花、散りゆくように【3】
エニスとエヴァが会った翌日。
とある病院に、リクィドの姿があった。
気落ちした様な表情で向かう先は、イールイが入院している病室である。
他の病室や診察室、待合室などとは隔離されたその部屋は、外から見える豪華な病院の地下にある。
リクィドは病院の最奥にあるエレベーターに乗ると、地下へと降りた。
どこまで降りるのかと、普通なら不安になるほどの距離を下り、エレベーターを降りると、景色は一変する。
病院と言うよりも、研究所に近い印象を与える地下は、現時点で“何も明らかになっていない病”をもつ者が入院している施設だ。
この地下に入院しているという事は、イールイの病は、原因も治癒の方法も、未だ何も分かっていない、未知の病である事を意味する。
通路を歩く院内のスタッフ達も、全員が防護服を着込み、完全防備である。
(……ものものしい雰囲気だな、中には“呪い”もあるだろうし…。まぁ仕方ないが…)
こんな場所に病そのものの様に、隔離されているイールイが哀れに感じる。
イールイ自身は、ずっと眠り続けているから何も感じないだろうが、大切な恋人であり仲間であるイールイが、こんな研究材料の様な扱いをされている事に、不満が募ってしまう。
そんな事を考えながら病室へ行き、リクィドは躊躇なく室内に入った。
この部屋は普通の病室とは違い、部屋が特殊なガラスで区切られている。
イールイが眠るベッドは、ガラス張りの向こうにあり、見舞いに来た者はガラスより先には進めない。
病が明らかになっていない以上、感染しないとも限らないからだ。
リクィドは元冒険者という事で、常人より遥かに多い抗体を持ってはいるが、敢えてガラスの向こうには足を踏み入れていない。
もし自分まで病に冒されてしまったら、一体誰がイールイを救うのか。
そう自分に言い聞かせ、ガラスの向こうに見えるイールイの寝顔を見つめる。
どうやら呼吸は整っている様だ。
苦しそうではない様子を見ると安心する。
こうして見ていると、ただ眠っているだけの様だ。
「イールイ…待ってろよ。オレが必ず、お前を助ける」
本当はどんな場所に行くにもイールイを連れて行きたいが、今回はそれが叶わない。
一人寂しい旅になると考えると、後ろ髪引かれる思いだ。
「こうして見舞ってても仕方ねぇな、とりあえずエヴァんとこに行って、幻花の情報を聞くか」
わざとイールイに聞こえる様に声に出して言うと、リクィドは振り返らずに部屋を出た。
アンハマ島、アブスギブ洞窟付近。
普通ならば絶対に足を踏み入れない様な危険な地に、エニスは足を踏み入れていた。
地獄の餓鬼の様に、醜く痩せ細った身体のラインを隠す為のマント。
そして、痩せすぎで飛び出てしまった眼球を隠す為の、深いフード。
マントは、アンハマ島に渡る前に道具屋で買った何処にでもある市販品だが、これなら骨と皮だけの化け物の様な姿を隠す事が出来る。
目的は醜い容姿を隠す事であり、正体を隠す事ではないのだ。
それでもこれなら、パッと見ただけでは、誰も自分の正体を見破れないだろうと思う。
何せ、素肌はほとんど出ていないのだ。
頭には鼻まで隠れるくらいに深くフードを被り、足元はブーツ、手元は手袋と、完全に皮膚を隠している。
性別すら特定できないはずだ。
(さて……と)
エニスは島に来る前に聞いてきた、詳しい話を思い出す様に腕を組んだ。
エヴァの話によれば、幻花については色々な噂が広がっているが、どれもデマの様である。
幻花は夜明けにのみ見付けられ、それ以外では他の花と見分ける事すら出来ないらしい。
夜明け時、朝の光を吸収している様に、光り輝く花なのだそうだ。
さしあたっての問題は、咲く場所の特定が出来ていない事である。
分かっているのは、アブスギブ洞窟付近だと言う事だけで、雲を掴む様な話だ。
(夜明けと共に光り輝く…か)
輝くとは言っても、夜ならまだしも朝日が登り、辺りが明るくなってしまえば、多少の光りは朝日に紛れて見えないだろう。
せめて花の形や色などが分かれば良いのだが、外見的には特徴のない花らしく、夜明けに輝く事だけが唯一にして、確かな特徴。
いくらなんでも、この広い島の中で一瞬輝くだけの花を見付けるのは、至難の技だ。
夜明け時、見えるほど近くになければ、そもそもアウトなのだから。
(…花……か)
花を探して辺りを見ていると、ふと花を愛でて心を癒していた時もあったと、昔の事を思い出す。
(幻の花…か、そう言えばあの頃も確か、そんな花の噂があった様な……)
あの時は、よくある伝説や噂話としか思っていなかった花の存在。
そう考えて、エニスは思わず足を止めた。
そうだ。
幻の花の噂や話は、かなり昔からあった。
(どんな……噂だった…?)
必死に当時の噂を思い出していると、少しずつ噂の内容が思い出される。
(そう…そうよ、どんな病も怪我でも治す奇跡の花……)
確かにそんな噂だった。
当時は自分も健康で、周りにも身体を壊した人はいなかったせいか、全く興味がなかった。
(幻の花は夜明けと共に輝く、幻の花は命の輝きに似ている……)
興味がなかったとは言え、さすがに一度聞いた内容は、頭の何処かに残っているものだ。
(でも……確か噂では、幻の花は…死の花とも呼ばれてて……)
そこまで思い出すと、エニスは眉をひそめた。
どんな病や怪我でも治す花が、なぜ死の花などと呼ばれているのか。
何か裏がありそうで、必死に思い出そうとするが、全く思い出せない。
だが結局、今考えるべき事は幻花を見付ける事だと、エニスは考えを中断した。