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16 ー魔導士ー

 ヴィオレットの言葉にファビアンが言い返してくることはなかった。


 劣等感を拗らせたファビアンは、ヴィオレットを下に見ることでその気持ちを抑えていたが、表面上ヴィオレットに横柄な態度をしようとも、根本的な解決には至らなかった。


(そも、なんであそこまで自分を卑下するのか、私には理解できないんだけれど)


 それなりに成績はあって、剣や魔法の腕もある。素直に人を判断するため王族とは思えないほど柔軟で、身分にこだわらない。


 身分社会で稀な存在を好意的に思う者は多い。身分の高い者から重宝するような人物ではないからだ。


 ただ、カミーユのことは優秀で優しい子だと評価しているが、自分より下に見る傾向がある。デキュジ族を下に見ることはしないが、カミーユに対してはデキュジ族の血のせいで王族として重視されないことを受け入れていた。


 カミーユは頭が良いのだから評価されるべきだと思っていながら、自分より下に見ているところが無意識にあるのだ。


 自分は王子で自分より上である人間は王か母親か、あとは第一王子ジョナタンでしかない。それは事実だが、他の者たちの身分は気にもしないのに、そこだけは頑なに順番が決まっていた。


 王族の矜持なのかは疑問だが、それ以外は平等に評価する。ヴィオレットも別だが。


 昨今女性の進出も増えている中、ファビアンは差別せず能力のある者を選ぶのではという期待はある。

 そう評価されていることに、本人は気付いていない。それを言えば良かっただろうか。


(私が言っても信じないでしょうけど)


 欠点を言えば、無神経なところだろう。本人悪気がないのだからタチが悪い。

 実直すぎるために、心の中を隠せない。飾ることなく言葉を口にしてしまう。その分、裏工作ができない。信じられると思った者にはとことん甘い。


 疑う心を知らない、幼い王子。騙しやすいのは否めない。


(母君がおとなしい方だから、性格はあっちに似たのかもね)


 ファビアンの母親フロランスは穏やかな方で緩やかに笑む姿が儚く、王の側室としては気が小さい方だ。率先して何かを指示するような力強さがないため、意志の弱さが目立った。

 その弱さを補うために王妃が手助けを惜しみなく与えたため、フロランスは王妃を信頼し憧れを持つほど尊敬していた。


 第一王子が死去し動揺したのは、フロランスも同じ。


(元気でいらっしゃるかしら。ずっとお会いしていないわ)


 フロランスはファビアンの話を耳にしているのだろうか。婚約破棄については悲しむかもしれない。

 会うたびにフロランスはヴィオレットにこう言った。


『ヴィオレットちゃんがいれば安心だわ。ファビアンをお願いね』


 ————約束は、守れそうにない。







「噂が回ってきたのだが?」


 エディは聖堂の柱に隠れるように座るヴィオレットの前の席に座ると、まずその話を切り出した。


「どの噂?」

「ポアンカレ令嬢の偽りの性格。ファビアン王子との言い争いだな」


 エディは冷笑するように広角を上げる。どうやらあの後、マリエルがファビアンと言い合っていたらしい。ファビアンは考える時間がほしかっただけのようだが、マリエルはそれについてヴィオレットが何か言ったのかと食い下がったそうだ。


 令嬢たちの情報力はエディより事細かである。


「君が何か言ったのか?」

「マリエルから離れるように言っただけよ」

「衆目があるから? 君という婚約者がいながら、別の女に現を抜かすなと?」

「それこそ今さらね」


 ファビアンも同じ意味でヴィオレットの言葉をとっていた。そんな今さらなこと、わざわざ忠告するわけがないのに。


「君は優しいな。ファビアン王子の所業は許されることではない。それなのに、怪しい者には気を付けろと忠告する」


 エディは意図に気付いていると肩を竦め、一枚の紙を机に置くと前を向いて祈るふりをした。顔は見えないのにどこか不機嫌に見えて、ヴィオレットはその背中をじっと見つめた。


 数日前、アベラルドのところへ訪れた。調査に進展があったからだ。

 呪いについて分かったのは、王宮を追い出された魔導士が怪しいということ。ただ行方が分からず、殺されたのではないかという噂があるということ。これはまだ調査中だ。


 そして、別件で分かったことがある。


 バダンテール家の息子は隣国ホーネリア王国の学院に通っていた。寮に入っており在籍を確認したのである。ヴィオレットと学年は同じだが、名前はエディではなかった。


(王妃の知り合いが、ただの学生の訳がなかったのよね)


 エディは身分を偽っている。彼はエディ・バダンテールでも何でもなかった。バダンテール家は王妃の命令でエディを息子として学院に送ったのだ。


 彼の素性はまだ分からない。王妃の手であるとして信じるしかない。


 ヴィオレットはため息混じりにエディが渡してきた一枚の紙をめくった。


 ———— 魔導士ボリス・ベイロンの死について ————


「これは……」


 紙には、それなりの力がある魔導士の不審な死について記されていた。


 突然消息を絶った魔導士。その死体が郊外の森に埋まっていた。見付けたのは狩猟中の貴族で、遺体の一部が土から出ていたため発見された。


 ボリス・ベイロンは背中に刺青をしていた。魔法防御の刺青である。遺体の損傷はひどいものだったが背中に描かれた魔法防御の刺青は珍しいもので、魔導士の特定に至った。


 そして、魔導士の手に端切れが握られていた。


「ファビアンの護衛騎士がまとう、マントの青紫の生地?」

「何とも分かりやすい証拠だろう?」


 ファビアンを守る護衛騎士に与えられたマントの裏地には青紫が使用されている。ジョナタンは黄土色。ファビアンは青紫。最近カミーユについた騎士にはサーモンピンク。


 王宮に戻ればファビアンを守る護衛騎士は一個団体として存在する。特に周知されていることではないが、知っている者は知っている。

 それを証拠のようにして、殺された魔導士が持っていた。


「ファビアンはそんな器用な真似ができる人ではないわ」

「罵っているようにも聞こえるが、信頼しているようにも思えるな」

「前者よ。それより、布をどこで手に入れたかになるけれど」


 護衛騎士の裏地を手に入れる方法がなければ端切れを証拠として握らせることはできない。

 もちろんこれはファビアンがやったと見せ掛けた罠だろうが、生地をどこから手に入れたか調べなければ、ファビアンの仕業にされてもおかしくなかった。


「君の呪いが解けたと気付いてすぐに殺したのかもしれない。証拠はいつ頃手に入れたかだな」

「最初から保険を掛けていたのならば、直近で奪ったわけではないでしょう。この魔導士の素性は?」

「素行が悪く王宮から追い出された者だ」

「では、王族に恨みでも?」

「さて、どうだろう。追い出されたのは二年近く前で、追い出された後どこに住まいを持っていたのかは分からない。ただ、地方にいた可能性は高いな。目撃情報があった」


 場所は国境近くのとある町。酒を飲んで王族を罵っていた。


「この場所って……」

「どう思う?」


 エディの言葉に、ヴィオレットはくしゃりと紙を握りしめる。


「ボリス・ベイロンは力のある魔導士だった。古代の魔法にも詳しく、動物を使役にすることができる、天才肌だったようだ。ただ性格に難があり、強欲で猟奇的な動物実験を好んでいた。金遣いも荒く裏で悪どい仕事もしていた」

「私に呪いを掛けた可能性があるのね……」


「違法な薬などが闇取引される会場に何度か姿を現している。誰かの援助を得て隠れていたのだろう。その家をアジトにして人知れず動き回っていたんだ。この魔導士と話した者は、この男が良い金ヅルを手に入れていたと仄めかしていたと証言した」


 一体どんな情報力を持ってその話を手に入れたのか。アベラルドがまだ調べ中である内容を細かく教えてくれる。王妃の手として動いていれば、情報量はさすがに多いか。


 アベラルドには二度手間を掛けてしまったかもしれない。この情報は王宮で隠しているのだろう。王妃は厳重に統制を行っているようだ。


「殺されたのは死体の様子からここ数ヶ月といったところだよ。それまで生きていたんだ。生地を手に入れていたことから、殺されることは決まっていたのかもしれない。君が狂い続け何かしらの結果が出るまで、生かされていたのかもしれないな」


 失敗について争ったのかもしれないし、依頼主が脅されたのかもしれない。とエディは付け足す。

 どちらにしても魔導士は殺された。ファビアンが犯人だと思われるよう、騎士の布を握りしめて。


「ボリス・ベイロンが生地を入手していたのかもしれない。ボリス・ベイロンが死んだ今、犯人は別の方法を試みるはずだ。ファビアン王子を陥れるつもりならば、君には再び危険が及ぶ」

「分かっているわ」

「守りは持っているな? あれは肌身離さず持っていて。使うことがなければいいが、もし何かあった時は躊躇なく使ってほしい」


 エディの真剣な眼差しに、ヴィオレットは静かに頷いた。

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