこのことなのだろう。
「ぢゃ、本題ね」
彼女はそう俺に言ってきた。指を刺して。
「まずあなたはもう死んでるのよね」
彼女はそんな冗談めいたことをのたまいた。
ならなぜ俺はここにいる。嘘ばっかり。そもそも、なんなんだお前は。
「神の使いだよ」
彼女は横髪を払って、軽快に答えた。
「あなたは死んぢゃってるのでね、転生してもらおうと思ってるのよ」
彼女はどこからともなく髪とペンを取り出して、俺に渡してきた。
紙には転生に同意するか否かの旨の文が書かれている。
「なんで俺に」
「んなの神様に聞いてよ。ってあなたは会えないでしょうけどね」
「転生って…」
転生。新しい人生。いや人生かどうかもわからないのか。
というか、おれ死んでたの?
確かになんで俺こんな寂れた駅に毎朝行ってるんだ?
俺って何してたっけ?あれ?あら?あれれ?
「ほら、はやく書いて。はよう書かんと、記憶があやふやになっちゃうよう」
天使は意地悪そうな顔をして、上目遣いがちにこちらを見た。
両手を叩いて、「はやくはやく」と、リズミカルに声を上げて急かしてくる。
急かされている…!選択肢はないということか?
「まあ、別にこんまま成仏したいならそんまま記憶が無くなるの待ってもいいんぢゃよ」
「いや、それは嫌だな、なんか」
「まあ、そうだと思ったよ。あんたさあ、さっきから邪気っていうかね、怨念オーラすごいんぢゃよー。生前相当恨みを持って死んだね、さては」
恨み?全く心覚がないが。うん。
ともかく俺は急いで紙にサインを書いた。
記憶がなくならないうちに。
「本当にいいんぢゃね、まじで?どこかに転生するのかわかんないんぢゃよ?」
「いいよ、別に」
俺はサインを書き終わる直前、紙にある文章に目がついた。
[転生と言っても、あなたの人生をもう一回やり直すだけです。]
その文章に俺は驚いた。転生っていうか、ループ?
「世界観が違うんぢゃな、これが」
「世界観?」
「あんたが転生するのは剣と魔法と工業の世界。まあ、全部のせぢゃ。良かったよう、こりゃあ、かなりレアケースの世界ぢゃよ。神様に感謝することよなあ」
なんだそれ。ほぼ別世界じゃないか。
てことは、俺はまた、俺として生まれ変わるということか。
やり直せるってのはいい点だな…本当に…。
俺はサインを書いた紙を天使に渡した。天使は何秒か目を通し、確認を終えたようだった。
「ぢゃ、もう転生するけどいい?」
「ああ、いいけど、本当に夢じゃないよな?俺なんか夢見て、るみたいにふわふわ、してるんだ、けどぁ…」
俺は意識をなくした。というより、成仏した、意識が転移した。
俺はまた、俺になる。
ここから、俺は俺の人生をやり直すことになる。
俺のやり直しの物語の始まりだ。