大人になるということ。
笛の音が聞こえる
飛び込み台に上がり、プールの水面と次に来る笛の音に集中した。
次の瞬間を待つ、この緊張感がたまらなく衝動感をかきたてる。
次の笛が鳴り、一斉に水面へと飛び込んだ。
泳ぎ終え、プールの壁にもたれながら一息つく。
やっぱり何度やってもなれないものだと、緊張感がどっと出て体の疲れともに疲労感がどかんと出た。
プールから上がろうとふと視線を端に向けると若い男性たちと貫禄のある年配の男性が飛び込みの練習をしていた。
・・・・・?っと不思議に思う。
飛び込みなのに正面を向いてつっこみながら水面に入っている。
何故…と思いつつその日は特に何も気にしてなかった。
学校が休みの日、プールにひとりで自主練に来た
あれ、またいる。と思いつつアップを始めたが気になって仕方なかった。
あまりにも視線を向けすぎていたのか
コースをまたいでひとりの男性がこちらに来た
ロープに腕を乗せ、
「うるさくてごめんなぁ」
と話しかけてきた。
いきなり話しかけられたことに戸惑いつつ大丈夫です。とだけ返事をした。
「俺ら消防士で大会があって、その練習してるんだ」
「消防士…?大会?」
消防士に大会なんてあるんだと思いながらよくわからずちんぷんかんぷんな顔をしていたのを見て男性が笑う
「俺の名前は、弥生。また会うことがあったらよろしくな」
「はい。」と言ってその日は終わった。
家に帰ってからふと今日のことを思い出した。
弥生さんか…大人の男の人ってみんなあんな感じなのかな?
と考えつつ、まぁもう会うこともないだろうと考えていた。
それから毎年夏になる頃に何度もプールで会うことがあった。
毎年、毎年。
「でっかくなったな!」と笑う
なんなんだろうこの人?とずっと思っていた。
ある日プールから上がって着替えをし、更衣室からでたところに弥生がいた。
「お!お疲れ様」
と練習の疲れか少し疲れたような顔をしていた。
「お疲れ様です。」
うーーん、特に話すことはない
「そういえば名前聞いてなかったな。なんていう名前?」
あ、そういえば何度も会って話しているのに名前を話していなかった
「宏美です。」
「宏美か・・よろしくな。またプールで会えたら見せたいもんがある」
そう言って男子の更衣室から他のメンバーが出てきたところで解散になった。
その当時、中学生なりに好きだと思っていた男の子はいた。
だけど弥生さんはなにか別のものを感じた。
今はまだその気持ちが何なのか私には分からなかった。
その翌年、プールで弥生さんに会った。
「久しぶり!でっかくなったなぁ~」
といつもの会話
「水面が真上になるように下にもぐって。たくさん息吸って長く潜っていて」
と言われ、深呼吸をしたら手を引かれ水面に二人でもぐりこんだ。
ふたりでもぐりこみ、弥生さんが上を指す。
指先の先に視線を向けると弥生さんが大きく息を吐く
アクアリング・・・・
はいた酸素が気泡となって丸くなり水面へと上がっていく。
水の中はやっぱり神秘的で落ち着く。それに加えられたアクアリング。
息が続かなくなってきた。と思い名残惜しいが水面へと上がった。
「なぁ、大人になったらデートしよう」
と唐突に言われた言葉
「え?」と思わず聞き返してしまった。
「宏美はいい女になるからな。」
と笑う
いい女ってなんなんだ?と思いつつ
「大人になったらって何歳?」
と聞いた
今となってはそう聞いてしまうところが子供だったのだと思う
「まあ20歳くらいかな。」と弥生は答えた。
その後、高校に入ってからが大好きった水泳やめてしまい、弥生に会うことはなかった。
でもふと、久しぶりに会いたいと思うこともあった。
だからふと出会いの場所であるプールに足を運んだ。
まぁ、いないだろう。そんな織姫と彦星じゃないんだし。
と思いつつ内心期待している自分もいた。
行く道の途中、横からの車が速度をさげて窓を開けた。
「宏美だよな!久しぶり。」
弥生だ…。まさか会えると思っていなかった。
「近くに駐車場があるからそこに車止める。少し話そう!そこの公園にいて!」
そう言って弥生さんは行ってしまった
公園でブランコに乗りながら久しぶりに会えたことがうれしい反面ドキドキしてきた。
「おまたせ」
と少し息を切らしながら弥生さんがやってきた。
「弥生さんお疲れ様です。」
「さんはいらないよ。呼び捨てにして」
ここ最近のことをたくさん話して、弥生に今日会えて本当によかった。
だけどやっぱりこのまま会えなくなるのは少し寂しくて、連絡先だけでも知りたくなってきた。
「連絡先教えてください」
といった。考えより先に言葉が出ていた。
少しの沈黙の後、弥生がカバンから紙とペンを出しアドレスを書いた。
「はい。あんまり返事かけなかもしれないけどそれでもいいなら」
と
私の心の中でこんなにも嬉しいという感情があったのかと思うくらい胸が張り裂けそうなくらいうれしかった。
「ありがとうございます!」
表面上では冷静そうに見えても心の中ではお祭り騒ぎだ。
家に帰ってから少しして、メールを送った。
『久しぶりに会えてうれしかったです。』
とたったそれだけ
けれどもなかなか返信は来なかった。
忘れかけたころメールの着信があった弥生だ。
『俺も久しぶりに会えてうれしかった。もう少し大人になったらデートしような。
宏美と一緒に海に行きたい』
と。海・・・大人になったら・・・
なぜそこにこだわるんだろうと不思議に思いながら
月に何度かメールのやり取りをした。
ある朝目が覚めると
『今日は俺にとっての最期の大会だ!』
と参加するメンバー全員をの写真がメールで送られてきた。
『がんばって!』と返信をし、大会の結果など知る由もなくその日は終わった。
何日か経った後、弥生からメールが届いた。
『久しぶりに会えないか?』
と
急な話にびっくりとした。
私は私で会いたいと思いつつ弥生が思う「いい女」になれるまで我慢しようとしていたのだ。
何かあったのか心配になり、結局会うことにした。
「久しぶり」
と弥生が言う。
なんだかメールでも実際にあっても『久しぶり』
単純で使いやすい言葉だと少し嫌悪感を抱いてしまっている自分がいた。
「大会駄目だったんだ。俺の力が及ばなくて…」
と弱音を吐く弥生がいた。
大会の結果なんて全く知らなかった私はなんて言葉をかけたらいいのかもわからずにいた。
「弥生、最後の大会だったんでしょう?
今まで頑張ってきたことは私も知ってるし、みんなも知ってるよ
見てくれてる人は見てくれてる。弥生のこと責める人いなかったでしょう?」
と私の言えることはこれで精いっぱいだった。
「ありがとう。やっぱり宏美はいい女に成長してる。だけどまだまだおぼっこいな。」
と切なげに笑うと立ち上がり
「元気でな」とその場から離れてしまった。
行かないで、とは言えなかった
私は弥生のことを何も知らない。でもきっとこの人のことが好きなんだと気づいた。
でも、言われた言葉が受け止められなかった。
きっともう二度と会えない そう本能で感じた。
涙があふれてくる。何年も何年もつないできた思いがあふれた。
視界がゆがむ。立っていられなかった。
あぁ、私の初恋は弥生だ。と
その日から弥生にメールを送ることもなくなった。
もちろん向こうからも来ない。
悶々とする気持ちの中で少しやるせない気持ちも出てきた。
「なんで?どうして?」と言いたかったけど言わなかった。
言わなかったんじゃない、言えなかった。
半年ほどの期間が過ぎ、自分なりのけじめだと思い、最後にメールを送ることにした。
『弥生は私にとっては初恋でした。きっと忘れることはできないと思います。
だけどそれど同じくらい弥生のことが許せない気持ちもある
でもやっぱり弥生のことが好きでした。』
と返信なんて期待していなかった。ただ自分の気持ちにけじめをつけたかったのだ。
そう思っていたのにすぐに返信が来た
『俺も宏美のことが好きだった。
だけど俺と宏美では恋愛の仕方が違うんだ。
俺のことは許さなくていいから』
と
ここでひとつの恋が終わったのだ。
私にとっては初恋だった
弥生にとっては取るに足らないものだったとしても
適当に送ったメールだったかもしれないけど。
私にとっては大切な時間、大切なメールだった。
でも、終わりにすると決めたのだ
アドレス帳から弥生を削除し、今までのメールさえ見返さず削除した。
少しでもアドレスが残ってしまわないように送信履歴も
弥生からもらったアドレスを書いた紙をライターの火で炙った。
紙が燃えていき、灰になっていく。
いつか私のこの初恋も思い出も消えてくなるのだろうかと考えた。
だけどきっと忘れない。そう自分でもわかる。
弥生に出逢えてよかった。初恋が弥生でよかった。
と少し涙があふれた。




