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15② ーマリエルー

「最近、おとなしいんですね! いつも私のこと睨みつけられていたのに、どうなされたのでしょうか?」


 人の肩を掴んでいてそれだ。周囲に人がいないのでいつもの演技はしないと、半ば嘲るような笑いをしてきた。


 マリエルから話し掛けてくるのは初めてだ。おどおどした雰囲気は全くなく、今にも両腕を組んで鼻で笑うような品のない真似をしそうだった。


 案の定ヴィオレットが答えないと、ふん、と鼻で笑った。


「ファビアン様のことはもう諦められたらいかがでしょう? 相手にされていないこと、分かっていないのではないでしょうか?」


(諦めるとは? のしつけてやるよ。とか言いたいけど)


 相手をするのは面倒だが、この際色々話は聞いてみたい。ヴィオレットは煽るように首をこてんと傾げた。


「さて、一体何の話をしているのかしら?」

「ファビアン様のことです! ファビアン様は私を信じて何でも言うことを聞いてくださるんですよ。あなたがうろうろしていたら、ファビアン様が気分を悪くされてしまうこと、分かってらっしゃらないのですか!?」

「まあ、そうなの。知らなかったわ。ファビアンは一体何を話されているのかしら?」


「はっ。呑気なものですね。子供の頃からあなたがまるで上にいるような態度をされるのが嫌だっておっしゃってたわ。自分より能力がある者だと言っているみたいでって。いつも先頭に立って、付いていくのは自分だって。本来なら付いてくるのはあなたの方だって言ってらしたのよ」

「あら、そうなの。あとは?」

「自分を認めようとしないっておっしゃっていたわ。あなたは立場が分かっていらっしゃらないのでは!?」

「そうねえ……」


 聞いていて、ファビアンが愚痴っている姿が思い浮かんでしまった。


 マリエルは大袈裟に言っているのだろうが、ファビアンが似たようなことを口にしているのは間違いないだろう。

 それにしても、どれも悔しくて駄々をこねている子供の話にしか聞こない。


(もしくは、反抗期?)


 結局ファビアンはヴィオレットに劣等感があり、それを払拭できないでいる。今現在お互いの成績はヴィオレットの方が上だが、履修している科目が違うため、それが全て正しいわけではない。

 同じ履修科目ではないので、総合点を見ても条件が同じではないからだ。


 それなのに、未だしつこく言うのは、幼い頃を恥だと思っているせいだろうか。


(幼すぎるのよね。子供のままで、反抗期が来てそれからずっと成長していない?)


 だからその話をうんうん頷いて聞いてくれるマリエルを気に入ったのだろうか。そんなしみったれた愚痴を聞かされ続けて疲れないのか。ヴィオレットはマリエルに同情の視線を向けたくなる。


 そのファビアンで良ければそれで良いのだが、マリエルの真意は分からなかった。


 遠目から近付いてくる人影に気付いて、ヴィオレットは、うーんと唸って見せる。


「令嬢は、私に言いたいことでも?」

「ファビアン様にすがり、恥ずかしい真似をなさったあなたに、ファビアン様の婚約者は似合いません!」

「そうですねえ」


(あれは恥ずかしいわ。間違いなくね)


 だからといって、自分がふさわしいとでも言うのだろうか。ヴィオレットはマリエルをじっと見つめた。


 男性の噂ではいじらしい姿が可愛いとか、親しみやすい雰囲気が良いとか、言われているらしいが、眉を逆立てて噛みつかんばかりのこの女性のどの辺がいじらしく親しみやすいのか、教えてほしいものだ。


「ちなみに、ポアンカレ令嬢はファビアンのどの辺りがお気に召されたの?」

「お気に召したって、ファビアン様はこの国の王子様ですよ!? 誰もがそのお相手になるのを夢見るでしょう! お優しくて、かっこよくて、一度はファビアン様のお側に上がりたいと思うのが当然ではありませんか!?」


「はいはい。あと、何かあるかしら?」

「あと何かって、あなたが婚約者なんて、ファビアン様がかわいそうだわ!!」

「かわいそうなのは私だよ」

「え?」

「ええ、そうね。つまり、あなたの方が婚約者にふさわしいと? ファビアンは王になる人だし」


 小さな呟きはごまかして問うと、マリエルは再び鼻で笑い、口端を大きく上げた。


「そうです。ファビアン様は私に笑い掛けてくれますもの。あなたより私の方が王妃にふさわしいでしょう!?」

「だ、そうです。良かったですね、ファビアン。あなたのお気に入りは王妃になりたいそうですわ」


 ヴィオレットは近付いていた人影に言い放つ。

 大声で話していたためマリエルはファビアンの気配に気付かなかったようだ。


 ファビアンは驚きで言葉も発せないか、身動きできずに立ち尽くした。耳を疑うことなくマリエルの本音がダダ漏れたのだが、反応できずにいる。


 驚きつつも何も言わないファビアンが肯定したと思ったか、マリエルはもう一度ヴィオレットに向き直った。


「あなたは王妃にふさわしくありませんもの!」


(ああ、馬鹿だなあ)


 ファビアンは王妃になりたがる女が嫌だと、マリエルに言わなかったのだろうか。重ねて口にするマリエルの後ろで、ファビアンは何ともいえない蒼白な顔をして口を結んだ。


 ヴィオレットを嫌がっていた理由はどうした? などと意地悪な質問はすまい。ヴィオレットはどうでもいいと踵を返した。


「ちょっと、何か言いたいことがあるのでは!?」


 後ろでマリエルが吠えていたが、彼女と話しても仕方ない。あとは二人で仲良く話すべきだろう。王妃になりたいと言うマリエルで良いのならば、彼女を選べばいい。


(本当に私、全くショックを受けてないのよね)


 子供の頃決まった婚約者だ。気安く話せる相手ではあったが、結婚となると実感が湧かない。ファビアンもそうだったのならば、自分の好んだ相手を探せば良いだろう。


 ただ、王になる者としてそれが通じるのか分からないが。


「ヴィオレット。待て、ヴィオレット!」


 話し掛けてくるなと言ったのに、ファビアンが追い掛けてきた。マリエルは置いてきたようだが、しっかり後ろに護衛騎士のコームがいる。これも筒抜けかと思いつつ、仕方なくファビアンへ体を向けた。


「何を、考えている」

「何を考えることがあるのですか?」

「とぼけるな! 今だってマリエルを誘導するような口ぶりをして、一体何が目的なのだ!」

「何の目的があるとお思いですか?」

「俺が聞いているんだ!」

「聞いてどうされるのですか。ええ、分かっておりますよ。先ほどのお話をファビアンにお聞かせして、彼女を陥れたかったのだろうと言いたいのでしょう?」


 図星か。ファビアンは何かを呑み込むように口を閉じる。

 何と都合の良い解釈ばかりするのだろうか。語るに落ちる。マリエルは自分の欲望をそのまま口に出しただけなのに。


「ファビアンは、王になることを誰かにそそのかされたことはあります?」

「あるわけないだろう! 話を逸らすな!」

「では、ジョナタン王子が亡くなる前に、そのようなことを聞かれたことは?」

「何を言っている!?」

「王になりたいと思ったことはないか、問われたことは?」


 ヴィオレットは畳み掛けるように問いかけた。ファビアンが威圧されたかのようにおののいた。


「……、昔、あいつに……。ジルに、一度だけ……」

「ジル・キュッテルですか。その割には仲が良いようですね」

「関係ないだろう! ジルはジョナタン兄上のように得意なことを持ち、王になるべき者のように何か目指したりしないのか、目標を持つことは良いと口添えしてくれただけだ。お前とは違う!」


「そうですね。ジル・キュッテルは善意で問うたのでしょう。王になるために努力することは良いことだ。目指すことは悪くはない。自信が付くとでも言われましたか? 卑屈な気持ちを捨てるためにも良い目標を持てば良いと」

「お前は、何が言いたいんだ!!」

「マリエル・ポアンカレとこれ以上交流を深めるのはおやめください」


 ヴィオレットがはっきり言いやると、ファビアンは困惑しながら眉を顰めた。何を言われているのか全く想像が付いていないようだ。


「今さら、そんなことを?」

「今さら、ですか。なら結構です」

「何が言いたい! お前は、いつも俺には何も言わず、俺をあやすような態度しかしない。何でも分かっているような顔をして、俺を馬鹿にしてばかりだ!」


 ファビアンは溜まった鬱憤を晴らすように声を荒げた。


(自分の所業については何も思わないのかしらね)


 マリエルと一緒にいてヴィオレットを馬鹿にしていないと言えるなら、相当心がないだろう。ヴィオレットが悪いのだから、関係ないのだろうか。


 ヴィオレットはその程度だと口にしていることに気付いていないのだから。もうどうでも良くなってくる。


 馬鹿にし始めたのは呪いを解いてからなのだが、ファビアンは随分昔から馬鹿にされていたと思っているようだ。

 我慢できないと拳を握りしめている姿が癇癪を起こした幼い頃を彷彿とさせた。


 ぬいぐるみを持たなくなって久しい頃、ファビアンはたびたび癇癪を起こした。ヴィオレットを下に見るようになったのもその頃で、その視線を気にもしないヴィオレットに理不尽な怒りを向けるのだ。 

 ヴィオレットからすればファビアンがどんなことをしているか観察していただけなのだが、その視線がお気に召さなかったらしい。


(多感な少年だったファビアンには、私の無表情が馬鹿にしているように思えるのでしょうけれど)


 それにしても、未だ根に持っているとは思わなかった。呪われる前は馬鹿になどしていなかったのだが。

 言葉が足らなかっただろうか? いや、褒めもしたし、叱りもした。まるで姉のように世話をしていたことが気に食わなかっただろうか。


 しかしそんなこと、本当に今さらで、ヴィオレットはただ脱力するように大きく息を吐いた。


(この年になって駄々をこねられるとは思わなかったわ。けれど、馬鹿にされているのは分かっても、どうして馬鹿にされているのかは考えないのね)


「とにかく、これ以上墓穴を掘らないようにお気を付けください。破滅しても私はご一緒しません」

「俺は、王になる気など!」

「では、辞退されたらいかがですか?」

「俺が辞退すれば、王は誰がなると?」

「カミーユ様がいらっしゃるでしょう?」

「……カミーユには、王になる資格は……」


 遠慮げに言うが、その言葉自体が見下している。ファビアンはそれに気付いていない。

 身分が低い。言葉にせずとも態度が示している。


「自分に王になる気はないが、カミーユ様には資格がないと? 随分な話ですね」

「それは……っ」

「王になる気がないのならば、その座を心配する必要もないでしょう。辞退してあの女と結婚でもされたらいかがですか? ————ああ、無理でしたね。王妃になりたがるような女とは、結婚されないのでしょう?」


 ファビアンはカッと顔を赤くした。先ほどのマリエルの言葉はしっかり聞いていた。

 ヴィオレットを毛嫌いしていた理由を思い出すくらいの羞恥心はあるようだ。


「いつまでも駄々をこねるのはおやめください。いい加減現実を直視された方が良いでしょう」

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