花、散りゆくように【7】
何故こんな事になったのか。
目の前のリクィドの姿に、エニスは驚く事すら忘れ、放心した様に立ち尽くしていた。
この場にいるという事は、幻花を取りに来たのだろうか。
だがあのリクィドが、花をただ取りに来るとは思えない。
間違いなく、幻花を必要とする理由があるはずだが、一見したところ、リクィドに体調の変化は見られない。
リクィドがアンハマ島に来た理由を考えようとするが、焦りや不安や驚きで、頭が上手く働かないのだ。
何故リクィドがここにいるのか?という驚き。
そしてもし、幻花を取りに来ているのなら、リクィドと奪い合う事になる。という不安。
それらの焦りがエニスを動揺させ、冷静さを奪っていた。
何よりも、この今の姿では、誰よりも会いたくなかった、かつての想い人である。
こんな化け物の様な姿を見られたくはなかった。
だがこのまま素直に幻花を渡す訳にもいかない。
リクィドの姿を見る限り、幻花が必要な様には見えない。
至って健康そうな身体だ。
今のエニスには何よりも羨ましく、何よりも眩しく見える。
(リクィドに幻花が必要には見えない。ギルドの依頼……?)
冒険者はそれぞれがギルドに属しており、ギルドからの依頼で動く事も多い。
危険な場所に用がある際に、一般人が腕のたつ冒険者に代わりに行くようギルドに頼んだり、または個人的にボディーガードを頼んだりする例は多くある。
今回のリクィドがそれではないか。
(だったら……絶対渡さない)
さすがに最初にリクィドを見た時は、リクィドの身体を心配したが、幻花を必要としているのは、リクィドではないようだ。
(別に戦って勝つ必要はないんだから…、先に幻花を手に入れればいいのよ。落ち着いて……)
そう自分に言い聞かせていると、リクィドはエニスに敵対心がない事に気付いたのか、警戒を解いた。
「お前も幻花を探しに来たのか?」
「……」
見知らぬ…しかも正体不明の相手に、平気で話し掛ける屈託のなさは相変わらずだ。
だがエニスとしては、正体がバレてしまうような事は避けたい。
話しかけて来るリクィドを無視すると、無言のまま背中を向けた。
本当は久し振りに会えた事、久し振りに声が聞けた事が嬉しくてたまらないのに、言葉すら交わせない事が酷く悲しい。
エニスはリクィドに背中を向けたまま、ぼんやりと自分の身体を見下ろした。
(……こんな醜い姿…リクィドにだけは、見られたくなかったのに…)
リクィド本人はエニスに気付いてはいないが、死臭のような嫌な臭いには気付いているだろう。
このまま気付かれずに幻花を手に入れ、健康な頃の自分で会いたい。
その一心で、リクィドの傍へ行きたい気持ちを抑えた時、東の空が赤く染まっているのが見えた。
「……」
夜が明け始めているのだ。
いつの間に、そんなに時間が経っていたのか。
この場所に来てから、時間の感覚が曖昧になっている事に気付く。
だが時間の経過を考えている場合ではない、幻花を見付けられるのは今しかないのだ。
直ぐに辺りを探さなければと、視線を動かした時、エニスは見慣れないモノを見付けて、目を凝らした。
辺りを照らし始めた朝日が、ある一ヶ所に集中している様に見える。
まだ薄暗い中、天から一筋の光が射し込む様に、空と大地を繋ぐ光があった。
その光の中心に、何の特徴もない、だが美しすぎる花がある。
確証があった訳ではない。
確信があった訳でもない。
だがエニスは、無意識に懐から拳銃を二丁、取り出していた。
そして意識しないまま、銃口をリクィドに向ける。
(私の…花……)
二丁の拳銃は、エニスが扱う唯一の武器である。
大して腕力もないエニスにとって、モンスターと戦うには武器が必要だからだ。
だがこの使い慣れた拳銃を、人間に向けたのは初めてだ。
しかも知っている相手に銃口を向けるなど、有り得ない。
だが花を見た時、誰にも渡したくないという気持ちが脳を支配し、気が付けば、身近にいたリクィドに銃口を向けていたのだ。
そしてリクィドが花に視線を向けようとした瞬間、エニスは本能的に引き金を引いていた。
ガウンガウンと、高い音でありながらも、腹に響く音が辺りに響き渡る。
引き金を引いた時、まだリクィドは、完全にはこちらを振り返っていなかった。
なのに、リクィドはエニスの攻撃など最初から分かっていた様に、発砲された弾丸を避けている。
エニスをみる目に、さっきまでとは違う光が宿っていた。
先ほどの攻撃で、エニスを敵だと認識したらしい。
(何してるの私は…!リクィドに向けて発砲するなんて!!)
自分が自分じゃなかった感覚とでも言うのだろうか。
あの花を見た瞬間。
花を手に入れる為に、他ならぬリクィドに対して、明確な殺意が芽生えた。
自分の命を救おうとする、本能的で反射的な行動だったのかも知れないが、激しい自己嫌悪に陥ってしまう。
生きる為の本能とは言え、共に戦い、背を預けられる程に信頼した仲間を殺そうとするなど、有り得ない。
だが既に賽は投げられてしまった。
リクィドの自分に向ける気当たりが、どんどん強くなっていく。
殺気は全くないものの、強すぎる気当たりを直接受け、エニスはまたしても本能的に、銃口をリクィドに向けていた。