5 ーエディー
「体調は良さそうですね」
「もやがはれたみたいです」
神殿に行ってみるとエディが入り口側の端の方に座っていた。
祈りを捧げる生徒は他にもいたが、柱の影に隠れヴィオレットを待っていたかのようだった。
相変わらず暗めの上着を着ている。今日はくすんだ濃い緑色の、手の甲が隠れるくらい大きめのコートを羽織っていた。
小麦色の肌をしていないので肌の色を隠しているわけではないと思うが、今日はそこまで寒くないのにコートは暑くないのだろうか。
身長が高い分痩せているようにも見えるので、脂肪がなく寒さを感じやすいのかもしれない。
「魔導士のお知り合いがいるとは思いませんでした」
エディには失礼な物言いだが、念の為確認したい。どうして田舎の出というさほど身分がある貴族ではないのに、魔導士と知り合いなのか。
エディはその問いの意味を察しただろう。しかし特に気にすることはないと、魔導士であることは否定せず、軽く笑う。
「実は、僕は魔力が多い方で、幼い頃扱いに苦労していたんです。それで、魔導士に扱い方を学ばなければならず、その経験から魔導士の知り合いも増えました。学院に入る前は魔導士に来てもらって魔法を習っていたんですよ」
ヴィオレットも多くの魔力は持っているが、苦労するほどではない。
魔力の多い者は稀に幼い頃魔力を暴走させることがある。無意識に物を壊したり、物を燃やしたりしてしまうのだ。そのため、赤ん坊の頃に魔力を抑える道具を身に付けるのが一般的だ。
エディもその一人だったのだろう。ちらりと見せてくれたブレスレットには、小指の爪くらいの大きな虹色の宝石が付いていた。魔力を抑えるためのものだ。
「魔導士に特別に作らせた物です。もちろん今では制御はできますが、何か突然のことで暴走しないように身に付けています」
「綺麗なブレスレットですね。こんな風に虹色になるのならば、相当の力があるんでしょう」
元は真っ白な石で、魔力が混じると色が浮かぶ。多くの力が混在して虹色になるため、よほどの力を持っていることになった。
(私も幼い頃付けていたけれど、それでも虹色にはならなかったわ。今も付けているのだから比べ物にならないわね)
大抵は大人になれば制御できる。大人になっても制御できなくなる時があるのならば、普通では考えられないほどの力を持っているはずだ。
だからエディはヴィオレットの呪いに気付いたのかもしれない。魔力が多ければ魔法の痕跡に気付けるという。虹色になるほどの魔力を持っていれば可能だろう。
ブレスレットには虹色の魔力を抑える石以外に、赤色や白色の小さな石がちりばめられていた。
魔力を抑えるブレスレットに見えないように装飾がなされているのだろうか。魔力抑制のための石が虹色になるなどほとんどないので、知識のある者が見ない限り珍しい宝石に見える。
これを隠すように長い袖の服を着ているのかもしれない。
「ところで、犯人の目処はつきましたか?」
「いいえ、残念ながら、まだ————」
「こちらもそれについて調べて良いですか?」
「なぜです?」
「魔導士が、違法性を指摘しているからです」
それはそうだろう。古の魔法。従属の魔法は過去のもので禁書になっているのだから、それをいじった魔法など適法なわけがない。
その線で犯人に大きな罰を与えられる。王宮の免許を持つ魔導士からすれば許されざる行為だ。
「この間の魔導士がひどく激怒していまして、どうしても犯人を捕まえたがっているのです」
「正義感にあふれた魔導士なんですね」
「曲がったことを嫌う者のようです」
口元だけでにこにこ笑ってくれるが、そこまで頼って良いのか迷うところだ。
「まだ、お礼もしていませんが」
「それは、また今度で」
エディはヴィオレットに礼をさせないつもりか、それについては再びスルーする。
目元は見えないがこちらをじっと見つめているようで、顔をヴィオレットに向けたままエディは返事を待った。
「……では、よろしくお願いします」
「承知しました。すぐに魔導士に連絡して犯人確保に全力を尽くさせますね!」
そんな嬉しそうに言われると申し訳なさが半減する。
そもそもエディの求めるお礼というのが、あまりお礼らしくないものだった。
(お礼とは別に何か贈り物をした方がいいかしら。ドレスもいただいたのだし)
「ラグランジュ令嬢がお元気なられたとはいえ、犯人は捕まってません。危険に晒されることがあるかもしれないので、こちらも贈らせてください」
エディはコートのポケットからそっと小箱を取り出した。中にはエディのブレスレットのように赤い石が散りばめられた細いリングの腕輪が入っている。
「急な攻撃を受けても治療できるように、魔法が施されたブレスレットです」
「こんな高価なもの、もらえません」
どう見ても安物ではないし、もらう理由がない。
赤い石に癒しの魔法が施されているとなると、エディのブレスレットも同じ効果があるのだろう。
魔力があるため妙な輩に狙われることを恐れているということか。魔力があれば裏社会で悪用されることがある。人質でも取られて悪行に身を費やすよう強要する輩がいるからだ。
虹色の石を持つエディであれば、おかしな輩に狙われてもおかしくない。
「実は、こちらもお試しで……」
「商売品のお試しってことですか」
「恥ずかしながら。ですが、威力はしっかりしていますよ。それは試し済みです」
「では、目立つよう付けていた方がいいってことですね」
「そうしていただければ、ありがたいです」
エディは照れながら頭をかく。エメラルドグリーンの瞳がきらりと輝いて見えた。
長いまつ毛と少しだけ切れ長の目は形が良く、通った鼻と整った口元をしている。
髪を上げて背筋を伸ばせば結構な美青年だと思うのだが、顔を隠しているようにも思えた。
「前髪、邪魔ではありませんか?」
「あ、これは、髪が柔らかいせいでどうセットしても額におりてきてしまうんです。朝セットするのも面倒で。早起きも苦手でして」
ヴィオレットのようにメイドを寮に連れてくる者は多くない。エディの身分ならば単身で住んでいるのが当然だった。身なりを気にしていないのもそのせいだろう。
ただ、小汚いというわけではないので、その点は気を付けているようだ。
身の回りで必要な物を贈ろうか。呪いを解いてくれた礼とは別に軽く贈り物でもしておきたい。さすがにこちらの気が引ける。
「どうして、ここまで気に掛けてくれるのですか?」
一応聞いておきたい。商品を大々的に売りたいのならば、協力するのもやぶさかではない。身辺調査が終わり問題ないことが分かれば、その手伝いをしてもいい。
むしろその方が気を遣わないで済む。
「僕が知っているラグランジュ令嬢は、周囲の状況を見極めて冷静に物事を対処する方でした」
エディはヴィオレットを見つめると、遠慮げに話し始める。
学院に入ってすぐ、まだヴィオレットが呪いに掛かっていない頃、学院の魔法の授業で火事があった。
授業中、魔力を制御しきれなかった女生徒のミスで、薬品に火が付き爆発を起こしたのだ。
先生が準備に教室を出ている時で、その場はパニックに陥った。
「その時、第二王子が同じ教室にいながら、彼を安全な場所へ誘導する前に女生徒に火が燃え移ったのを助けられました。ラグランジュ令嬢の的確な指示と落ち着きのある行動で、事なきを得たのです。王子を優先して助けていたら、教室に燃え移り大きな火事になったでしょう。緊急の場合でも周囲を見渡す視野の広さに感嘆したのを覚えています」
爆発は女生徒の前で起きたもので、周囲に火の粉が散っていた。先にファビアンを誘導していたら、他の物や服に火が飛び散って大惨事になっていたかもしれない。
そのため、ヴィオレットは先に火を消して、女生徒を助けたのだ。
本来ならファビアンを助けるべきだったのだろう。後でむくれていたが、あの判断は間違っていなかったと今でも思っている。
「あの事件では冷静に物事に対処していたのに、しばらくしたらラグランジュ令嬢はその時のことが嘘のような全くの別人になっていました。構ってほしいと第二王子にすがっている姿は、あなたらしくありません」
はっきりとした物言いをされて、ヴィオレットはエディを見上げた。背筋を伸ばしたエディは地味なイメージを消し、物おじしない毅然とした態度が威厳を感じるほどだった。
「王子に夢中なあなたは、別人としか思えない。普段のあなたならば人目もはばからず王子を追い掛けたりしないでしょう。独りよがりで男にすがるのはあなたらしくない。恋は盲目だとしても、おかしいだろうと」
エディの言葉に、ヴィオレットは嬉しさが込み上げてきた。
周囲はおかしいと思いながらも、ただ思うだけ。何か原因があるのではと動くわけではない。婚約者であるファビアンは変に思いながらも、それを嫌がりヴィオレットを避ける真似をした。せめて話を聞いてくれるような男であれば、事態は悪化しなかったかもしれないのに。
「ありがとうございます。バダンテール様。おかげで正気を取り戻せました」
「や、実は、ブレスレットが服に絡んで、たまたま取ったところ、ラグランジュ令嬢の周囲におかしな気配を感じたのです。いやあ。タイミングが良かったんですよ」
エディは申し訳なさそうにするが、それが本当かはともかく、そのおかげで助かったのだ。重荷にならないようにしてくれる話し方も好感が持てる。
ヴィオレットの警戒を解きつつ、魔導士を呼んで部屋に入るまでの話の運びもうまかった。根っからの商売人なのかもしれないが、そうだとしても気分は悪くない。
彼の背景が面倒なものではないと良いのだが。
「今日はありがとうございます。次こそはお礼をさせてください」
「我が家の商品を身にまとっていただけるだけで、十分ではありますが。それもまだ試作ですので宣伝などはしないで大丈夫ですよ。ラグランジュ令嬢が身に付けているというだけで、注目されるでしょうし」
負担にならないようになのか、エディは注釈をつける。
しかし、やはり礼については触れてこない。まだ試作品があるのだろうか。
「では、次に会う時は敬語をやめませんか。学年も同じなのだし、敬語を話す必要はないでしょう」
話していて不快ではなく、むしろ話しやすい。
学院で友人のいないヴィオレットには、気軽に話せる相手がほしいというのが本音だ。呪いのせいで女生徒はヴィオレットを遠巻きにすることが増えた。ファビアンと少しでも話せば、ヴィオレットに罵られると思っているのだろう。呪われたままならそうなっている。
「私も敬語で話さないようにします。同じ学院の生徒として接してほしいわ」
エディはその言葉にぱっと顔を上げて一瞬驚きを見せたが、緩やかに微笑を浮かべた。
それは、心からの微笑みか。朗らかで柔らかな表情。エメラルドグリーンの瞳はヴィオレットを捉え、まるで愛しい者でも見るかのように穏やかに目元を綻ばせた。
前髪が邪魔をしなければ、射止められるような笑顔だ。
(もったいなさすぎるわね。猫背をやめて顔を見せれば、女の子たちにもてそうなのに)
「遠慮なく話して。私もそうするわ。エディと、呼んで良いかしら。私のこともヴィオレットで構わないわ」
「もちろん。嬉しいよ。ヴィオレット嬢」