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4 ー第三王子ー

 マリエルがファビアンとダンスを一緒にするのは何度目だろうか。

 呪いに掛かってから見た覚えはあるが、今までのパーティではヴィオレットを優先し最初のダンスは踊った気がする。


 今回のパーティではヴィオレットとダンスをすることもなかった。

 ヴィオレットがファビアンを無視し、挨拶回りをしていたからだが。


「どこか、体調でも悪いのか?」

 それを気にしているのか、ファビアンが廊下で口にしたのは、ヴィオレットのことだった。


「なぜです?」

「いや、なんとなく。いつもは……」


 いつもはどうだったとか、あまり聞きたくないが、いつもはもっと媚びるような態度をしていたのだろう。ファビアンは口籠るだけで、その先を話そうとしない。


 廊下で偶然鉢合わせたので、軽く挨拶をし、過ごそうと思ったところ、ファビアンは通りすぎようとしたヴィオレットに慌てるように声を掛けてきた。


 今日のファビアンはいつもの護衛の騎士を一人連れているだけ。

 名は確か、コーム・ドニエといったか。飾り気のない短い黒髪。あまり身長は高くないが筋肉質な男だ。


 黒のマントの裏地は青紫で、ファビアンを守る騎士の色をまとっている。学院に入るようになってファビアンに付くようになった。言葉を話しているところをほとんど見たことがない。

 後ろで待機し会話には一切入ってこないため、ファビアンは置物とでも思っているようだ。


 マリエルが一緒にいないので声を掛けやすかったのかもしれないが、話す内容もないのに声を掛けてこなくていい。

 待っていても言葉がないので、ヴィオレットはため息をつきそうになる。


「ああ、そうですね。少し体調が悪いのかもしれません」

「そ、そうだろう。おかしいと思った。さっさと部屋に戻って安静にしているのだな」

「お気遣いありがとうございます。失礼します」


 体調が悪ければ納得されるというのも腹立たしいが、説明する気も起きない。

 ファビアンはパーティでマリエルと踊りながら、なぜかヴィオレットを気にする。

 ヴィオレットがファビアンにすがることがないと、今では気になってしまうようだ。何ともどっちつかずの態度である。


 すがり付くヴィオレットが嫌なだけで、そうではないヴィオレットは気になるのか?


(普段どうしてたんだっけ。思い出せなくなってきてるわ)


 ファビアンを背にして歩き始めると、前からマリエルと女生徒、ファビアンとたまに一緒にいる男子生徒が歩いてきた。


 マリエルは少しだけ怯えるような顔をして目を合わせないように頭を下げたが、隣にいた女生徒が通りすがりにヴィオレットをきつく睨みつけた。

 マリエルの友人、クロエ・バルレだ。焦茶色の瞳と髪。あまり長くないその髪を二つに分けて束ねている。少しだけそばかすのある日焼けした肌。


 ダレルノ王国や隣国ホーネリア王国には他国から逃れてきた民族が住んでおり、彼女はその民族の血を引いていた。


 何十年も前、国境を跨いでその民族が戦いを起こした。

 国内に住む者たちとはいえ彼らには国民としての権利がなく、国境も彼らには意味のないものだったが、国境を跨いで戦いになれば両国の住民に影響が及ぶ。


 そのため、ダレルノ王国とホーネリア王国が鎮静化に向けて参戦したわけだが、実際はその民族が国境の拡大を望むダレルノ王族の一人の欲望に巻き込まれただけだった。


 民族同士戦うよう仕向け、領土拡大を目論んだのは当時のダレルノ王国の王の孫で、地方の領土を任されていた。自分の領土に他民族が住んでいることを嫌がっていたのは有名な話だ。一掃のついでにホーネリア王国への進出を行い、領土拡大を狙ったのである。


 結局その企みが露見し、戦いは沈静化したが、巻き込まれた民族は憤慨し、その結果ダレルノ国民としての権利を手に入れた。国民にすることで被害にあった民族の怒りを緩和させたのだ。王は彼らに住む土地を貸し、職を与えた。


 その中で貴族になった例がある。民族の中で高位だった者たちだ。族長やその親戚、力のある戦士などがそれに当たる。


 聖エカテリーナ学院にはその血を引いた者が数人入学していた。


(デキュジ族だったわね。肌色は少々小麦色の魔法に長けた民族)


 日に焼ければそれくらいの肌になる程度だが、貴族の中にいれば目立つので気付かれることは多い。そして、元は国民ではないと嫌がる貴族がいた。

 薬草や魔法の知識が豊富なため田舎では重宝されるが、街では関わりを避ける者も少なくない。分かりやすく差別の対象なのだ。


(マリエルは差別主義ではないってことかしらね)


 仲が良くて結構だが、だからといって本来婚約している相手に睨み付けるのはいかがなものだろうか。


(婚約者がある者にちょっかい出す方が、どうかしてると思うけれど)


 マリエルとクロエが通ると、その側にいた男子生徒が頭を下げた。

 前にいた二人と違い、律儀に挨拶をして通りすぎる。

 ファビアンに用があるのか、マリエルの後ろで彼女たちの話を待った。


 ジル・キュッテル。クロエと同じ髪と瞳の色で、彼もまたデキュジ族の血が入っていた。肌色は目立つほどの小麦色ではないため知っている人間は少ないだろうが、それでも遠巻きにする生徒はいる。


 ヴィオレットは学院に入る際、デキュジ族の血が入った生徒は全て覚えさせられた。

 争いの種になりやすいからだ。


 クロエと違ってジルはヴィオレットに喧嘩を売ることはなく、会えば必ず挨拶をしてきた。親しいがファビアンに付きっきりというほどでもないため、ヴィオレットと争う気はなさそうだ。

 争ってデキュジ族に影響が出ても困るだろう。ラグランジュ家を敵に回せばデキュジ族の血を持つ貴族に勝ち目はない。


(それは、ファビアンも同じだけれど。あの男、分かってないわよねえ)


 ファビアンとの婚約を解消。それがファビアンの浮気が原因となれば、ラグランジュ家は彼を王に推すことはない。

 ファビアンには弟のカミーユがいる。カミーユは母親の身分が低く、現在第二継承権を持っていても王にはなれないだろうと言われているが、ラグランジュ家がカミーユを立てると決定すれば、どれだけの貴族がなびくだろうか。


 第三王子カミーユを推す貴族は少ないが、ラグランジュ家が後ろ盾になれば、混乱を極めるだろう。


(私がカミーユ様の婚約者になる可能性も出てくる……)


 カミーユは一つ年下で、今年学院に入ってきた。同年代に比べて小柄で、青緑の瞳は大きく、ふんわりとした柔らかな雰囲気を持つ。


 ふわふわの首元までのココアのような茶色の髪は癖毛で、丸めの顔立ちを可愛らしく見せた。ファビアンが髪をセットしなければ同じような髪型になるだろう。


 母親が違い髪色も違うが兄弟よく似ている。





「お姉様。体調が悪いと聞きました。大丈夫なんですか?」


 どこでその話を聞いたのか。カミーユは憂えげに見舞いの花を持って部屋にやってきた。


「最近ずっと体調が悪かったんですけれど、今は大丈夫ですよ。とても元気です」

「それなら良かったです。顔色も良さそうで、安心しました」


 カミーユは幼い頃からヴィオレットを姉のように慕ってくれ、よくファビアンと一緒に後ろから付いてきていた。おとなしく素直な性格でファビアンのように鈍臭いところはあったが、母親の身分が低く王宮で肩身の狭い思いをしていたため、王に認められるように努力をしてきた子だ。

 ファビアンに比べればよほどしっかりしている。


「この間のパーティは、大丈夫でしたか。私は招待されていなかったので」

「ああ、いつも通りですよ」

「いつも通り……。また、兄上がひどい仕打ちを?」


 カミーユの言うひどい仕打ちは、婚約者を優先せずマリエルを優先することだ。

 憂える通り、パーティが最悪だったのは口にすまい。

 ダンスすら踊らず、話したのはドレスに関してだけ。ここ最近ではダントツでファビアンの無礼さが表れている。

 それを気にしていないヴィオレットも大概だろうが、それはおいておこう。


「調子が悪かったので、あまり覚えていないです。早めに切り上げてしまったので」

「そうですか。……あの、私から、王にお伝えしましょうか? 兄上の所業は、あまりにも……」

「大したことではありません。それに、対処すべき時はしますので、ご安心ください」


 ファビアンがマリエルを優先し始めているのは、ヴィオレットの父親も知っている。婚約は早くに行われたが結婚は学院卒業後だ。それまでにファビアンがあのままであれば、ラグランジュ家も黙ってはいない。

 とはいえ、第一継承権を持ってしまったファビアンとの結婚が進むかどうかは、今のところ未知数だ。王もラグランジュ家も、これ以上ラグランジュ家が力を持つことを好んでいない。


 パワーバランスが崩れると王国に大きなヒビが入ることもある。結婚については慎重になるだろう。

 それ故に、ファビアンの行動は己の首を絞めることになるのだが。


「今日のお姉様は、前に比べて、落ち着いていらっしゃるんですね」

「ああ、はは。そうですね。体調が良いからかもしれません」

「良かったです。ここ最近、ずっと、表情が晴れないようだったので」


 前ならばカミーユの前で泣いていたのかもしれない。思い出したくない。

 落ち着きなく泣き出したりしていたので、ヴィオレットの相手は面倒だっただろう。しかしそれでも心配し、見舞いに来てくれることが嬉しい。

 本当の弟のように懐いてくれていることに感謝したい。


「あの、勉強をされていたのですか?」

 カミーユは机の上に出されていた教科書が積まれているのを見て、そわそわし始める。勉強の邪魔をしたと思ったようだ。

 確かに勉強はしていた。呪いが掛かっていた間、勉学をまともに行なっていないので試験前にしっかり復習したかったのだ。


「すぐにお暇します。今日はパーティのお話が聞ければと思っていただけなので」

 ヴィオレットが泣き喚いているとでも思っていたようだ。その愚痴に付き合うつもりだったのだろう。


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。最近のお話も聞いていませんし、ゆっくりお茶をしましょう」

 カミーユは王宮からの扱われ方があまりよくない。学院でも微妙な立場だ。王が側室でもない侍女に手を出したからだが、その侍女がデキュジ族の血筋にあった。


 母親の祖父がデキュジ族で、それ以外にデキュジ族の血は入っていない。それでも王族の王子にデキュジ族の血が入ったとあり、騒ぎ立てる貴族がいる。

 ファビアンと兄弟と言われて納得なくらい似ているのに、少しでもその血が混じっているだけで白い目で見られる。


 ファビアンが第一継承権を辞退した場合、カミーユが王になるわけだが、そこには多くの混乱があるだろう。だが、王になることはできる。


(この子はそんな大それたことを考えないでしょうけれど)


 けれど、ファビアンがもし失脚すれば、次に継承権を得るのは、このカミーユだった。

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