20 ージルー
「ヴィオレット様。エディの正体が分かりました!」
アベラルドに呼ばれて店にやってきたら、最初の報告がそれだった。
ヴィオレットはソファーにぐったりと脱力する。
「……知ってる」
「なんで知っているんですか! 第二王子ですよ! 姿を変えてホーネリア王国の第二王子が留学してたんです」
「知ってるってば」
「大ニュースだったんですけど。あと、ジル・キュッテルのことで、手紙にも書きましたが領土ではかなり横暴だったようですね。クロエ・バルレは協力を求められて断れなかったようです。彼女の母方の祖父がキュッテル家の執事で。他の貴族たちに見下されていても他のデキュジ族からすれば権力者ですからね」
「ジルが横暴なのは表面じゃ分からないのにね……」
「顔色変えずに父親を殺そうとする男ですよ」
ジル・キュッテルは家庭内では暴力的だったらしい。
キュッテル家の使用人たちはジルを恐れていた。病気であるキュッテル家の当主、父親を殴り続け、殺しかけたのだ。
幸い命に別状はなかったが、現当主ではジルを抑えられないことが周知された。
母親はデキュジ族の出身ではなく、当主の財産を目当てに嫁いできたため、ジルにひどく冷たく、常にデキュジ族を罵り、ジルの前でデキュジ族は恥だと言い続けていた。
そんなジルが正常に育つわけがなく、母親の教育で思考は大きく偏ってしまった。
そのせいでデキュジ族は陥れられ、ダレルノ王国の奴隷になったのだと思うようになり、王族を恨む者たちと関わるようになったのだ。
ファビアンと知り合ったのは子供の頃。王族を初めて見たジルは何を思っただろう。
全ての悪の根源だとでも思っただろうか。
「結構古い友人なんですね。ファビアン王子は体面を気にしないとは聞いてましたが、幼い頃に知り合って仲が良ければ、親友のように思っていたのでは?」
「そうね……。ファビアンはジルを信頼していたから」
気付いた時にはパーティなどで声を掛けていたが、いつから仲良くなったのかはヴィオレットも知らなかった。
「他の貴族にいびられていたところに遭遇して、言い返したのがファビアン、ね……。そんなきっかけで知り合っていたとは知らなかったわ。正義感というか、普通に疑問だったんでしょうね。なぜ大人たちが子供を冷淡に扱うのか。ファビアンは空気読まないくせにそういう空気は読んで、正論を口にするのよ」
「そういうところがおありですか。それが逆に気に障ったんですかね。王族に庇われたっていう」
「分からないわ。親しくなるにつれて、ファビアンがカミーユ様を下に見ていることに気付いて、ってことかもしれないわ」
「デキュジ族は王になれないとでも言っちゃったんですかねえ」
元々王族に恨みのあるジルだ。差別をしないとはいえカミーユに対しては矛盾するファビアンに怒りを覚えたとしてもおかしくない。
「どちらにしても、母親のせいで人生が台無しになってしまったみたいな感じですね。その母親も死んでますから、もしかしたら……」
母親が亡くなったのは階段から落ちたため。自宅で死亡している。
アルベルトはこれについては分からないと、小さく息をついた。
ジル・キュッテルの父親は病気。それも何の病気なのかというところだ。
父親がそんな母親を選んだことを恨んでいたのか、何とも言えない。
ジョナタン王子暗殺。ファビアン暗殺未遂。ヴィオレットへの呪い。その他にボリス・ベイロン殺害。今回の事件でジルを筆頭に多くの者が罪に問われた。
一部のデキュジ族が捕らわれて、デキュジ族の立場は悪くなる一方だろう。今後どのようになるのか。
「カミーユ様の婚約は破棄されるかと思ってましたけど、その予定はなさそうですね。お相手の方がデキュジ族の血を引いてるのを知っている者は少ないですが、デキュジ族への悪評が高まっている今、デキュジ族の血を持つ方との婚約続行は難しい気もしますが」
「破棄をしたらカミーユ様の血を拒否したように見えるからでしょう。それに、破棄をすれば王がデキュジ族を追い詰めることになるわ。ニーグレン家もデキュジ族の血を隠してはいるけれど、こんなことが起きた今では破棄された方が困るでしょう」
「破棄されて、デキュジ族の血筋が入っていると知られたら面倒になりますもんね……」
二人の仲の良さは見てすぐ分かるほどだ。お互い婚約破棄は望まないだろうが。
(どちらがいいのか、何とも言えないわね)
事件のせいでカミーユの立場はさらに悪くなる。そのカミーユに嫁ぐメロディも苦労することだろう。
そして、カミーユが王になることはなくなった。王はファビアンを選んではいたが、今回の事件で決定的になった。デキュジ族がジョナタンを殺し、ファビアンを殺しかけたのだから、カミーユを王にすれば今度は同族から非難を受ける。
次期王はファビアンに決定したのも同然だ。
「ヴィオレット様の婚約破棄は決まりましたね」
「耳が早いわね……」
「お父上から連絡がありました。馬鹿王子から解放されたと」
「……お父様……」
ファビアンとの婚約破棄は決定し、発表も行われる予定だ。まだファビアンには会っていないが、父親と会いその話を聞いた。
元々破棄の方向で決まっていた婚約だ。
事件が原因でヴィオレットが生臭い王族暗殺を前に畏れをなしたと思われることはない。
ファビアンが学院で婚約者以外の女性を懇意にし、ヴィオレットの忠告を無視した結果命を狙われたと嘲られるだろう。と怨念こもった話をしていたが、そんな噂は既に回っているので、確信犯ではないかと想像する。
ちらりとアベラルドを横目で見ると、とぼけた顔で、良かったですねえ。と何度も呟いていた。
(まさか、さすがにね……)
「ファビアン王子はしばらく療養ってことですが、謹慎みたいなものですよね。これから厳しい目で見られるでしょうし、大変だなあ。いや、自業自得ですかね」
アベラルドは涼しい顔でそんなことを嬉しげに言うのだが、聞かなかったことにしよう。
父親を疑ってはいけない。そんなことをしたら、ファビアンだけでなく王にも恨まれる。
「それで、ホーネリア王国の王子と婚約はいつですか?」
「げほん!! 何で知ってるのよ!!」
「本当なんですか!? お父上が次はすぐに決まるようなことを仄めかしてたので、もしやと思ってたんです!」
「お父様……っ」
アベラルドの引っ掛けに乗って、自ら漏らしてしまうだなんて。ヴィオレットは内心歯噛みをしつつ、吹き出しそうになったお茶を飲み直す。
「良かったですね。ヴィオレットお嬢様。エティエンヌ王子はお嬢様に身分を明かさず助けていたのですから。男前ですね!」
「……まだ、決まってないわよ」
「え、でもそんな話は出ているんですよね?」
「返事をしてないの……」
「何でですか!? まだファビアン王子との婚約破棄が発表されていないからですか??」
「それはあるけれど……」
エティエンヌはあれから何も言ってこない。まだファビアンとの婚約破棄は発表されておらず、学院も今は休校中だからだ。
二人の王子を狙った犯人が学院にいたのだから、生徒たちの心情も考えてのことである。
そのため、エティエンヌは王宮にいる。ヴィオレットもラグランジュの屋敷に戻っていた。
会って何と言うべきか。迷っている間に王妃からの誘いがあり、王宮へ参じた。そこにエティエンヌは同席していなかったが。
「王妃様がすっごく勧めてくれて。ファビアンとの婚約破棄もあるし、他国に行くのは良い機会ではないかって」
「そもそもホーネリア王国の第二王子はヴィオレット様に未練があって学院に来たのではないんですか?」
「何でそうなるのよ。お会いしたのは幼い頃だけだし、私は顔も覚えてないわ。何せすごく子供がいっぱいいて、どれがどれやらだもの。みんな白金の髪でお人形みたいなのよ。分かる? 綺麗なお人形がたくさんいるみたいで、眩しいのよ。走り回ったら嵐だったけれど」
「そうなんですかー? なら、学院で会って見初められたんですね」
「……私はエディを知らなかったわ」
前髪で顔を隠していたとは言え、何度か目元も見ているのだし、知っている顔なら気付く。髪色を変えようが顔は見たのだから。けれど、気付くことなどなかった。
確かに呪いを解いた礼は、『話を聞く』だったが、あの時から婚約破棄を狙っていたのだろうか。
「ですが、エティエンヌ王子はヴィオレット様をご存知だったんですよね? どこで見初められたか聞かなかったんですか?」
「聞くわけないでしょう……」
婚約の話をもらった際に、エティエンヌにいつ自分を好きになったなどと聞けると思うのか。アベラルドは何も考えていないような顔をして大口を開けて笑った。
「でも、王妃様が勧めてくれるんならいいじゃないですか。この国にヴィオレット様に似合う方などいませんし」
「王妃様も同じことを言ってたわ。ファビアン以外に身分が合う良い相手もいないのだし、カミーユ様の婚約者にはならないのだから、って」
「でしょうね~」
エティエンヌとは年も同じでファビアンと同じ第二王子。王になる予定はなく、王妃になるわけではない。
ファビアンを手助けできれば良かったが、ヴィオレットが重荷を背負う必要はない。ならば、もっと優秀な人を相手にした方がヴィオレットも自らを高められるだろう。その方がヴィオレットのためにもなる。
そんな、軽くファビアンを貶めるようなことを口にしつつ、王妃はエティエンヌの優秀さを仄めかした。学院で目立たぬように、成績を抑えていたこともある。エティエンヌは優良物件だと笑顔で勧められた。
「お父上も前向きでしたし、ヴィオレット様もエディには印象が良かったようでしたけれど?」
核心を迫られてヴィオレットはボッと顔を赤くした。エディに好印象を持っていたことを、アベラルドはよく知っている。
「もう、答えは出てらっしゃるのではないんですか?」
ニコニコ笑顔のアベラルドに、ヴィオレットは顔を赤らめたまま、ただ口を閉じて黙秘を行使した。




