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花、散りゆくように【2】

エヴァの家へ行くと、さすがに占い師というべきか、エヴァは何の連絡もしていなかったエニスを、驚きもせずに室内に招き入れてくれる。


「よぅ来た、久し振りだのぅ。目的は幻花の情報かえ?」


「……まぁね」


「どれ、その辺に適当に座ると良い、ここまで来るのは大変だったろう」


「……?」


今の体力では無駄な戦闘は避けたく、モンスターが出ない時間や道を選んで来た。


何故そんな事を言うのかと首を傾げると、エヴァは悲しそうに手を上げた。


「……すまぬ…忘れてくれ、それより紅茶飲むか?それともコーヒーか?」


「あ…、じゃあコーヒーで…」


病を気付かれないようにと、平静を装ってはいるが、体力の限界は確実に近付いており、エニスはゆっくり息を吐きながら椅子に腰掛けた。


「エニス、これから食事にしようと思っておったのじゃ。一緒にどうじゃ?丁度昨日、いいワインが手に入ったのでな」


そう言いながらコーヒーとミルクを差し出すエヴァからカップを受け取ると、エニスは迷いながら頷いた。


「…そうね、せっかくだし」


食べる気力などないが、ここで断るのも妙だろう。

適当に口に入れて、後は場を濁せばいい。


なるべく早く幻花の元へと出掛けたかったが、鋭いエヴァの事だ。


下手にいつもと違う態度を取れば、異変に気付かれてしまうかも知れない。


気は進まないものの言葉に甘えて頷くと、キッチンの方から良い香りが漂い始めた。


(…いい匂い、私の好きな物みたいね)


普段なら飛び上がって喜ぶところだが、今はそんな気力はない。


少しでもカロリーを摂ろうと、テーブルに常備してあるシュガーを山ほど入れて、コーヒーを口に含む。


飲み込むのが苦痛だったが、生きる為だ。と無理矢理に飲み込むと、喉の奥に流し込んだ。






「…さて、幻花の情報だったな」


良いワインがあると言っていたエヴァの言葉通り、テーブルには豪華絢爛なメニューと共に、有名な銘柄のワインがある。


まさかいつも昼間からこんな豪華な食事なのかと、エヴァの食生活を疑ってしまう程だ。


しかも、そのどれもがエニスの好物ばかりで、どうやら自分の為に作ってくれたらしい事に気付き、エニスは恐縮しながら口を開いた。


「知りたいのは、幻花のある詳しい場所と、入手方法なんだけど」


「…先に言っておくが、かなり厳しいぞ。実はな…、幻花は毎回、一輪しか咲かぬのだ」


「…一輪、だけ?」


「うむ。何せ幻花自体がレア物過ぎて、なかなか研究所へ回ってこぬからのぅ…、詳しい事は分かってないのが現状だが…。事実、一輪しか咲かない…これは間違いない。過去同時に二つ発見された事は、一度もない。そのたった一輪の花を、欲しがる人間全員で奪い合う事になるであろう」


「……そう、なんだ」


簡単には手に入れられないとは思っていたが、まさか一輪しか咲かないとは予想を遥かに超えている。


腕のある者達が、こぞって奪い合う花を、今の自分が手に入れられるのか。


エニスはテーブルに並べられた料理を見ながら、強く唇を噛み締めた。


出来る出来ないの話ではないのだ。

手に入れるか死ぬか以外、他に選択肢はない。


「でも…絶対に必要だから」


諦めない。

自分に言い聞かせる様に声に出すと、エヴァは小さく息を吐いた。


「…分かった、なら止めるのはやめよう。その代わり、くれぐれも気を付けて行くのだぞ」


「あはは、大丈夫だって」


心配性は相変わらずだな、と笑顔を返した。






エニスが幻花に向かって立った後。

エヴァはほとんど、手付かずのままの料理を見下ろした。


出来る限り、エニスの好物を作ったが、どうやら無駄だったらしい。

結局、一口も食べずに行ってしまった。


(…嫌な予感は当たるものだのぅ)


訪ねて来たエニスを見て、いつもと様子が違う事は、一瞬で気付いた。


様子が違うだけではない。

身にまとう命のエネルギー自体、今にも消えそうだったのだ。


この嫌なエネルギーが見えるのは、相手が近いうちに死んでしまう時。

または、人生の岐路にいる時だ。


エニスがどんな未来を歩むのか、今の時点では全く分からない。


(おそらくは……)


エニスは命に関わる様な、何か深刻な病を持っている。

幻花にこだわる所を見ると、病ではなく“呪い”かも知れない。


この先、幻花を手に入れる事が出来るか、それとも出来ないのか。

それにより未来が変わる。

だから未来が予測出来なかったのだろう。


(無事に手に入れて欲しいものだが……)


そう願わずにはいられないが、それが難しいであろう事は、エニス自身も気付いているだろう。


エヴァは悲しそうに目を閉じると首を振った。


(それに今回は、奴も動くであろうな……)


つい先日。リクィドと付き合い始めたばかりのイールイが、原因不明の病に冒されたと聞いた。


どんな病でも治すと言われる幻花は、リクィドにとっても、喉から手が出る程欲しいはずだ。


(……さて…、どっちが手に入れるのか…)


イールイの病は“呪い”ではないだろうが、原因が分からない以上、治す方法も分からない。


間違いなくリクィドも、幻花争奪戦に加わるだろう。


(奴が動くとしたら、エニスに勝ち目はなさそうだが……)


しかし未来が見えなかったという事は、エニスが幻花を手に入れる可能性もある。


エニスが手に入れればイールイの命が助からないだろうが、その逆もまた然りで、エヴァは深く溜め息を吐いた。


出来る限り力を貸したいが、あちらを立てればこちらが立たず。


どちらの味方も出来ない事が歯痒く感じ、エヴァはただ二人が無事に生き残る事を祈った。


二人とも、大切な仲間であり親友だ。

誰にも死んで欲しくはないし、悲しんで欲しくもない。


今でも記憶に鮮明な、エニスとリクィドとイールイと四人で旅した楽しかった日々を思い出しながら、エヴァは自分の無力さに、本日何度目かの溜め息を吐いた。

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