17① ー手紙ー
「ヴィオレット様、一体何を調べているんですか?」
アメリーが本の束にうんざりとした視線を向ける。ヴィオレットは夢中でページをめくった。
「古い史書と、王族の制裁についてまとめた本よ。どの家がどんな罰を受けたのか。そのまとめ」
「この本全部ですか??」
ラグランジュ家から送ってもらった本は何冊にも及び、ヴィオレットの机を埋めている。それを一枚ずつ確認すべきだろうが、既に父親に調べてもらっていた。本は念の為父親が送ってくれたのだ。
一緒に送られてきた資料と本を見比べて、ヴィオレットは嘆息する。
「この話は、知らなかったわね……」
ぺらりとめくった資料には、規約違反について書かれていた。
「デキュジ族への罰ですか?」
「そうよ。貴族になったデキュジ族の一人が、王に罰を与えられた話。恩赦で表沙汰にされなかったようだけれど、この話を知っている者は知っているのね。当時の当主が婚約を断られ苦労したことが書かれているわ」
貴族となったデキュジ族は王族に忠誠を誓わなければならない。称号を得たのだから当然のこと。忠誠心を持ち魔法や薬に長けた男が王族の近くで働くようになると、男の真面目な性格に惚れ込んだ王が、近衛騎士兼王宮専任魔導士に任命した。
それが事の発端である。
周囲からのやっかみは激しかった。デキュジ族の男が、近衛騎士であり王宮専任魔導士になったのだから。
貴族たちの嫌がらせは多かった。男はそれらを我慢していたが、一人の貴族が騙し討ちをし、男を襲った。
しかし、貴族は男の敵ではなかったため、その貴族は大怪我をして再起不能に陥った。
問題は貴族にありデキュジ族の男に罪はない。あるとしたらその貴族を痛めすぎたことだ。男にとってその貴族がそこまで弱いとは思わなかったのかもしれないが。
この事件は周囲の貴族たちに悪印象を与えた。与えられた身分を嵩に貴族の一人を打ちのめしたと思われた。そのため王はデキュジ族を嫌がる者たちを抑えることができず、罰として近衛騎士と専任魔導士の任から退かせた。
王はその男の性格を気に入っていたのだろう。代わりに領地を与えたのである。緘口令を敷き男は体調不良で王宮から辞したことにした。子供の世代には再び戻れるよう取り計らったのである。
しかし、それさえも貴族たちの妬みを増やす行為となった。
領土を得た理由を知らない貴族たちは、戦争を起こしながら領土を得たデキュジ族の男をやっかみ遠巻きにした。緘口令が敷かれても再起不能に陥った貴族の親が悪辣な噂を流した。
王族の機嫌を損ねたが、王を脅して領土を得たのだと。デキュジ族の反乱を恐れた王が、領土を与えたと。
その後、噂は周り、男は領土を得ていても孤立した。結婚しようにも男の縁談は断られ続け、結婚ができた頃には四十過ぎだったそうだ。
「でも、デキュジ族の結婚って、元々難しいんですよね?」
「家にもよるでしょうけど、この家は特に大変だったようね。古いことをしつこく重視する家は嫌がるでしょうし、派閥を考えて排除しようとした家もあるでしょう」
「デキュジ族同士で結婚は考えないのでしょうか ?それなら問題ないのでは?」
「この男は破格の待遇を王から受けたから、身分が高すぎて相手になるデキュジ族がいなかったのかもしれないわ。他の貴族ですら羨むほどだったようだし。でも結局あまり身分の高くない貴族と結婚したみたいね」
ヴィオレットはもう一枚の資料を目にする。頼んでいない資料だったが、父親はヴィオレットが何を調べているのか理解しているようだ。アベラルドから送られてきたものと同じ内容の資料がある。
「父親の病気、母親からの虐待。……王族への強い嫌悪を持っていた可能性」
「王族を悪く思っているデキュジ族は多いイメージです。結局この国の人間ではないって思っているんじゃないかって」
「それをカミーユ様にも言うの?」
「あっ。も、申し訳ありません!!」
「私に謝ってもしょうがないわ。でも、アメリーのように、そう考える人は多いのでしょう。だから古くに入ったデキュジ族の血を隠す家もあるんだわ。メロディの家がそうね」
「カミーユ様のご婚約者の……」
カミーユとメロディが婚約したことにより、デキュジ族への対応が変われば良いのだが。
「あら、何かしら?」
アメリーがそう言いながら扉の前で屈んだ。手にしたのは手紙だ。すぐに扉を開けて廊下を確認するが、誰もいないと首を振った。
「差出人名はありませんが……。いつの間に」
「何のお手紙かしらね」
扉の下から届いた手紙に碌なことなど書いていないだろう。取り出した手紙を眺めて、ヴィオレットは片眉を上げた。
「何とも稚拙なお誘いだこと————」
見覚えのある筆跡に、犯人の焦りを感じた。




