忘れない
リハビリです、よろしくお願いします
8月中旬。
世間は夏休み真っ只中というのに僕は誰と遊ぶ訳も無く、来てくれる保証もない約束の為に地獄と化した外へと足を踏み出そうとしていた。
「……仕方ない、覚悟を決めるか」
皮膚が溶け落ちそうになりながら、最寄り駅に着くと僕は急ぎ足で電車の車内へ走る。
この世の地獄と化した外と比べれば、電車の車内は天国同然だ。
この暑さのせいか車内は空いており、余裕で席に座ることが出来た。
僕はいつものようにスマートフォンとイヤホンを取り出し、自分だけの結界を展開した。
……十年前、僕がまだ小学生だった頃。
仲の良かった友人が三人いた。
何をするにも四人で遊ぶことが多く、誰一人欠けることがないぐらい仲が良かった。
だが、一人が家庭の事情で引っ越すことが決まり、僕らはその一人の為にタイムカプセルを埋めることにした。
自分たちの思い出の品をタイムカプセルに入れて、十年後にタイムカプセルを掘り返しに行こうと約束をした。
つまり、今日がその十年後だ。
僕はしがない大学生となり、勉強に追われている中で友人である咲良と健二は雲の上の存在となった。
別に死んだ訳ではない、ただ僕と住む世界が違ってしまった。
咲良は昔から容姿端麗で誰もが認める完璧な美少女で、本人もアイドルを夢見ていた。
そして努力を重ね、今や彼女は時のスーパースター。
新曲を出せば、毎回一位を取るほど彼女は絶大の人気を得てしまった。
好きなアニメに出てくるイケメンキャラクターでカップリングを組んでいた咲良はもういない。
きっと今日の約束なんか忘れているだろう。
……無意識に聴いていた彼女の曲の再生を止めるとふとある広告に写っていた綺麗な顔立ちをした男と目が合う。
健二は小学生の頃に綺麗な顔立ちと口の上手さから芸能事務所にスカウトされ、今やトップ俳優の仲間入りを果たしていた。
アイツは顔に見合わずにとてもヤンチャでよく僕と一緒に周りの大人を困らせるイタズラをしたりしていたのが嘘みたいだ。
テレビを点ければ、色々な番組に顔を出していて見ない日なんてない。
そんな人気者が一地元の約束なんかの為にわざわざ来るはずが無い、断言してもいい。
目的地まであと五分となった所で携帯に一通のメールが入ってきた。
「……これは」
メールを見ると、写真が付随していてそこには目的地である小学校が写っていた。
メールアドレスは僕が知る限り、妥当する人物はいなかった。
誰がこれを送ったんだ?
北極と化していた車内から一変、僕は再びこの世の終わりのような炎天下の中で小学校に向かっていた。
「さっきのメール……健二や咲良じゃなかったから……志穂か?」
だとしてもだ、僕は咲良や健二とは十年前のあの日以来、交流はない。
志穂は一体誰から僕のアドレスを聞いたのだろう。
気になることは多いが、志穂が来てくれるなら嬉しい。
だって彼女とは最後の日から会えていなかったから。
目的地である小学校に着いた僕は学校の教員の許可を取り、校庭へと足を踏み入れる。
踏み入れた瞬間、十年前の思い出が頭に流れ込んできたのがわかった。
忘れたかった思い出、忘れたくない思い出、どちらもまた僕にとって大切なかけがえのないものだった。
三ツ谷志穂、僕にとって彼女は初恋の人だった。
笑顔がとても可愛らしく、好きな事に対して全力で取り組む姿に僕は心を惹かれた。
虐められていた臆病な僕に戦う勇気を、逃げないことの大切さを僕に教えてくれた。
結果、僕はいじめっ子に負けはしたが何度も何度も食らいついたことでいじめられる事は無くなった。
だから僕は今、ここに立っていられる。
「確か……ここだよな」
教員から借りたスコップでタイムカプセルが埋まっているであろう地面を掘っていくと、金属音が鳴った。
ビンゴだ。
錆び付いたタイムカプセルを開けると中から大量のおもちゃが溢れ出す。
一枚一枚思い出の品を見ていると、一つ違和感があったことに気づいた。
「志穂の姿が写っている写真が……一つもない」
記念にと四人で写っていた写真をタイムカプセルに入れていた筈なのに、中に入っていたのは僕や咲良、健二しか写っていない写真しか無かった。
「いや、そんな筈は……」
何度も何度もタイムカプセルの中身を漁っても、三人が写っている写真しか見つからない。
「……もう充分だよ、二見くん」
ふと、声がした方へ振り向くとそこに立っていたのは紛れもない三ツ谷志穂の姿だった。
当時、三つ編みが特徴だった彼女は今は長い髪を束ね、優しく微笑んでいた。
「何が充分、なんだよ」
心臓が高鳴る音だけが体内に響き渡る。
まるでこの後の言葉を知っているかのように
「私ね、この世界の住人じゃあないんだ。未来から来たの」
咄嗟の出来事に僕は言葉を返す事が出来なかった。
それでも彼女は言葉を紡いでいく。
「過去に居続けた私はね、この世界の記録から消えなきゃいけない。だから今持ってる写真も私を知っている人たちの記憶も消えていく」
そうかだから、咲良や健二は約束の日なのに来なかったのか。
アイツらは約束だけは必ず守るのに。
「待ってくれ……消えるのがわかっているのに何でもう一度戻ってきたんだよ」
「借りっぱなしにしていた漫画を返したくてね。怪盗戦士ノワール、好き……だったよね」
怪盗戦士ノワール、僕が初めて志穂に貸した漫画だ。
自分と好きな物が一緒だった彼女と好きを共有したいが為に泣け無しの小遣いから買ったんだ。
その筈なのに……彼女との記憶が薄れ始めているせいで自信が無い。
「僕はどうすることも出来ないのか?」
「別に存在事態が無くなる訳じゃないよ。未来の人間が過去にいたら変になるでしょ? 歴史が修正されるだけで会えなくなる訳じゃない」
「だからね二見くん、何年後に会えるか分からない私を覚えてなくていいんだよ。……ありがとう、私を好きになってくれて」
最後に笑ってくれた志穂の顔はどことなく悲しそうだった。
気がつくと、僕は校庭に大の字になって寝転んでいた。
さっき僕は……学校の先生にスコップを借りて……それで。
その先を思い出そうとすると頭痛が走った。
訳が分からないまま、校庭から出ようとすると手に何か持っていたことに気づく。
「……なぁ、僕は自分でも笑ってしまうぐらい記憶力がいいんだよ。君がそこまで言うなら僕は必ず君に会いに行く」
何年経っても体が朽ちようとも自分を忘れさせようとした大バカ者を叱るまでは必ず生きなきゃいけない。
だから待っててくれ、志穂。