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23 ー終局ー

「婚約おめでとう。喜ばしいことね」

「ありがとうございます。ですがその……、まだ、口約束だけですので……」

「あら、そうなの? でもすぐに決まるのでしょう。妹は知っていたわよ。あなたがどんな子なのか、教えろという手紙が」

「えっ!?」


 王妃ジュリアンヌに誘われてお茶をしていたら、当然のごとくすぐにエティエンヌの話になった。


 嬉しそうに語るジュリアンヌは、ホーネリア王国王妃である妹から手紙をもらい、ヴィオレットのことを事細かく説明した手紙をしたためたそうだ。


「な、何をそんな、書かれたのですか……?」

「いい子よ、いい子よ~。と書いておいたから安心なさい。ホーネリア王にも許可は得ているのでしょう? ただ正式に発表されていないだけで」


「いえ、まだホーネリア王と王妃にお会いしておりませんし、ご挨拶をしてから決定となりますので」

「何言っているの。あなたの部屋をどうするか、好きな色やら衣装の好みやら聞かれたわ。知っていることは返事をしたけれど、エティエンヌ王子にも同じ内容の手紙がいってるのではないの? あっちはあなたが王宮に来ることを待ち望んでいるわよ。次の休みまでに全て用意するつもりでしょう」


 次の休みまでもう二月もないのだが。ヴィオレットは冷や汗が流れるのを感じる。


 エティエンヌは、婚約は学院が終わってからで良いと言っていた。婚約破棄をしてすぐ別の国の王子と婚約など、貴族や学院の生徒たちの噂が悪いものになるのではないか心配してくれているからだ。


 ヴィオレットはファビアンと同じ科目を履修していて顔を合わせる機会は多い。エティエンヌとファビアンも重なることはあり、隣国の王子同士トラブルを避けたいのが本音だろう。


「馬鹿ねえ。あなたに遠慮して婚約発表を遅らせているだけでしょう。本当はさっさと発表して言質を取ったことに安心したいでしょうし、自慢もしたいでしょうに。この間もここに来て婚約発表はいつかと聞いたら、あなたが落ち着くまでは。とか言いながら、うずうずして辛抱していたわよ。あなたが良いと言ったらすぐに発表するのではないの」

「そ、そうなのですか……?」


「当然でしょう? 元婚約者がすぐそこにいて、何も思わないのならばよほどの脳天気だわ。あなたは恋愛ごとに不慣れとはいえ、鈍感にも程があるわね」


 キッパリと断言されてヴィオレットもさすがにショックを受ける。ずっしり重い石が頭に乗りかかったようだ。自分が恋愛に鈍いとは思わなかったが、エティエンヌが我慢していることにも気付かなかった。


「仕方がないことだけれどね。あなたはファビアン王子のことで頭がいっぱいだったでしょうし、弟を見守っていたようなものでもあったから。けれど、エティエンヌ王子とは望んで婚約するのだし、相手が良いと言うからと甘んじるのではなく、自分から寄り添って話を聞く方が良いでしょう。あなたとエティエンヌ王子は知り合って間もないのよ。性格も全て分かっているわけではないのだから」


 ジュリアンヌは呆れるように苦言をくれるが、すぐに顔をほころばす。


「だからといってすぐに何もかも理解しようとしなくていいのよ。お互いに歩み寄り擦り寄せていくことが必要だわ。それから良い方向へ進めばいいの。あなたは真面目だから何もかも完璧にしたいと思うでしょうけれど、相手も同じことを考えているのだということを、忘れないで」

「……肝に銘じます」


 エティエンヌと知り合って間もなくプロポーズをされたのだから、何も分からなくて当然だ。短い間であったエティエンヌの行動や考え方を好ましく思い同意したが、それが全てではない。


 自分の意見もそうだが、相手の意見も聞いて、できるだけ意思を尊重したい。

 エティエンヌがそんな風に遠慮しているとは考えなかった。


「いい傾向よ、ヴィオレット。あなたには幸せになってほしいわ」

「王妃様……」

「ホーネリア王国に行きましょうと約束したわね。約束が叶って嬉しいわ!」


 ジュリアンヌはにんまりと含んだ笑いを見せる。

 そういえば、前にホーネリア王国に行こうと言っていた。あれは何かの忠告かと思っていたが。


「私の想定通りになったわね。エティエンヌ王子の話は聞いていたから、もしかしたらと思っていたのよ」

「お、王妃様……!?」

「あら、迎えが来たわよ。まったく、鼻が利くこと」


 にやつくジュリアンヌが視線を変える。その先に見える白金の髪の男が近付いてきた。エティエンヌは微笑みながら恭しく挨拶をする。


「未来の婚約者がおいでになると耳にしたので、失礼ながら訪れてしまいました。お邪魔でしたでしょうか?」

「いいえ。これでお開きにするところだったのよ。私はここで失礼するから、あなたはここに座って話をするといいわ。ヴィオレットから話があるそうよ」

「お、王妃様!?」

「ヴィオレット、旅行は楽しみにしているわね」


 笑いながらそんなことを言って、王妃はさっさと席を立つ。エティエンヌが何のことかと首を傾げた。


「旅行?」

「いえ、その。えっと……」


 ジュリアンヌはヴィオレットとファビアンが上手くいっていなかったことは知っており、ジョナタンの死の原因を調べながらも、エティエンヌが想いを寄せたことにも気付いていた。


(だからホーネリア王国に行こうなんて言ったの? あんなに前から気付いていたってこと??)


「ヴィオレット嬢?」


 不思議そうにしてエティエンヌが首を傾けつつ席に座る。すぐにお茶が運ばれてメイドたちが話の聞こえない距離へ離れた。

 用意が過ぎないか!? 王妃は何でも想定しているのか、にっこり笑顔で去っていった。後で間違いなく近況を聞いてくるだろう。


「その、ですね……」

「言いにくいのならば無理に話す必要はない。女性同士のお話だろう」


 よどんだ口調でもたついていると、エティエンヌは俯き加減なヴィオレットをさりげなく気遣う。

 ファビアンならば遠慮などせずにズバッと言えるのに。そう思いながら、比べたことに首を振りそうになる。エティエンヌはファビアンではない。


 気安いから言えることもあるが、気安い相手ではないからと口にできないわけではない。今は言葉をはっきり伝える勇気を持てないだけだ。


 何を思われても構わない相手とは違い、エティエンヌはヴィオレットを想って遠慮をしてくれている人で、ヴィオレットも相手を重んじたいと思っている。


(だからといって、何も言わないのでは相手には通じないわ……)


 ヴィオレットは顔を上げた。エティエンヌには自分の気持ちをしっかり伝えたい。

 恥ずかしいからと口ごもっては相手に失礼だ。エティエンヌはヴィオレットを大切に思うが故に一歩下がって接してくれているのだから。


「婚約の件ですが、次の休みに王と王妃に会う際、婚約の許可をいただけましたら、その、……婚約を公示していただければと」

「————良いのか?」

「許しをいただけるか分かりませんが」


 婚約破棄したばかりの女を受け入れてくれるのだろうか。急にそれが心配になってきた。王妃は大丈夫だと言うが、行ってみたら違ったとなれば立ち直れない。


「ヴィオレット」

「え?」


 顔を上げればエティエンヌの瞳がすぐそこにあった。額に触れるあたたかな温もりを感じて、ヴィオレットは一瞬で顔に熱を持ったのが分かった。


 口付けられた額。エティエンヌはゆっくり頬に触れると、もう一度その赤く染まった頬に口付けた。


「休みが待てなくなりそうだ」

 満面の笑顔をヴィオレットに向けて、エティエンヌは喜びを表した。


(こんなことで、そこまで喜んでくれるなんて……)


 少しでも、相手を喜ばせたい。そんな気持ちが膨れ上がる。相手を大切に想うのならば、独りよがりではいけない。エティエンヌはその心を持っている人で、ヴィオレットを大切に想ってくれるのが良く分かる。


 ファビアンとヴィオレットに足りなかったこと。


(相手を尊重することを、今さら知った気がするわ。私はずっと、傲慢だったのね……)


 エティエンヌに教えられることはたくさんあるだろう。ヴィオレットがエティエンヌに教えられることはあるだろうか。


 お互いを補うだけではなくて、もっとより良い方向に進めたい。


「とても嬉しいよ。ヴィオレット」

「……私もです。エティエンヌ様」


 そっと届いた長い指先が口元に触れる。


「エティと呼んでくれないだろうか。エディではなく、エティと。前のように、敬語もいらない」

 仮の名だった時、ヴィオレットはエディと呼び捨てていた。あの時のように気安く話したいのだ。


「婚約はすぐに決まる」

 エティエンヌの笑顔に、ヴィオレットは頷く。


「エティ。私も嬉しいわ」

 ヴィオレットの答えに、エティエンヌは破顔する。


 そうして、エティエンヌは形の良い桜色の唇をヴィオレットのそれにゆっくりと重ねた。




 ホーネリア王国第二王子エティエンヌ・ラ・ファイエットとヴィオレット・ラグランジュの婚約が発表されたのは、その二ヶ月後だった。


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