19② ー礼ー
「ジルはどこまで関わっていたのでしょうか。彼一人では到底なされないと思うのですが」
「デキュジ族には反乱分子がおり、それらとジル・キュッテルが接触するのに時間は掛からなかったでしょう。ジョナタン王子を殺す計画を最初に考えた者は分かりませんが、ジル・キュッテルが魔導士のボリス・ベイロンを唆したのは間違いありません。ボリス・ベイロンが王宮を離れた後身を隠していたのは、キュッテル家が所有する別荘でしたから」
王宮の専任魔導士だったボリス・ベイロンは、王宮を追い出される前によく同僚からお金を借りていた。ギャンブルも好んでいたため、よく散財していたからだ。
第一王子ジョナタンが狩りに出かけ崖崩れにあい死亡する前、ボリス・ベイロンは同僚に何度も金を無心していた。しかし、ジョナタンが死亡した後、ボリス・ベイロンは急に羽振りが良くなったのである。
そしてジョナタンが滑落した崖に魔法の痕跡があったと分かったのがつい最近のこと。崖に一定の負荷が掛かれば崩れるように魔法が施されていたことが発見されたのだ。
獣を操りジョナタンたちを誘導して、事故に見せかけて殺した。
そのため王妃は魔導士を調べさせた。すぐに名が出たのがボリス・ベイロンだ。
ジョナタンの死後金の貸し借りで同僚と揉め、一人を再起不能に陥るほど痛めつけた罪で王宮を追い出されていた。
その後目撃されたのはとある領土。キュッテル家の領土である。
そして、次に狙われたのは、ファビアンの婚約者ヴィオレットだった。
「あなたの性格が変わったことにおかしいと思いながらも、その原因は分かりませんでした。その間にあなたの症状はひどくなり、魔法が掛けられている痕跡が見えても、古の魔法を変化させたものだと気付くまで時間が掛かりました。残念ながらボリス・ベイロンは鬼才で古の魔法に長けていましたから」
その腕を別のことに使えば良かったものを。結局その後、酒に帯びて刺されて殺された。背中の魔法防御は動かず、出血多量で死亡した。
ファビアンの騎士のマントの裏地はボリス・ベイロンが手に入れていたのか、死んだ後握らされた。
「ヴィオレット嬢の呪いが解け、ジル・キュッテルは焦ったことでしょう。ボリス・ベイロンに詰め寄ったはず。そこで揉めたのかどうか。ボリス・ベイロンは殺されて、ファビアン王子が殺させたように見えるよう、護衛騎士の裏地を握らせて郊外の森に埋められた。浅く埋めてすぐに発見されるのを待ったのです」
その小細工はヴィオレットを呪った証拠にしたかったのか、ジョナタンを暗殺した証拠にしたかったのか。
どちらでも良かったのだろう。
ファビアンがジョナタンを狙うなど有り得ないが、ファビアンがジョナタン暗殺をボリス・ベイロンに依頼したかのように見せる小細工も行われていたようだ。ヴィオレットは知らなかったが、王宮で証言者が現れていた。
ただし、罪の重さに耐えかねて自殺したことになっていたが。
証言者の手記が、後々ジョナタン王子暗殺の決定打になるはずだったわけである。
「ジルは、周囲がどう思い、どう噂するのかを重視して計画したみたいです」
まるで祖父がどのようにして貴族たちに罵られて苦しんだか、それを体験させるような計画だ。
ファビアンが継承権のためにジョナタンを暗殺した。
その後、ヴィオレットに呪いを掛けた。ヴィオレットの奇行を理由に婚約破棄するためだ。マリエルと婚約するにも、ヴィオレットが妬いて言い争いになる。
そして、ファビアンはヴィオレットによって刺殺されてしまう。
聴衆が喜びそうな三文芝居だが、そんな話を面白おかしく口にするのが貴族というものだ。ファビアンは自身の評判を地に落とす醜態を見せた。
ジョナタン死亡、ファビアンも死亡。残ったのはカミーユだけ。
「カミーユ王子に疑いが掛からないように、手の込んだ真似をする必要もあったのでしょう」
ファビアンを簡単に殺すわけにはいかない。王子二人が死ねば、カミーユに疑いが向いてしまう。
カミーユを襲い、カミーユを犯人にさせないようにする裏工作もしっかり行った。
ジルの計画がそのままうまくいっていれば、カミーユは疑いが掛からぬまま次の王になれる。
「ファビアンには既にマリエルが近付いていて、私とファビアンの婚約は難しいものになっていた。そこで私がファビアンを殺したとなれば、次に王になるのはカミーユ様……」
言いながらヴィオレットは沈む心を抑えるように胸を掴む。
今回の事件のせいでカミーユはさらに難しい立場に立たされるだろう。メロディとの婚約はどうなるだろうか。あんなに仲睦まじかったのに。
カミーユと話はできていない。彼のせいではないがデキュジ族の犯行だったため、恨みを受けぬよう休学している。ファビアンが学院に戻る頃に戻れるとは聞いた。おそらくファビアンに仲裁させる気なのだろう。
犯人の一人はファビアンの友人だったのだから。
「王妃から聞いていたのですが、ファビアン王子と婚約破棄が行われれば、あなたは、カミーユ王子の婚約者になるはずだったと……」
そんなことまで聞いているのか。ヴィオレットはエティエンヌに全て筒抜けだったことにため息を漏らす。
王に呪いの話を伝えていた父親は、婚約破棄の話も進めていた。王はすんなりと承諾したが、ファビアンが今以上に行いを正す気がなければ、婚約破棄の後、カミーユにヴィオレットをスライドする提案をしていた。
「そんな話も出てたみたいですけれど……」
しかし、王はメロディをカミーユの相手に選んだ。デキュジ族の血を持つ、メロディを。
そこで思うのだ。これだけファビアンを放置していながら、カミーユにデキュジ族の血を持つ女性を婚約者として選ぶ理由。
改革として次の王をデキュジ族とさせるつもりなのかと思いもしたが、実際はファビアンを後継者として決めているのではと。
「王は、ファビアンに自立を求めていたのではないかと思うのです。ラグランジュ家の娘である私がカミーユ様の婚約者となれば、誰もが王は後継者をカミーユ様と選んだと思うでしょう。けれど、王は私を婚約者としなかった」
ファビアンの婚約者だったからといっても、それは問題ではない。ラグランジュ家の後ろ盾を得れば貴族たちの派閥を大きく変えることができる。
しかし、王はそれを望まなかった。
(王は、食えないわ。ファビアンを成長させたいとはいえ、大きな賭けでしょう。ファビアンはカミーユ様が王にならないと思いながら、やはり自分も王になりたくないと駄々をこねていたのよ?)
「私が邪魔をしたことも関係しているかな?」
「え?」
エティエンヌは何かを呟くと足を止めてヴィオレットに振り向いた。
「君の呪いを解いた礼を聞いてもらえるかい?」
「え、今??」
突然くだけた話し方をされて、ヴィオレットは間の抜けた声を出す。
約束していた、呪いを解いた礼。すっかり忘れていたが、エティエンヌが希望した呪いを解いた礼はお金でもなんでもなく、『自分の話を聞いてほしい』という願い事だった。
話はいつでも聞くと言っていたのだが、改めて伝えたいことがあると突っぱねられていた。
それを今、伝えたいと言う。
改まって一体何事なのか。エティエンヌはそろりと片膝を地面に付けると、ヴィオレットの手を静かに取った。
「ファビアン王子との婚約は破棄と伺っております。突然の申し込みに驚かれるでしょうが、私の願いを聞き届けていただきたい。どうか、私と婚約していただけないでしょうか?」
「え————!?」
突然の告白に頭が真っ白になる。
予想もしていないお願い事に、ヴィオレットは顔が熱くなるのを感じた。
「————わ、私は、婚約破棄をする予定であって、まだ婚約破棄は行っておりませんが!?」
声が裏返って変に高い声になってしまった。それすら恥ずかしくて顔の温度が急上昇した気がする。
一体全体。どうしてそんな話になるのか。気安く話すようになってエティエンヌはからかうように迫るような真似をしたが、婚約者のいる者として線引きはしていた。
それなのに、それは本心だったのか。
「こんな状況で伝える話ではないと思っている。ファビアン王子のことも心配だろう。婚約破棄も進めているだけで完全に破棄が行われていないことも知っている。けれど、こんな事態になり、不謹慎だが私にはチャンスが来たと喜ぶ心があった。ファビアン王子が心を戻して君に婚約破棄をせぬよう止めたら、君が流されるのではないかと心配でならないんだ」
「そんなこと……」
ファビアンはすがったりしないだろうが。
しかし、エティエンヌはそうなる前に伝えておきたかったと、ヴィオレットの手に口付ける。
「エティエンヌ様っ!」
「前のように呼び捨てで呼んでほしい」
「他国の王子を呼び捨てることなんてできないわ」
「ファビアン王子は呼び捨てているだろう」
「それは、婚約者だから……」
「すぐに破棄される」
エティエンヌはエメラルドグリーンの瞳をヴィオレットに向けた。手のひらに口付けて艶かしく視線を向けてくる。
そんな、ファビアンにもされたことのない口付けに頭が爆発しそうになる。
「ヴィオレット嬢。どうか、前向きに検討してほしい」
色気を出しながらの懇願に、ヴィオレットは頭がショートするのを感じた。




