2② ードレスー
従属の変形魔法はヴィオレットの性格を大きく変えただろう。一年以上もその魔法に掛かっていたせいで、学院にいる間のことがぼんやりとしか思い出せない。
ファビアンに狂いすぎて学友たちも遠巻きにしていた。
クローゼットのドレスはファビアンが好む可愛らしいデザインのものばかり。授業も集中できていなかったのか、教科書は折り目がほとんどなくまっさらである。
学院に入る前に学んでいたため、そこまで問題はないだろうが。
ヴィオレットは教科書をぺらりとめくり、小さくため息をついた。
何度か家に帰っているのに、おかしいと思われながら魔法には気付かれなかった。家に専任の魔導士はいるが、そうそう会うことはない。それでも騎士など魔法を扱える者は何人もいる。
その中で、ヴィオレットの呪いは分からなかったのに、エディはなぜ分かったのか。
時期的に、呪いを掛けられたのは学院内。魔導士が学院に入り込んでしまえばそれまでだが、生徒であればヴィオレットの近くで呪いを掛けることができる。
(彼が魔法を掛けた。と言われたら、そんな気もしてくるけれど、そこまでの魔法を学ぶにはもう少し身分が必要なのよね)
田舎の出というエディが禁書になっている古の魔法を学べるのか。古の魔法はレベルが高く扱いにくい。禁書になるほど危険なものが多いからだ。それほどの魔法を学んでものにできるのか。魔力が魔導士なみにあるとしても、その魔法を学ぶには時間も掛かるだろう。
そう考えれば、エディが使用するのは不可能に近い。
「でも、犯人でないのなら、それなりの知識はあるんだわ……」
「ヴィオレットお嬢様、招待をいただいたパーティのドレスですが、ファビアン様の好きな色にされるんですか?」
アメリーがクローゼットに収まった服を眺めると、ピンクとリボンのドレスを取り出した。ほとんど捨てたがパーティ用のドレスはまだ片付けていない。下にそれが片付けられそうな大きさの箱が見えるので、ヴィオレットは笑いそうになる。
「それは捨てていいわ。私に似合わないもの」
ファビアンは幼い頃から淡い色が好きで、可愛らしいリボンやピンク色を好む傾向があった。本人がつけたいというわけではなかったが、ヴィオレットにそれを強要したことがある。
もちろんその時のヴィオレットははっきりとお断りをしたわけであるが。
ファビアンと一緒にいる女の子、マリエル・ポアンカレはそれがよく似合う女の子だ。
分かりやすい嗜好であって、それを知っている者は多いだろう。パーティのたびにそんなドレスを着る女性が増えたからだ。
第一継承権者になった途端、それが増えた。分かりやすいものだ。
「では、こちらのドレスはいかがですか? ヴィオレットお嬢様にお似合いなんですが……」
お似合いという割には遠慮気味だ。選んでほしそうにも選んでほしくなさそうにも聞こえる。
「それを選んだら、彼に大きな誤解を与えるわねえ」
「ヴィオレットお嬢様の美しさを引き立てるドレスをよくお分かりだとは思いますが、さすがに、駄目ですよね……」
そのドレスはヴィオレットの髪に似合う暖色系のドレスだが、下手なリボンなどの装飾がなく、すっきりしながらも大人びたデザインをしていた。
「お似合いだと思いますけれど……」
アメリーはしまおうとしつつ、やはり袖を通してほしいとずいっとそれを前に持ってくる。
エディ・バダンテールが贈ってきたドレス。
まだ礼をしていないのに、ドレスを贈られては断るのも難しい。
エディからパーティの同行を誘われたわけではない。ただ、このタイミングでドレスを贈ってきただけだ。
「微妙なことをしてくるわよね。別にパーティに着てこいとも言わないのだけれど」
「でも、着てきてほしいってことですよね。こんなにヴィオレットお嬢様に似合うドレスを贈ってくるなんて、素敵な趣味だと思いますが」
「そうね……」
思案しつつも、ヴィオレットは少しだけこの茶番に付き合いたい気持ちが膨らんだ。
婚約者以外の男から贈られたドレス。それを着ることによって起こる事態。考えずとも分かるが、ファビアンからドレスが贈られてくることはない。
そして、ファビアンはパーティへの同行を願いもしないのだ。婚約者である身として当然の誘いもしてこないのだから、別に誰かから贈られたドレスを着ても良いのでは?
そんないたずら心がむくむくと膨れ上がる。
「お父様に、手紙を差し上げましょうか……」
「ヴィオレットお嬢様?」
ヴィオレットはにやりと口端を上げると、怪しげにほくそ笑んだ。